夢十夜

     −第四夜 邯鄲の夢−



























こんな夢を見た


祗園精舎の鐘の声、

諸行無常の響きあり。

沙良双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

たけき者もつひには滅びぬ、

ひとへに風の前の塵に同じ。




























これは悪夢だ。

思い込んでしまいたかったが、そう上手くもいかない。





ない。

俺の番号が、ない。





大学の志望校の合格発表日、

俺は、浪人という現実を突きつけられ

唯呆然と立ち尽くしていた。

中学時代から部活に勉強、規則正しい生活を送り、

高校時代も決してその成績を落とさず上位をキープ。

難関国立大も夢じゃないと言われていた俺が、

この俺が

まさかの浪人決定である。

大学受験は人生を決める。

そう思って生きて来た俺にとってこの現実は、

お前は人間失格だと言われたに等しい。


「・・・・・夢、か?」


そうであって欲しい。いや、寧ろそうでないと困る。

朝出かける時、母親は微笑んで


「お赤飯炊いとくわね?」


と俺を見送ったのだ。

あの厳格な祖父でさえ、

今日は何処か上の空で、落ち着かない様子だった。


「どうやって言い訳すればいい・・・・。」


下手すれば勘当である。

がっくりと肩を落とし、情けない表情で

俺はトボトボと帰路についた。

背後からは歓喜の叫びと、絶望の溜息が聞こえる。

天国か、地獄か。

交差点まで来ると、信号は赤。

立ち止まり、当ても無くこれからの人生について考えてみる。

いっそ大学など行かず、自由に生きていこうか。

そうなると問題は職業だ。

小説家、絵描き、芸術関係なら大学を出ずとも職につけるかもしれない。

だが、生憎俺にはそんな才能はない。

フリーターはプライドが許さない。

身体一つで出来る職業・・・ホストか?

いや、それは適性からして危ういのではないか。

恐らく悉く、

愛想がない、と面接で言われるに違いない。

そういった職業に向いているのは不二だろう。

容姿は整っているし何より作り笑いが上手い。

そうこうしているうちに信号が青に変わったようだ。

しかし俺は渡る気も起きず、

その侭この奇妙な連想ゲームを続けることにした。

何処で間違ったのだろうか。

俺の人生は。

一通り将来について考えた後、今度は過去を振り返ってみる。

中学時代、高校時代

そして、今。

何が俺の人生を転落させたのか。


ピリリリリ


携帯電話が無機質な音をたてながら震える。

相手は、大石だ。


「・・・・はい。」

「手塚?やったよ・・・!!志望校合格だ!!」

「・・・・そうか・・・・。」


動揺を必死で隠そうと、なるべくいつも通り振舞う。


「手塚はもちろん、受かったんだろう?」


心臓が止まりそうになる。

俺は深呼吸を一つすると、震える声で応えた。


「・・・嗚呼。」

「やっぱりそうか。・・・・にしては、声が暗いけど、大丈夫か?」


大石の心配そうな声。

何処までお前は心配性なんだ。

そんなことばかり気にしているから胃薬しか友達がいなくなるんだ。

・・・そう言ってやりたかったが止めておいた。


「大丈夫だ。」

「そうか。不二と乾からも連絡があったよ。二人共無事受かったらしい。」


落ちたのは自分だけか。

乾いた笑いが、腹の底から込み上げてくる。


「・・・・手塚?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ。」


その笑いを噛み殺しながら、俺は返事を返す。

自嘲。

今俺の顔に浮かぶのは、その言葉にぴったりな黒い笑みである。


「後・・・・英二だけだよ。連絡がないのは。」





英二


菊丸 英二。





その名を聞いた途端、俺の笑みは引っ込んだ。


「英二・・・・・」

「あっ・・・・悪い・・・・禁句、だったな。」


受話器の向こうで申し訳なさそうに告げると、

用事があるから、と

業とらしい言い訳をし、大石は電話を切った。


ツーツーツー


空しい和音が耳に響く。

そうか。

俺は切れた侭の携帯電話を握りしめ

そう呟いた。

俺の人生が狂いだしたのは、

君と離れてからかもしれない。









愛してた。

尤も、それは未熟な愛であったに違いない。

不慣れで、稚拙な愛情表現と

たどたどしい言葉。

それでも互いの気持ちは感じられたし、

安らぎを感じていた。

俺が君に、別れを切り出すまでは。

気持ちが薄れたわけではない。

痛切に別れを望んでいたわけでもない。

唯、仕方のないこと。

その一言で、俺は終わらそうとしていたのだ。

君との恋を。

そして、俺のドイツ留学が決まった日。

俺は告げた。

お前をつれては行けない、と。









一年で俺は帰国。

しかし、二人の間が元に戻ることは無かった。

愛していた。

ドイツに居る間も、君への気持ちは変わらなかった。

擦れることはなかった。

それでも、俺は君に

幼い恋にさよならを告げた。

もう、君の心が戻って来ることはないと

感じていたからである。

待っていて欲しい。

連れて行きたい。

そう言えばよかったのだろうか?

