夢十夜

     −第一夜 砂上の楼閣−



























こんな夢を見た



「ねぇ、手塚の夢は何?」


二人の夢

もう二度と叶わない 夢




























紅 ? 金色の砂

見渡す限りに広がる砂漠

色とりどりの砂の中にひっそりと

オアシスのように息吐く街

俺の国

大切な人が居る・・・国

バルコニーに出て

背中に張り付くネグリジェの感触を気にしながら

遠く地平線に思いを馳せる

この空と

広がる砂の境に

その果てに 何があるのだろう

深い翠の双眸を細め

俺はふと考えた

遠い未だ見ぬ異国の地

深く息を吸い込んで眼を閉じ

目蓋の裏で描けば 波音が聞こえたような気がした

俺の知らない場所

俺の知らない 国


「英二〜!!!」


呼ぶ声に気付き下を見下ろすと

見慣れた顔が俺に手を振っていた


「おはよ、不二。」

「ごめん、早く来過ぎちゃった?」

「ううん、平気。今降りるね〜」


急いで部屋に引っ込むと着替えを済ませる

今日はお気に入りの赤いドレス

サテン地のふんわりとしたスカート

裾にはレースがあしらわれている

花の刺繍が可愛くて

お出かけする時にはいつも好んで着ている物だ

大理石の廊下を滑るように走り

螺旋階段を一つ跳ばしで駆け下りる


「ごめんっ!!!」

「ううん、そんなに待ってないし。英二もそんなに急いで大丈夫だった?」


不二は今日 ?の細身のズボンを穿いている

それが不二の碧い眼にぴったりで

俺は少しだけ見惚れた


「それより、今日は何処に行く?」

「う〜ん、不二が決めていいよ?」


呆けていた俺は不二の問いかけに適当な返事を返した

不二は俺の小さい時からの遊び相手で

俺の親友

お城からあまり出られない俺をいつでも楽しませてくれた


「じゃあ、今日はいつもあんまり行かないところに行こうか?」


そう言い微笑むと

不二は俺の手を引いて

俺達がいつも遊んでる中庭とは逆の方向に歩き出した


「違うとこって、何処?」

「いいから・・・着いてからのお楽しみ。」

「・・・意地悪〜!!」


ケラケラと無邪気に笑い声をたてながら

俺達は走り出した

熱い砂の上を裸足で走る

握った掌が

汗で軽く滑る


「着いた。」

「・・・此処?」


其処は軍の訓練所

小さい頃なんかは此処で軍人ごっこをしたりいてたけど

最近は全然近付いてなかった


「どうして此処なの?」

「英二の逢いたい人に逢えるから。」


逢いたい人? と俺は首を傾げる

軍人にあまり知り合いはいない

二、三回お見合いはしたけど全部断ったし

幹部の人は逢ったら挨拶するけど名前も知らない


「ほら、あそこ。」


指差す方向に黙って眼を遣ると

俺はまるで其処に吸い寄せられているように

瞬きさえも出来なくなった


「手・・・・塚・・・・?」


流れるような深い翠の髪

切れ長な琥珀の瞳

いつでも遠くを見つめているような

果敢無げな

それでいて強い眼差し

手塚だった


「・・・・どうして手塚が軍に居るの?」

「さぁ・・・詳しい事は、僕にもわからない。」


手塚は少し前にこの国に流れ着いた旅人

砂漠を放浪していたところを保護されて

この国にやって来た

宿がないってことで暫くお城に泊めてあげてたんだけど

その間に

俺は少しずつ手塚に惹かれていってたんだ

俺と同じ 中庭がお気に入りで

凄く色んなことを知ってる

俺には無い物を持っていて

その強さに狂おしい程惹かれた

結局言い出せない侭

家を借りた手塚は

お城を出て行ってしまったけれど


「元々軍人が不足してるんだよ、この国。男手が少ないしね。」


確かにこの国には兵役がある

でもそれはこの国の国民である者だけが負う義務だ


「それって、手塚がこの国の住民って・・・認められたってこと?」


俺がそう尋ねると

不二は肩を竦めただけで

何も教えてくれなかった




























その夜

何だか辺りが騒がしくて

俺は目を覚ました


「・・・・ど・・したの?」

「夜盗が出たので御座います。心配御座いませんわ。いくら夜盗でも

 王宮の中に入れるような者はいないでしょうから。」


召使が優しく頭を撫でてくれる


「お父様は・・・?」

「大丈夫。王様は今、寝室にいらっしゃいますよ。」

「心配ならさなくても、今に軍が退治してくれます。」


その言葉を聞くと安心したのか

