夢十夜

     −第二夜 時間管理人−



























こんな夢を見た。


俺は宙とも地とも言い難い真っ暗な場所に立っていて、周囲を見回していた。

地面らしきものはなく、360℃全てが黒だった。

俺の周りにはボンヤリと光を放つ、まるで無彩映画のように色を持たない様々な形の時計。

それも、どこまで続いているか見当も付かないこの空間のいたる所に、無数にある。


カチ カチ カチ


 コチ コチ コチ


  チッ チッ チッ


少しずつズレのあるその時計達の秒針を刻むリズムに、俺は少し不快な気分になって眉間に皺を寄せた。

何故このような場所に立っているのだろう、と考え始めた時、


「いらっしゃいませ、手塚国光様。」


突然背後から声をかけられて、俺は驚きながら振り返る。

先程周囲を見回した時には確かに誰も存在していなかった筈なのに、

振り返った先には確かに人がいて。

深めに被った帽子の下ににこやかな笑みを浮かべてこちらを向いていた。


「本日は、何をお望みでしょうか?」


時計達には一切色が存在していないにもかかわらず、その人物の周りには僅かながらも色が存在していて、

俺はぼんやりと浮き上がるその人物の眩しさに少し目を細めた。

よくは見えないが、おそらくは男であろう、人間。

赤茶色の髪に少し日に焼けたような肌色。

笑みを浮かべる唇はほんのりと赤く、

深めに被った帽子の所為で見えない瞳も、おそらく鮮やかな色なのだろうと思った。

身に纏っているもので唯一の色は、その指にはめられた指輪のトパーズ。

それと、その手に持っている鳥籠の中にある、砂時計の中の鮮やかな水色の砂。

指輪のリングは白く、鳥籠と砂時計の本体は黒かった。

あとは黒の帽子に黒のスーツに黒の靴。スーツの中に着ているものすら、黒い。


「望み、と聞かれても…。」


何故ここにいるのかすらわかっていない俺に、何故このような事を聞くのだろうと、少し不思議に思う。

首を左右に振る事で返事を返すと、その人物は少し、笑みを深めた。


「では、聞き方を変えましょう。何をお探しですか?手塚国光様。」


変わらぬ口調で再度訪ねられて、俺はふと気付く。

何故、俺の名を?

途端に彼が不審な人物に思えてきて、俺は彼から一歩下がる。

一歩下がっても変わらない彼の態度に少し背筋を冷やしながら、尋ねられた内容を自分に尋ねてみる。


探す。

俺が?

何を?


思考を巡らせていた俺をやはりにこやかな笑みを浮かべて見ながら、

彼は出会った時より一歩たりとも、そう、口以外を一切動かしていなかった。

彼の手に持たれた鳥籠の中の水色の砂も、上側に全ての砂を置いたまま位置を変える気配はない。

重力というものが存在していないかのようにも見えた。


カチ チッ コチ チッ コチ カチ…


暫し思考を巡らせ、はた、と気付く。


そうだ。俺は探していた。

とてもとても、大切なもの。


顔を上げた俺を見て、彼は口元の笑みを消した。


「お決まりでしょうか?」


突然消えた笑みに驚きながらも、俺はその問いに答える。


「とても、大切なものを探しているんだ。」

「はい。」

「どうしてもその大切なものが、思い出せない。」


叶うならば、俺の望みはその大切なものを思い出す事。


「では、手塚国光様のお望みのものは、記憶、という事でよろしいでしょうか。」


かけられた声に、俺は彼を凝視した。

記憶をも、望めば手に入るというのだろうか。

俺の視線もさして気にしている様子もなく、

彼は初めて腕を動かしたと思えば鳥籠の中の砂時計を出し、この空間に漂う一つの時計の前に逆さまに置いた。

すると、その砂時計はさらさらと小さな音を立てながら、重力に逆らうように上に上がって行く。

呆然としている俺を彼は振り返った。


「申し遅れました。わたくし、全ての『時間』を管理しております管理人にございます。

 こちらに迷い込まれたあなた様のお望みすることを、一度だけ、お聞きする事が出来ます。

 これを叶えてしまえば、もうこちらにはいらっしゃる事が出来ませんが…

 よろしいでしょうか?」


言葉の内容に驚きながらもどこかで納得をして受け入れる。

一度頷くと、彼…管理人はその口の端に、少しだけ力を入れた。

目は、相変わらず俺からは見ることができない。


「では、その砂が全て上がり終わるまでお待ち下さい。

 手塚国光様に関する『時間』は、この時計と砂で管理しております。

 この砂が上がり終えればあなた様は望みを手にすると同時に、

 自動的にもとの世界、もとの時間にお戻りになっていらっしゃいます。

 その際、一瞬だけ酷く眩しい光に包まれますが、害はございませんので。」


そう言い終わると、管理人は一度だけ深く頭を下げた。

その態度に何かしらの違和感を覚えて、俺は管理人を呼び止める。


「あの。」

「何でございましょうか。」


顔を上げた管理人の目は、相変わらず見えない。


「もう、二度とここへ来る事は出来ないのですよね。」

「左様でございます。」

「そう、ですか。」


何故そんな事を聞いたのかは、自分でもわからなかった。

ス、と俺より5歩程下がった管理人は鳥籠を足下に置き、尚も上がり続ける砂と俺の方を見ている。


チッ コチ カチ カチ チッ コチ…

さら さら さら さら…


少しずつ上がっていく砂は、半分を切った。

小さく動いた管理人の指が、はめられている指輪に触れる。


『ありがとう、手塚!』


途端によぎった声に、俺は目を見開いた。

管理人を見ても、その口が動いた様子もない。

辺りを見回しても、無数の時計があるだけで、他には何もない。

気のせいか、と思った。


コチ チッ カチ コチ チッ カチ…

さら さら さら さら…


“大切な何か”を思い出す事に、期待と不安を少しずつ寄せながら砂時計を見つめる。

この砂時計は随分と短いものらしく、もう殆ど砂は残っていない。


『俺、ずっと大事にするよ!!

 大好きっ!手塚!!』


そう思った直後、再度響いた声。

聞いた事のあるような気がするが、上手く思い出せない。

この声は何なのだろうか。どうして俺の名を呼ぶのだろうか。

それを問おうと振り向くと、

管理人は先程まで砂と俺を見ていたのに今は何故か俯いていた。

どうかしたのだろうか、と声をかけようとした時、その身体が小さく震えている事に気付く。


「おい!?」


驚いて駆け寄り、管理人の肩を掴んだ。

俺が肩を掴んだ衝撃で、深く被っていた管理人の帽子が黒の空間に落ちる。


コチ チッ カチ コチ チッ カチ…

さら さら さら さら…


俺はその事実を知り、驚愕に目を見開いた。


(ば い ば い)


顔を上げ、声には出さずに口だけをそう動かして『管理人』は笑った。

彼の鮮やかな瞳には今にもこぼれ落ちそうな涙が、一つ。


…違うっ!望みは記憶じゃない!!

俺が探していたのは…!!!


チッ コチ カチ コ…

さら さら さ…


「英ッ」


瞬間、俺は痛い程に眩しい光に包まれた。









END.