それは、今でもわからない。





よく考えれば、あの日、

英二と別れてから碌なことがない。

新しい恋にも出会わず、テニスへの夢も諦め、

挙句の果てには大学不合格である。

情けないにも程がある。

もしもあの時に戻れたら、とか

悲観的な考えを持ったことはないが、

今は違う。

あの頃に、

あの日に戻れたらいい。

いや、戻れなかったとしても、

もう一度

英二を取り戻したい。

やる気を取り戻した俺は、

大股で横断歩道を渡り始めた。

しかし、


「危ない・・・・・・っ!!!!!!」


制止の声が聞こえた時には、もう遅かった。

迂闊にも堂々と信号無視していた俺はトラックに撥ねられ、

身体は空を切って跳んだ。

地面に力一杯叩きつけられ、意識が暗転する。

情けない。

本当に情けない。

こんなところで、俺の人生は終わるのか・・・・




























「・・・・・・づ・・か」


微かに誰かの呼ぶ声がする。

お迎えか?

そう思いながら、俺は薄っすらと双眸を開く。

目の前で、君が微笑んでいるのが見えた。


「・・・・・英、二・・・・・」

「何寝惚けてるの?」


思い切り頬をつねられ、目の前で火花が散る。


「痛・・・・・っ」

「当たり前でしょ?痛くしてるんだから。」


完全に意識が戻った俺は、辺りを見回す。

其処は真っ暗な部屋。

部屋・・・・なのか?

暗闇に包まれた其処は、部屋かどうかも識別し難い。

上も闇。

下も、闇。

一歩でも動けば、足を踏み外し

その暗闇の中を何処までも落ちていくのではないか。

そんな感覚に囚われた俺は、

その侭呆然と座り込んでいるしかなかった。


「君・・・手塚国光、だよね?」

「えっ・・・・?」


その声と共にバンと乾いた音をたてて

照明が辺りを照らした。

浮かび上がるこの得体の知れない場所。

やはり此処は部屋だったらしい。

しかし、唯の部屋ではなさそうだ。

照らされた先に広がるのは、

刑事ドラマで使われていそうな法廷の場である。

俺が今座り込んでいる場所と目と鼻の先にあるのが


証言台。


そして横には弁護士席と検事の席。

正面には裁判官の席、といった風に

現実の其れと寸分変わりはない。

もしかしたら、俺はとんでもない所に来てしまったのではないだろうか。


「これから裁判を始める。」


冷たい声が響くと共に、

ずらりと黒い面を被った気味の悪い集団が現れた。


「被告人、手塚国光。」


先程俺の頬を思い切り抓った奴は

正面の裁判官の席で

驚く程大きい木槌を抱え、柔和な微笑みを浮かべていた。

見覚えのあるその微笑み。

サラリと音をたてそうに揺れる、小麦色の髪・・・


「不二・・・・・・!!!!?????」


思わず立ち上がり声を上げると

黒装束の集団に囲まれる。


「シ―――――――――――ッ!!!!!!」


口の前で人差し指を立て、一斉に制止のポーズを取ると

呆気にとられ、

酸素を欲しがる金魚のように口をパクパクさせている俺を横目に

黒装束達は検事側の席に向かった。

その後に続いて現れたのは白装束の集団である。

昔ニュースで世間を騒がせた集団のように

白一色できめている彼等は、

弁護側に座った。


「ふ、不二・・・・」

「失礼だね・・・誰に向かって口を聞いてるの・・・?」


微笑みを浮かべた侭、不二は力一杯机を叩いた。


ドーン


破壊音も凄まじく、今や机としての役目をなさない瓦礫の山が

ハラハラと床に降り積もった。

ゆっくりと俺の方に歩み寄ってくる不二。

そのオーラは並みの恐ろしさではない。


「僕は不二なんていう低俗な名前じゃないんだけどなぁ・・・・」


顎をグイッと掴まれ、無理矢理そちらを向かされる。


「僕の名前は閻魔大王・・・・知ってると思うけど、以後お見知りおきを・・・・」


唇が触れるか触れないかくらいの位置で告げられたその言葉。

血の気が引いていくのがわかる。

閻魔大王・・・閻魔、大王。

あの人が地獄に落ちるか天国に行くかを見極めるという噂のあいつが、

何で不二の姿をしているんだ?