急にまた眠気が襲って来る

それに身を任せ

重たくなった目蓋を伏せると

直ぐに朝が訪れた









「英二!!!」

「・・・・ん〜?」

「起きて、英二。」

「うぅ〜・・・・後5分っ・・・」

「手塚が来てるんだよ!!???」

「嘘っ!!!」


俺は飛び起きて辺りを見回す

不二がベッドの脇で

クスクスと忍び笑いを漏らしていた


「何が可笑しいの〜?」

「だって英二、僕がさっきからどんなに揺さぶっても起きなかったのに

 『手塚』って一言言っただけで飛び起きるんだもん。」





「五月蝿いにゃぁ〜っ」





顔に火がついたみたいに恥ずかしくて

俺は不二に枕を投げつけると

その侭走り出した


「ちょっ、英二!!パジャマの侭・・・っ!!!」


背後で不二が何か叫んでたけど

そんなことお構いなしで

俺は長い長い廊下を走り続ける

期待に胸が躍って

足が宙に浮いてるような気分

お父様の部屋の前を通る時

話し声が聞こえた


「・・・だったな。」

「・・・・・ありがとうございます。」


手塚の声

耳に舞い込む低いあの声

慌てて逆戻りし

ドアを開けて中に飛び込むと

唖然とした表情の二人が俺を見下ろしていた


「・・・おと・・・様、おはようございます。」


洋服の裾を持ち上げて礼をすると


「・・・嗚呼、おはよう英二。」

「おはよう御座います、英二様。」


気品のある声でそう告げて

手塚も礼を返してくれる


「そうそう、英二にも話しておこう。昨日夜盗がこの国を襲った時、

 この手塚君が目覚しい活躍をしてくれてね。いや、このような人材がこの国に流れ着くとは・・・

 何かの運命じゃないかと、そう思うんだ。」


手塚は謙遜しているのか

ずっと俯いた侭だった


「それでだな・・・英二、これからも手塚君と仲良くするように。」

「・・・はいっ!!!」


元気良く挨拶すると

俺は手塚に手を差し出した

手塚は少し困ったような表情を浮かべてたけど

力強く

その手を握り返してくれた




























あの日の温もり

今でも覚えてるよ・・・?




























「これからも仲良くしろ、なんてさ、良く言うよね。

 手塚を得体のしれない奴、って城から追い出したくせに。」

「そういう言い方をするものじゃない。」

「だって〜」

「結果的にこうして逢えているんだ・・・・いいだろう?」

「・・・うん、そうだけど。」


お気に入りの中庭

手塚の隣

最近は不二も遠慮してるみたいで

あまり尋ねて来なくなった


「空って、広いね。」

「嗚呼・・・そうだな。」


見上げる空はとても広くて

眩しい

手を翳せば

白い雲に手が届きそうな気がする

ふと思い出したように

俺は手塚に問い掛けた


「ねぇ、手塚。手塚の夢は何?」

「・・・・夢?」

「そう。この前不二に教えて貰ったの。夜にお星様に願えば、夢は簡単に叶うんだって。」

「・・・・そうか。」

「ねぇ、手塚の夢は?」

「俺の・・・・夢・・・?」

「そう。」


少しの間 手塚は考えると


「王国の再建・・・・全てを、取り戻すことだ。」


真剣な顔で

そう言った


「王国・・・?」

「英二の夢は?」

「俺の夢?」

「嗚呼・・・・」

「俺、俺の夢はね・・・」




























その時

俺には手塚の言葉がよくわからなかった

唯 あまりにも真剣なその眼差しに

心が震えた

強い力で吸い寄せられるように

魅せられた

でも・・・・




























その夜

またバルコニーに出て星を眺めていた

手塚の夢と

俺の夢

こうして願えば

きっと叶うから


「・・・・ということだ。」


ふと誰かの声が聞こえたような気がして中庭の方に眼を遣ると

手塚が居た

逢いたい

その衝動を抑えきれなくて

急いで中庭に向かう


「それにしても、上手くやりましたね。」

「嗚呼・・・・思った以上の収穫だった。」


何の話をしているのだろう

植え込みの影に隠れ

俺は様子を窺った


「失った国の再建・・・そして復讐。それだけを糧に俺は生きて来た。」

「その為になら何でもする、と?」

「嗚呼・・・」

「まぁ、確かに夜盗と手を組んで手柄を立てるとは・・・フェアではありませんね。」


心臓が早鐘を打つ

夜盗と・・・手を組んで・・・・?


