夢十夜

     −第十夜 九日の夢−



























こんな夢を見た。


俺は枕に預けていた頭をゆっくりと上げる。

未だ覚醒し切れてはいない思考をゆっくりと覚醒させながら隣に目をやると、

顔は見えないが、上下に揺れるいつもよりも跳ねの酷い髪。

彼は未だ覚醒していない。

窓辺に視線をやれば緑色の小さな芽が、植木鉢から覗こうとしていた。


「起きろ、菊丸。」


ゆっくりと身体を揺すって、彼の覚醒を促す。


「菊丸、朝だ。」

「…てづ、か…?」


ぼんやりとした口調は、寝起きが良いはずの彼には珍しい。


「すまない、大丈夫か?」

「んーまぁ、ね。」


照れたように笑って、く、と菊丸は一度伸びをした。

それからハッとしたように動きを止める。

ゆっくりと俺を見る瞳に、その心中を悟った。


「また、か。」

「…うん。」


恐怖に身を揺らす彼は、それでも、もう一度寝る、と呟いた。











夢を見るのだと、菊丸は言った。


「夢?」

「うん。俺と、手塚が、絶対出てくんの。」


以前、俺が夢に出てきた、と言った表情とは180度違う、真っ青な顔で。


「絶対、一緒にいられない。」


菊丸は続ける。


「そんな夢見たくなくて、もう一度寝直したら、さ。」

「あぁ。」

「誰かが、泣いてるんだ。」

「誰か?」

「うん。全然俺の知らない…誰か。

 でもさ、俺と手塚を呼んで、泣いてるんだ。

 そんでね、初めに見た夢にも、たまに出てくる。」


その夢の始まりは必ず、

『こんな夢を見た。』

夢は9日間で、一周。

それが、延々続くのだと。

見ているのは菊丸だというにも関わらず、

視点は俺と菊丸を交互に変わっていった。


砂漠の姫君と裏切りの騎士。

時間管理者と迷い込んだ人間。

疑心に沈んだ人間と、助けられなかった人間。

笑みに憎しみを込める娼婦と多くを望みすぎた男。

迷路にとらわれた人間と、巻き込まれた人間。

永遠に眠り続ける王子と、世話をする者。

人を想い鳴く猫と猫の思いに気付かぬ男。

吸血鬼を内に秘めた人間と、それを狙うハンター。

人に創られた人形と現実逃避を続ける人間。


そこで、一周。

そして視点は砂漠の菊丸に戻り、また、始めからの繰り返し。

二度寝に見る夢は、毎日同じ。

毎日見知らぬ誰かが、呼び、泣いている。











恐怖に揺れる菊丸の肩を撫でると、菊丸はス、と眠りに落ちていった。

以前、菊丸は二度寝などしたことがなかった。

夢を見る、と言い始めた頃から、菊丸はどんなに嫌でも、どんなに長い時間眠っていても、

必ず二度寝をするようになった。

する、というよりも、落ちる、の方が正しいのかもしれないと思う位、

瞬間的に眠りにつく。


「菊丸…。」


医者に見せてもなんの変化も見られない。

夢も見ない位深く眠ろうと色々なものを試しても、無駄に終わった。

二度寝をするまいと足掻いても、パタリと落ちる。

日常生活にはなんの問題もない。

それでも、毎晩、繰り返される夢。

どうすることも出来ない苛立ちに、握った拳を壁にぶつけた。

その衝撃ですら、菊丸は起きようとしない。

















「手塚ー!手紙!!」


目覚めた菊丸にほい、と渡されたそれを見ながら、俺はため息を吐いた。

一応、と問診した医師からの手紙。

結果はいつも通りだった。

“異常なし”


「どしたよ?」

「いや、異常なし、だそうだ。」

「んーなんか、喜んで良いやら、悲しんで良いやらだよね。」


困ったように笑う菊丸の頭をぽんぽん、と撫でると、途端に菊丸は笑顔になる。


「ま、良い気分はしないけど、身体は何ともないし…

 あの夢、どう見たってこの世の話じゃないしさ。」


夢は夢だろ?