「あ、ついでに言っとくと、僕の容姿は不定形でね。

 恐怖を引き出す為に、その人が前世で一番恐れていた人の姿になるらしいよ。

 君、こんなに可愛らしい人が恐かったの?」


成る程。

俺は深く頷いた。

それなら納得出来る。

可愛らしい?

表情一つ変えずそんなことを言ってのける所も

正に不二そっくりではないか。


「それより・・・思ったより君、落ち着いてるね。死んだっていうのに。」

「え・・・・?」

「いつも大変なんだよね、此処に来る人達。性質が悪い奴は暴れたりするからさぁ・・・」

「ちょっ、ちょっと待て!!!!」


平然とした様子で

信じられないような言葉を繋いでいく不二、もとい閻魔大王。


「まだ気付いてなかったの?君、もう死んでるんだよ。」


言われた瞬間、記憶が走馬燈のように

頭の中で再生される。

ビデオの巻き戻しボタンを押したかのように。


そうか、

あの時俺はトラックに撥ねられて・・・・


「如何、思い出した?」


パチン、指を鳴らす音が聞こえて、

一気に現実に引き戻される。


「・・・・嗚呼、残念だが・・・・どうやら俺は死んでいるらしい。」

「物解りが良くてよかったよ。」


そう告げると大魔王は不敵に微笑み、

クルリと背を向けて自分の席に戻った。


「さて・・・この人間、どっちに行かせた方がいいかな?」

「やはり、こちらでしょう。」


白装束の頭と思われる人物が立ち上がる。


「品行方正、成績優秀。申し分ない人材ですから。」

「だけどさ〜・・・最近こっちも人数足りてないのよね。

 脱走者後絶えないしさぁ・・・・虐めたりない、っていうか。」


黒装束の頭も言い返す。

地獄だけには行きたくないのだが、


「僕は基本的にどっちでもいいから・・・・まぁ、話し合いでもして決めてよ。」


大魔王はやる気のなさを剥き出しにしており、頼りになりそうもない。

おまけに白装束はどうも押しに弱そうだ。

ふと、俺は思いつく。

どちらにも行かないという選択肢はないのだろうか。


「無理だよ。人間は死んだら、絶対どちらかに行かなきゃいけないことになってる。」


何故俺の考えていたことがわかったのだろうか。

大魔王は面倒臭そうにそう告げると、


「あのさ、もしかして前世に未練とか残ってる?」


と問い掛けてきた。

未練・・・未練だと・・・・大有りだ!!!!