「直にあいつらも釈放してやる。この国を取ったら・・・だがな。」

「その為にこの国の姫と・・・?・・・中々の策士ですね。」


太い棒で頭を殴られたような

鈍い衝撃だった


「・・・我が国を失ってから・・・・俺は全てを失った・・・今こそ英二を、

 この国を手に入れて、全てを取り返す・・・・!!」









涙も出なかった

鈍く痛む頭の隅っこで

同じ言葉が繰り返し響いてる









「手塚・・・・」

「英二・・・・!?」


俺は立ち上がり

手塚に近付いて行くと

思い切り平手でその頬を打った

パチンという乾いた音

全てを現実に引き戻すような 音


「裏切り者・・・・っ!!!!!」


そうとだけ告げると

俺は走り出した


「英二・・・・っ!!!!」





俺の夢が

理想が

酷い音をたてて崩れていく

胸に響く

破滅の言葉





ウラギリモノ・・・!!!!




























「英二・・・・」

「不二、どうしたの。久しぶり。」

「どうしたの、じゃないよ。顔色悪いじゃない・・・」

「ん、そう?平気平気〜」


強がって見せても

心は痂だらけ

痛くて 苦しくて


「英二・・・手塚と、何かあった・・・?」

「ないよ・・・何もない・・・っ!!!!」


振り切るようにそう告げると

不二は

俺の両頬を掴んで

真正面から俺を見つめた


「・・・・手塚、遠征に出かけるって。」

「遠、征・・・・?」

「そう、戦争。下手したらもう二度と逢えないんだよ・・・!!!???」


不二は真剣な顔で

こっちを見ている

俺は必死で眼を反らそうとしていた


「・・・逢いに行きなよ。」

「・・・・やだ。」


意地を張ってどうにかなるって問題じゃないことはわかってる

でも

どうしても許せないのだ

愛してたからこそ

今直

愛してるからこそ


「英二・・・意地張っててどうするの?未だ好きなんでしょ?」

「そう・・・・だけど・・・」

「手塚が英二に何したかは知らない・・・けど、英二。もう一度だけ逢って?

 ちゃんと確かめて?手塚にチャンスをあげなよ。

 それに、手塚と英二、未だ何も叶えられてない。

 僕が英二に星の話をしてあげた時、英二、二人で大きい夢を叶える・・・って、

 ずっと手塚の傍で、手塚の夢を支えるって・・・言ってたじゃない・・・!!!」


揺さぶられている肩がジンジンしてる

そっか

俺は何を忘れてたんだろう

あの日

俺達は約束したのに




























「ねぇ、手塚の夢は何?」

「俺の・・・・夢・・・・?」

「そう。」

「王国の再建と・・・全てを、取り戻すことだ。」

「王国・・・?」

「英二の夢は?」

「俺の夢?」

「嗚呼・・・・・・」

「俺、俺の夢はね・・・・」





手塚の夢が叶うこと ずっと傍に居られること・・・だよ・・・・?




























