俺が押されたのは月光で。

俺が照らされたのは月影で。

俺が見つめたのは月桂で。




























月の光。




























まだ少し朝日が低い位置にある時間。

眩しくて目を細めながらいつものようにテニスコートへ向かうと、見慣れた後ろ姿を見付けた。


「菊丸先輩。」


越前が勢いよく腕を引き寄せると、英二は驚いたように目を見開く。


「おチビ…。」

「はよーございます。」

「ぁ、うん。おはよー。」


昨日の事は何でもなかったかのように交わす。

昨日の事は何でもなかったかのように笑う。

でも、


「あ、部長。」


その一言に英二の腕が強張るのを感じて、越前はニヤリと笑った。

その笑みを見て、英二は顔をしかめる。

辺りを見回しても彼の姿はない。


「なんてね。…何処がいーんだか。」

「悪かったな、趣味悪くて。」


頬を膨らませて言う英二に、越前は少し笑う。

それを目敏く見付けた英二は、いつものように後ろから腕を回して首に巻き付ける。

ぎゅっと、軽く首を締めた。


「何だよ、笑うなよー!!!」

「笑ってませんよ。」

「いや、絶対笑ったね。俺は見た!!」


その言い方に、越前には今度こそ堪えきれない笑みが浮かぶ。

この人は、こうでないと。

何処か酷く子供っぽい2つ上の先輩。

この人に似合うのは、月桂に照らされた涙じゃない。

朝日に…日の光に照らされた笑顔だ。

越前の笑顔を見て、英二は目を見開く。


「おチビ…いっつもそうやって笑ってりゃイーのに。」

「何スか、それ。」

「すっげーキレーに笑うな、お前。」


そう言って、英二は笑う。

アンタの方が。そう言おうとして、止めた。


「人のことフッておいて、それはないんじゃないスか?先輩。」

「っ、」

「まぁ、俺と付き合ってくれるならいくらでも見せてあげますけどね。」


動揺しているのが目に見えてわかる。

クックッと笑いながら越前は自分より随分と上にある英二の肩を軽く叩いた。


「早く、部長とより戻してくださいね。先輩。」

「な…お前、何でそれを…。」


別れたなんて一度も言っていない。

そう言いたげな英二の目を見て、越前は意地悪げに笑って見せた。

アンタの事、ずっと見てましたから。

その言葉は、告げない事にする。


「遅刻しますよ、菊丸先輩。」


そう言って急ぎ足で英二の横をすり抜ける。

向かう先は、部室。




























太陽はゆっくりと沈んでいき、辺りを赤く染めゆく時間。

部室のドアを開けると、ベンチに昨日の夜宣戦布告をした後輩の姿。

夕日に照らされて、その強い目を赤く染めている。


「越前。」

「ッス。」


顧問への報告が長引き、もう皆帰っていると思っていた。


「部長。」


越前の声は、硬い。

手塚は無意識に眉間の皺を増やす。


「菊丸先輩の事、嫌いですか?」

「…いや。」


ストレートな越前の言葉に一瞬驚いて、それでも手塚は答えを返す。

嫌いか、と聞かれれば、決して嫌いではない。

その手塚の答えに、越前はニ、と笑った。


「じゃぁ、好きですか?」


越前の言葉に、今度こそ手塚は不機嫌に顔をしかめる。

嫌いですか?

好きですか?

じっと睨むように越前を見ると、赤く染められた瞳が軽く細められた。


「日本語って複雑ッスね。…もっと、簡単でいいと思いません?」

「…何が言いたい。」


真っ赤に染まった瞳と髪と肌と。

随分と偉そうなのに、少し痛々しく見えるのは気のせいだろうか。

言葉を促す手塚に、越前はベンチから立ち上がった。


「愛してるって言えばいい。」


縛りたくない。

友人に囲まれて楽しそうに笑う笑顔が好きだ。

傷付けたくない。

嬉しそうな幸せそうな笑顔が好きだ。


悔しいけど。

そう前置きして越前は手塚の目をきつく見上げる。

じ、と、射るような目で。


「アンタの側にいるとき、あの人は一番綺麗に笑ってるよ。」


アンタは気付かなくてもね。

そう言って、見上げていた目を逸らした。

越前は手塚の横を通り過ぎて部室を出る。


嬉しそうな、幸せそうな笑顔を今日、俺は見たか?


「越前。」

「なんスか。」


友人に囲まれて楽しそうに笑っていたか?


「アイツだけは、譲らない。」


振り返らずにそう言うと、越前が一度吹き出す音がした。


「でしょーね。」


荷物も持たず、着替えもせず部室を駆け出る。

まだ、間に合うだろうか。


ゆっくりと顔を出して照らし出す月影に、君の行方を尋ねる。

この感情を消されないよう、願いながら。





続く →