俺の綿密に組み立てられていた人生プランが、

一瞬で崩れ去ったのだ。

未練がない方が可笑しい。


「まぁ、そうだろうね・・・・それなら、こういう手もあるんだけど。」


大魔王は何処からか古ぼけた枕を取り出し、俺の方に放り投げた。

眼の前に落下する、其の枕。

何の変哲もない、普通の枕である。

唯、骨董品並に古い事を除けば。


「此処に来た人間には、3つの行き先がある。」


その枕を手に取ってみると、少し黴の臭いがした。


「1つ目は、白の天国。」


白装束達が、一斉に礼をする。


「2つ目は、黒の地獄。」


今度は黒装束達が一人ずつバラバラに礼をした。


「そして3つ目が・・・・」


大魔王は枕を指差し、神妙な顔つきで

こう告げた。


「その枕を使って、自分の好きな夢を見られる。その代わり、行き先は地獄でも天国でもない・・・・」


自分の好きな夢を。

しかし、行き先は天国でも

地獄でも、ない。


「まぁ・・・気休めにはなると思うけど。その代わり、代償は大きい。」

「代償・・・?」

「言ったでしょ?行き先は天国でも、地獄でもない。

 ・・・まぁ、君は其れを望んでるみたいだしね。悪くはないんじゃない?」


失った夢。

どうせ、天国にも地獄にも行くつもりはない。

いいんじゃないか、と心の中で誰かが囁く。


「さぁ・・・・どうする?」


失った英二を取り戻して、豪華な生活を送り

そして戻って来る。

夢でも決して悪い話ではない。


「わかった・・・・」


もう覚悟は決めてある。

英二との日々が

君の笑顔が

胸に過ぎった。


「その提案・・・受けよう。」


その瞬間、白装束と黒装束が立ち上がり、

グルグルと渦を描いて、俺の周りを廻り始めた。

白と黒が混じる。

マーブル模様が広がっていく。


「ほんの短い間の夢だけど・・・せめて、眠りの中では良い夢を・・・」


大魔王のささやかな惜別の祈りが聞こえた。

枕を床に置き、其処に横たえる。

まるで何百日も眠っていなかったかのように、

俺は

一瞬で眠りについた。

浅い微睡みから、やがて訪れる

深い漆黒の眠りへと

堕ちて行く。




























英二・・・

君の名前を呼んだ。

何度も、何度も。




























ぼやけた輪郭が、段々とはっきりしてくる。


「危ない・・・・・・・っ!!!!!」


そうか、夢でも此処から始まるのか。

間一髪でトラックを交わした俺は、

アスファルトの上を転がった。

大丈夫、怪我はない。

トラックの運転手は罵声を浴びせるとその侭走り去った。


「大丈夫ですかっ!!!???」


黒いコートの女性が駆け寄って来る。

形の整った紅い唇が眼に留まった。

差し出された腕に掴まり、立ち上がる。

服の汚れを払いながら礼を述べると、

彼女は微笑みを浮かべ、


「いいえ、怪我がなくて何よりですわ。」


と告げると、軽く会釈をして去って行った。

物腰も優雅で美しい女性だった。

去っていく彼女の後姿を眺めながら、

俺は幸先のいいスタートに我ながら感心していた。

これで大学さえ受かっていれば・・・と溜息を漏らす。

一年浪人生活を送った後、またやり直すと思うと気が重い。

それでは栄華の夢と言えないだろう。


ピリリリリ


電話が乾いた音をたて、震えた。


「もしもし・・・・」

「あ、手塚?」


相手は不二だった。


「嗚呼・・・」

「大学合格、おめでとう。」


不二は晴れやかな声でそう言った。


「は・・・・?」

「だから、合格おめでとう。」


嗚呼、そうか。

そういえば俺は大石に嘘を・・・


「手塚の番号って1125だよね?今、ちゃんとこの眼で確認したよ。」

「確認、した・・・?」

「そう、今手塚が受けた大学の門の所。みんな居るよ?大石も乾も・・・・

 それから、桃や越前もお祝いしに来てくれた。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!!!」


合格?