急がなくちゃ

不二を引き剥がすと俺は走り出した

手塚は俺を裏切ったけど

俺の事

本当は愛してなんかいないのかもしれないけど

それでも

俺は手塚を信じて

信じて信じて

愛しぬかなくちゃ

俺だけでも 約束を守らなくちゃ

そしたらいつか手塚も

本気で俺を愛してくれるかもしれない

・・・そうだよね? 不二









「手塚・・・・!!!」


訓練所の柵の外から

思い切り大きな声で

君を呼ぶ


「・・・・英、二・・・・」

「・・・・手塚」


久しぶりの対面に

どうしていいのかわからない

柵越しに顔を合わせると

手塚が言った


「・・・・遠征から帰って来たら・・・結婚しよう。」


ずっと

こう言う機会を窺ってたんだと思う

初めて俺と

逢った日から

俺じゃなくて

この国を手に入れる為に

それでも


「・・・・・いいよ。」


俺は叶えたい 二人の夢を

仮令手塚が

俺のことを愛してなくても・・・


「手塚に・・・・全部あげる。俺も、この国も・・・・」





柵越しのキス

初めての

キス




























それから長い月日が過ぎた

砂漠での戦いは険しい

思った以上に

この国は苦戦を強いられているようだった


「・・・・・戦いなんてやめて、帰ってきてくれたらいいのに・・・。」


毎日

俺はそればかり言ってた

結婚式のドレスも

祭りの準備も

みんな済ませてある

後は 花婿の帰還を待つのみなのだ

そして

それは ある日の午後

突然やって来る




























「伝令!!我が国は隣国に破れ、生き残った兵士達はこちらに向かっております!!」

「伝令!!二手に分かれ、片方の班はまもなく到着とのこと!!」

「手塚・・・・手塚は・・・っ?」

「ご安心下さい。手塚様は、只今こちらに向かっております。」

「・・・・よかった・・・本当に、よかった・・・っ」

「直ぐにでも式の準備を!!」









傷ついた兵士達がどんどん王宮に現れる

手の無い兵士

足の無い兵士

眼を覆いたくなるような光景だったけれど

俺はじっと堪えて

その様子をずっと見ていた

大丈夫

手塚はもっと苦しい 地獄を見ているのだから

毎日逃げ帰って来る兵士達

その中に

傷ついた手塚の姿はない


「今、城に残っていた兵士に様子を見に行かせました。大丈夫、直に帰って来ますよ。」

「うん・・・・」


不安で堪らない

大丈夫

もう 直ぐ其処まで帰って来てるんだから


「・・・・早く、帰って来て・・・・」





「伝令!!片方の班が只今到着致しました!!」

「手塚はっ!!!???」

「・・・こちらにはいらっしゃらないようですね。」

「伝令!!」


駆け込んできた兵士が床に倒れこむ

あまりに急いでいたのか

息が荒く

言葉を上手く紡げない


「・・・只今、見て来ました所・・・」


一度言葉を切り

兵士はこう告げた


「もう一つの班は敵の待ち伏せに遭い、抵抗致しましたが・・・・全滅です

 生存者はいないかと思われます・・・・!!」


頭が真っ白になった

視界がグラリと揺らぐ


「・・・・嘘・・・っ」


必ず帰るって言った

結婚するって

言った


「嘘・・・付かないで・・・っ?」


縋りつくようにして

その兵士に問い掛ける


「ちゃんと見たの!?よく見てっ・・手塚は・・・・・手塚は未だ生きてるのに・・・っ!!!!」


肩を掴み

激しく揺らす

悔しくて

訳がわからなくて

俺は走り出した


「何処に行かれるのですかっ!!!!!」

「英二様・・・!!!!」


慌ててみんなが俺を捕まえようとする

俺はそれを振り切り

走って走って

お城を飛び出し

熱い砂の上に降り立った

敵の姿は もう無い

辺りを見回す

いない

いない

手塚・・・・!!!

ある一点に焦点が合うと

俺の顔色が一気に蒼褪め

唇は震えた

オリーブ色の砂

其処に倒れこむ

たくさんの兵士

そして薔薇のように散った

真紅の血


「手塚・・・・・っ!!!!!」


駆け寄ろうと走り出すと

足が縺れた

倒れこんで体を強く打つ


「痛・・・・っ」


それでも起き上がり

俺は必死に走った


「手塚・・・手塚っ・・・・」


熱を持った足の裏がヒリヒリ痛む

ようやく辿り着いた其処は

まるで血の海

倒れこんでいる兵士達は皆ピクリとも動かず

その閉じた双眸から

涙を流している者も居た


「手塚っ・・・起きて・・・!!!」


力の入っていない手を掴み

必死に揺さぶる

死んじゃ駄目

死んだら 何もかも御終いなんだよ・・・?


「お願い・・・・起きて・・・ぇっ」


夢を叶えるって

言ったのに

結婚しよう って


「・・・言ったじゃんか・・・・っ!!!!」


握った掌から 痛みが伝わればいいのに

手塚の痛みが

そうしたら俺も

一緒に逝けるの・・・?


「手塚・・・・・・・ぁっ・・・!!!!!!」


声に

ならない

最後まで嘘吐きで

最後まで

俺を悲しませるんだ




























叶えるって

一緒に夢を叶える・・・って

言ったのに




























砂漠の向こうには何が在るの?

何もない

何も ない

唯 広がる青い空が続くだけ

他には

何も無い

未だ見ぬ土地

そんな物は無い

この世界で 君と居たこの世界で

存在するのは

この広い 広い 砂漠だけ


「・・・・手塚」


オレンジの蝶が飛んでいる

群れを為して

俺を取り囲む

熱い砂が

蝶が起こす風と共に

吹き上がる


「・・・・・聞こえる・・・?」


手塚が死んでしまってから

もうどれくらい過ぎたのだろうか

実感もなく

感覚もわからず

涙を流すこともなかった

俺は今でも 待ってる

手塚が帰って来るのを


じっと待ってる

手塚が散った

あの オリーブ色の砂の上で









けれど一つだけわかるのは

もう

叶える夢さえないということ









吹く風が髪を揺らす

眼を閉じれば

此処は夢のようだ

二人の夢は崩れ去った

砂の上の楼閣のように

音も無く

一瞬にして

あまりにも脆かった夢

不安定で

少しの風にも耐え切れず

崩れた

壊れた

もう二度と 叶わない





愛してる

その想いは色褪せ無い侭

俺は この場所で

君の幻想(ユメ)を見てる





「英二・・・・」





風に君の声が聞こえる

熱い砂に倒れこんだとき

俺は初めて

声を上げて泣いた









END.