そう言って菊丸は笑って見せた。

それから、ぎゅ、と俺に抱きついてくる。


「それにさ、俺自身は、手塚といられるんだし…な?」


少し照れながら言った菊丸をゆっくりと抱き寄せると、

途端に生温い何かが掌に広がった。

俺は驚いて菊丸を抱く手を離し、掌を見る。

…何もない。


「手塚?何、どしたの。」

「あ、いや…なんでもない。」


首を傾げる菊丸を促し、部屋の扉を閉じた。



















『英二…!』




















「手塚、寝るよー!!」


突然目の前に飛んできた枕を反射的に受け取って、

よろけた拍子に傍にあった鏡に頭を打ちそうになった。

楽しそうに笑っている菊丸を見て、俺は顔をしかめる。


「枕を投げるな。」

「あーゴメンゴメン。ホイホイ、寝よー!!」


あはは、と笑いながら、菊丸はさっさとベッドに移動した。

半分開けて、隣のスペースをペシペシと叩き俺を招く。

小さくため息を吐いてその菊丸が空けたスペースに身体を潜り込ませると、

待ちかまえていたように菊丸が抱きついてきた。

朝起きたとき、眠りにつく瞬間、やはり、怖いのだと。

ここ最近、毎夜、毎夜。


「ゴメンな、手塚。」

「気にするなと、言っただろう。」

「…うん、ありがとう。」


慰めるように抱きしめれば、


ぬるり、とまた掌に広がる、

生温い何か。


掌を見ても、何もないけれど…。









生温い、何か。

抱きしめる、誰か。

けたたましく鳴り響く音。

たくさんの声。

呼ぶ、名前。





あぁ、そうか。…これは…。

















『         !!!』


「…すまない。」


俺は、選ぶ。























「手塚?」

「いや、なんでもない。

 さぁ、寝るぞ。」

「おうよ。あ、苦しかったら腕離して良いからな?」

「離すものか。…もう、二度と。」


菊丸がいない位なら、乗ってやろう。

この、繰り返されるループに。


「…手塚?」


抱きしめる腕を少し強くして、不思議そうな菊丸に口付ける。


「お前の側に、いたい。」

「…夢に感化でもされたか?」

「好きだ、英二。」

「ッ、俺、だって、好きだよ。」


ずっと抱きしめて、離すものか。

せめて、眠りにつくまでは。


「抱いていてやるから…もう寝るぞ。」

「…どうしたんだよ、ホント。おかしいぞ、手塚。

 熱でもあるんじゃ…。」


心配そうに俺を見る菊丸にわざと笑みを向けて身体を少し離し、


「試してみるか?」

「っ!!」


そう言って、深く深く、貪るように口付けた。

縋るように彷徨う掌を、握りしめて。

深く、何度も。


「っぷはッ!!!殺す気か!!お前!!!」


暫くの後に唇を離すと、はぁはぁ、と荒く息を繰り返しながら

菊丸は力の入らない身体で口だけを無駄なくらいに動かして俺に抗議する。


「殺す?俺がか?馬鹿を言うな。」


菊丸の言葉を呆れた視線と言葉で返して、もう一度抱き寄せた。

掌に再度広がるぬるりとした感触。

眩暈がする程に、生々しい感触。

けれどせめて、10日に一度のこの日だけは、この腕に抱いたまま…。


「英二。」

「ッ、何だよ。」

「おやすみ。」

「な…!!!!」


どうせ明日になれば俺たちは砂漠の国にいて、


「何だよっホントに…!!ったく、もう、…っ

 おやすみ、手塚。」


俺は菊丸を裏切って、砂漠の真ん中で死ぬんだ。




























菊丸の夢の始まりの一言。


『こんな夢を見た。』


ほら、思い出せるだろう?

今日、菊丸の隣で目覚める前、俺は何を思った?

あの一言…だっただろう?

他にも、そう、例えば昨日なんて…存在していたか?

存在していたように、思っていただけじゃないか?

なぜならほら、俺は、菊丸以外知らない。

知っていると思い込んでいただけだ。

思い出そうとしても、何も、存在していない。

この部屋の外がどんな景色になっているのかすら、知らない。

知っているように、思い込んでいただけだ。

思い出そうとしても、何も、存在していない。

当然だろう。気付かなければ、考える必要もないのだから。

夢の内容には、関係がないのだから。


けれど俺は、気付いたんだ。


即ち全ては夢の一片。

ループをループとする為に必要なもう一片は、

俺が現実視する、これ。

これを足せば成立する、ループ。


砂漠で泣き崩れる姫君。

帽子の下に隠された涙。

赤く染まった布に包まれた身体。

笑みに塗られた憎しみ。

出口のない迷路。

永遠に触れられない肌。

切なげに鳴く猫。

響き渡る悲鳴。

幸せに笑む人形。

そして、

それらを繰り返す、夢。





これで、十の夢となるじゃないか。

これで、上手くループするじゃないか。





つまりは、

この、腕の中の体温でさえ、

全て全て、





夢の、ヒトカケ。









そして、きっと、


二度寝の時に菊丸の見た夢、こそ…









そこで、

菊丸の体温に誘導されるように俺の意識はゆっくりと…





堕ちた。









END.




ス ト ッ プ ?

リ プ レ イ ?