まさか。

俺の胸は早鐘を打った。


「何?」

「合格・・・・してるのか?」

「今更何言ってるの。ちゃんと皆で確認したんだから、間違いないって。」


喉元から笑いが込み上げてくる。

今度は自嘲なんかじゃない。

歓喜の笑いだ。


「・・・手塚?」


黙っている俺を心配したのか、不二が呼びかけて来る。


「・・・今からそっちへ向かう。待っていてくれ。」


冷静を装い俺はそう告げると

走り出した。

世界が180°回転した。

広がる、明るく華やかな世界。


「・・・・最高だ。」


心底そう思った。

角を曲がると、仲間がこちらに手を振っている。

俺は片手を挙げ、それに応えた。

そう、これが俺の

最高で且つ最悪な人生の幕開けだった。









人生はこうも簡単なものなのか。

それから先俺は恐ろしい程順調な生活を続けていた。

大学は首席で卒業。

某有名銀行に就職。

現在はエリート街道をひた走っている。

何もかもに恵まれた、幸せな日々。

しかし、一番の問題は

未だ英二が登場しないということ。


「支店長、今夜飲みに行きませんか?」

「悪いが、今日は予定がある。すまないな。」

「え〜っ!!???いつもそう言って来てくれないじゃないですかぁ〜」


男性職員と、それの連れの馬鹿な女。

誘いを断るのにはいつも苦労している。


「悪いが今日は本当に・・・」

「あ、そういえば今日は接待だったっスね。すいません。」

「嗚呼、また今度にしてくれ。」


そう、今日は上役達の接待をしなければならない。

酒はあまり飲まない主義だが、こればかりは仕方ない。

夕方会社を出ると、予約してある店に向かった。


「いらっしゃいませ。」


長い髪を結い上げている女性が、

軽くこちらに会釈をしてきた。

黒いドレスはスリットが入っていて、

俺は出来るだけ足元を見ないようにしておいた。

店内は薄暗く、感じのいい音楽が流れている。

席に着くと何人かのホステスが現れ、

勝手に持て成しを始めたので放って置いた。

其処に上役達が到着。

恭しくお辞儀をすると、

そちらも勝手にホステス達と戯れ始めたので

俺は空しく一人水割りを啜っていた。

ふと店内を見回すと、柱の陰に

見覚えのある赤い髪が揺れていた。

長い真紅のドレス。

白い肌。

釘付けになっていると、その人物は、音もなく振り返った。


「・・・・・・英、二・・・・」


間違いない。

英二だった。

未だあどけなさの残るその顔。

変わらない微笑み。

紅い唇。

俺の腕の中にいた英二が、

その侭大きくなった。

そんな感じだった。

慌てて立ち上がると上役達が訝しげな表情でこちらを見る。


「・・・お手洗いは?」

「右手の奥にありますけど?」


トイレに立つふりをしてその場を抜け出すと、

俺は英二に近付いて行った。

覚えているだろうか。

突然不安が過ぎる。

もしも俺のことを忘れていたら

その時は

この夢の終わりかもしれない。

そう思った。

意を決して、君の腕を掴む。


「はい?」


振り返った君の笑顔が消え、

君は目を見開いた侭

俺の手を振り解くこともせずに、固まった。


「・・・・英二。」

「・・・・・・て、づか・・・・?」


呆然としている君を抱き寄せる。

やっと

やっと、逢えた。









それから俺は英二の居る店に通い詰めるようになった。

既に店では常連扱い。

何回か通い続ける内に、英二は自分の身の上を話すようになった。


「俺の両親蒸発しちゃってさ・・・お父さんが凄い借金作って。

 だから俺、それ返す為にこんなことしてんの。」


苦笑しながらも、英二は続ける。


「でも・・・手塚に逢えたんだからよかったかも。」

「そうか?」

「うん、ずっと逢いたかった。」


英二の手が俺の手に重なり、

俺は其の手を握り返した。


「逢いたかったよ、手塚・・・」

「嗚呼・・・俺もだ。」


至福の時。

俺は英二を抱き寄せると、耳元に囁いた。


「俺が何とかするから・・・もう、こんな所で働くのは止めてくれ。」

「でも・・・それじゃ手塚に迷惑かけちゃう・・・・」

「構わない。」

「・・・手塚、好き。愛してる。」


まるで何処かで聴いたことのあるような台詞ばかりだが、

それでも俺は幸せだった。

君の唇で、

君の言葉で紡がれるからこそ

意味があるのだ。

何処かの三流役者が呟くのとは訳が違う。


「手塚・・・俺、店止めようと思うの。」


そしてとうとう今日、

英二は俺にそう切り出した。


「・・・本当か?」

「うん、手塚には迷惑かけちゃうけど・・・・俺、手塚のお嫁さんになりたい。」


頭の中で、鐘の音が聞こえる。

盛大な拍手とファンファーレ。

俺は今、人生最大の至福の時を迎えていた。


「・・・・英二!!!」

「・・・・手塚っ」


ひしと抱き合う。

もう二度と離れぬようにと、

強く

強く抱きしめあう。


「・・・・今日、手塚の家に行ってもいい?」


甘えるような視線を向けてくる英二に、

俺は思わず頷く。


「待ってて。着替えて来るから・・・」


店が閉店すると俺と英二は連れ立って家に帰った。

下心がないと言えば嘘になる。

いや、寧ろ俺の頭の中では

今日如何やって自分の童貞人生にさよならするか

そればかり考えていた。

自分から家に来たいと言った時点で、

脈があるようにも思えるのだが・・・

いや、あの純粋な英二がそんなことを考えているとは思いにくい。

でも、今日こそは確実に仕留めたい。

今日という今日は・・・


「手塚っ、てーづーかー!!!!!」


考えに没頭し過ぎていたのだろう。

英二が眼の前で大きく手を振る。


「・・・・どうした?」

「どうした?じゃにゃいよ。俺、お風呂入って来るから。」

「嗚呼、わかった。」

「・・・覗かないでね?」

「当たり前だろう!!!」


考えていたことを見透かされたような気がして

少し赤面する。

やはり、英二は純粋な侭だ。

英二が風呂からあがって来ると、

今度は俺が風呂に入る番だった。

一応念入りに身体を流す。

期待に胸を膨らませ風呂からあがると、

バスローブに身を包んだ英二が

ちょこんとベッドの上に腰掛けて待っていた。

いつもとは何処か雰囲気が違う。

薄暗い証明のせいか

妖艶な雰囲気を醸し出していた。


「手塚、髪拭いてあげる。」


柔らかい指先が俺の髪を撫でる。

ふんわりと香る石鹸の香りが、

俺の欲を掻き立てた。


「あ・・・・・」


抵抗する様子のない英二を押し倒す。


「て・・・・づか?」


色っぽい溜息を漏らし、

少し潤んだ目で見つめてくる。


「・・・・してもいいか?」


率直に聞くより仕方なかったので、

俺はそう問いかけた。

一瞬狼狽したように視線を泳がせたが、

決心したのか、英二はコクリと頷いた。


「んっ・・・手塚ぁ・・・」


首筋に痕を残すと、可愛らしい声で応える。


「あっ・・・もっと・・・ぉ」


余裕のない表情でバスローブに手をかける。

さらば、童貞人生!!!

ところが


「え・・・・っ?」


下半身に感じる冷たい感触。

これは・・・・


「手塚、いい加減にしてくんない?」


いつもと変わらぬ微笑みを浮かべながら

英二は俺に押し当てていたピストルを構えなおし、

額の前に突きつけた。


「下手くそなの。全然気持ちよくないし。」


頭の中が混乱している。


ピストル

英二の微笑

何が起こったんだ・・・・?



「悪いけど死んで貰うね?お気持ちに甘えて、お金は頂きますから。」

「ちょっ、ちょっと待て・・・!!」

「何?」


これは夢か?

嗚呼、そうだ。

これは確かに夢だった。


「どうして・・・どうしてこんなことを・・・?」

「決まってるでしょ?愛してるから。」


英二は表情一つ変えずに、そう言った。


「正確には、ずーっと愛してたから。手塚が悪いんだよ?

 あの時俺を置いてったりするから・・・・」


やはりあの時か。

英二と再び出逢っても、

結局あの時のことが俺の首を絞める。

最悪だ。


「だから、これは俺からの復讐・・・まぁ、あの世で一人の淋しさを味わってよ。」


引き金に手をかける英二。


ガチャリ


冷たい金属音が

レクイエムを奏でる。


「じゃあね・・・手塚。」


突然俺の頬を何かが濡らした。

これは、涙・・・?

英二を見つめると、その翠の双眸からは

涙がとめどなく伝っていた。


「英二・・・・・っ」

「バイバイ・・・・!!!!!」


轟音をたてる拳銃。

一瞬にして暗転する思考。

嗚呼、情けない。

二度も間抜けな死に方をすることになるとは。

せめてもう一度、

君に愛していると告げたかった。





英二

英二!!!!





もう、その声も

君には届かない。




























「・・・・づか・・・・っ」


誰かの呼ぶ声が聞こえる。

動き始めた思考の片隅で、

俺は仄かな明かりを捉えた。


「手塚・・・・っ」


ゆっくりと目を開けると、

心配そうに覗き込む仲間達の姿が見えた。


「・・・此処、は?」

「病院だよ。トラックに撥ねられるなんて手塚も案外ドジだなぁ。」

「当たり所が良かったらしくて特に怪我もないよ。良かったね。」

「・・・・そうか。」


やはり其処に英二の姿はなかった。

悲しいけれど、もう二度と逢わない方がいい。

俺は、そう自分に言い聞かせた。

その次の日、俺は退院した。

俺が眠っていたのは、ほんの短い間だったらしい。


「それにしても・・・・可笑しな夢だった。」


晴れた空は何処までも広がっている。

君も今、この空を見上げているだろうか。









こうやって君を感じることなら、

俺にだって許されるだろう。

せめて君が同じ空の下、幸せでいられたなら

俺は・・・・




























昔中国の趙の都、邯鄲で、盧生という貧しい青年が、

茶店で呂翁という道士から不思議な枕を借りて寝たところ、

立身出世して五十余年の栄華を極め、

一生を終わる夢を見た。

ところが目覚めてみると、茶店の主人が炊いていた黄梁がまだ

煮え切らない、ごく短い夢だった。

この故事から『邯鄲の夢』とは、

人生の富貴や栄華の儚いことのたとえに使われる・・・









END.