夢十夜

     −第六夜 引換の永遠−



























こんな夢を見た。



俺は、ずっと…長い間、愛しい人の傍にいた。

唯一離れるのは、年に一度。


日の光が柔らかに差し込む部屋。

入り口に立つ番人。

中央に置かれたベッド。

そこに眠る人。

幼い者から歳老いた者まで、沢山の女が列を成して彼に口付けを落としていく。

俺は薄暗く狭い部屋に一つ置かれた椅子に座り、

手品鏡越しに延々と続けられるそれを無表情で見ていた。

今年こそ、という想いと今年もどうか、という想いはあるが、

生憎表情にはあまり出ないタイプなので、誰にもばれることはない。

それ以前に、手品鏡であることによって、誰にも俺の姿を見られることはないのだけれど。

この光景自体にはもう慣れた。

一年に一度とはいえ、

彼に落とされた口付けはもう、数え切れない程。


彼は500年間、眠り続けている。





どこかで聞いたことのあるような、ちんけな呪いの所為で。

















彼の呪いを解く方法。

『運命の相手からの、キス。』

何処のお伽話の話だ、と。馬鹿馬鹿しい、と。

何をそんな夢のようなことを。と、判明した瞬間は皆、笑っていた。

けれど実際は…

どうやって、その『運命の相手』を探すというのか。

お伽話でもなんでもないこの世界で、その一人を探すのは砂漠に落ちたごま粒一つ探すような事で。

この世に生きる人間全てを、虱潰しに探せと言うのか。

この国の人間とは限らない。

今生きている人物ではないかもしれない。

『運命の相手』が実際に存在する保証など、何処にもない。

笑っていた者は皆、口を閉じた。

不確かなモノを探すこと程、困難なことはない。


仕方がなく、王は令を出した。


『毎年決まった人数ずつ、彼に口付けを。

 どんなに幼い子供でも、どんな老いた女性でも、関係なく。』


男は自動的に免除された。

その後、眠り続ける彼を人目にさらし続けるわけにはいかないと、

人目を避ける為、彼の身は城の最上階の部屋に移される。

そして、動くことが出来ない彼の身の世話をする人間が必要になった。

俺は、それを望んだ。

眠り続けているとはいえ、

彼に二度と会えなくなるかもしれない事に、耐えられなくて。

いくつかの契約の後、

『彼が目覚めるまで』という不確かな期限付きで、俺は彼の側にいる権利を得た。






















「手ー塚っ!!」


誰よりも大切な人だった。

本当に、心から好きな人だった。


「菊丸か。」

「今日もさ、色々教えてよ!」

「あぁ。先日の続きからだな。」


彼はこの国の第3王子だった。

頻繁に城を抜け出しては市で商人から果物を買い、

民家を訪ねては談笑をし、幼い子供とたわいもない遊びをする。

鮮やかな笑みで人を和ませる不思議な魅力を持っていて、

国民の誰しもに愛されていた王子だった。

友人知人は身分に関係なく沢山いて…俺もその中の一人。

ただ、人よりも少し知識が豊富なだけの、一国民。

この想いが一生叶うことなどない事くらい、知っていた。







それは、少しずつ肌を冷やしていくような霧雨の降った日。


「あのさ、手塚。聞いて欲しい事があるんだ。」


彼が俺を訪ねてきて、お抱えの家庭教師よりわかりやすい!と

いつものように国史を教えた帰り際。

いつもより少し強い声で彼が言った。


「聞いて欲しい事?」


なんだろうと聞き返すと、彼は少し困ったように笑う。


「うん。あーでも、明日言うな。」

「…?…あぁ。だが、あまり頻繁に抜け出すなよ。」

「ん。じゃね、手塚。」





それが、最後に交わした言葉。

その次が訪れないことなど、俺は当然知る由もなく。





帰り道。

彼は不穏勢力に襲われた。

国を良く思わない者達からすれば、国民にも知れ渡っている彼は恰好の餌食。

友人で王宮の専属医をしている乾からその知らせを受けた俺は、

乾のつてを借りて彼に会う為、走った。

どうか、どうか、と、命に関わらないことを願う。

傘もささず、ゆっくりと体温を奪われながら全力で走った。

俺の願いは、最悪な形で叶うことになる。


「眠っているだけだ。…ただし、いつ起きるかはわからないが…。」


慌てて駆けつけた俺に、乾はそう言った。


「…どういう、事だ。」

「毒を使った、呪い、なんだよ。」


彼の首筋に、赤い斑点がひとつ。

それを見せながら、忌々しいような口調で、乾は続ける。


彼の身体には、小さな毒針が埋め込まれていること。

その毒矢には、毒と、更に呪いがかけてあること。

呪いを解かなければ、毒針を抜くことが出来ないこと。

毒は少しずつ少しずつ彼の身体に浸食して、より深い眠りへと誘うこと。


最後に、毒を取り除くまで、彼は老いることも死ぬこともできないこと。


「菊、丸…。」


呆然と、眠り続ける彼を見た。


「…俺は、王に報告に行くが…お前はどうする…?」

「…菊丸が襲われたのは、俺の責任だ。

 俺も、行こう。」


後悔と恐怖が俺の中を駆け巡っていく。

もし、このまま目覚めなかったら…?

目覚める方法が見つからなかったら…?

あの時、城まで送って行っておけば良かった。

一人で帰さなければ良かった。

あまりにも近すぎて、

あまりにも彼が無邪気に傍にいすぎて、忘れていたんだ。





彼が、王族だったことを。





俯いている俺を見ながら乾は小さく息を吐き、

部屋の隅で心配そうに立ちつくしていた3人に声をかけた。


「じゃぁ、俺と手塚は王に謁見してくるよ。

 海堂、桃城、越前。王子を…菊丸を、頼む。」

「はい。」


少し震えた声が、小さく返事を返した。

何を告げられても…例え死刑になっても良い、と覚悟を決めて、

俺は彼の部屋を後にする。

謁見の間に入ると跪いた乾に合わせて、俺も膝を折った。


「乾と…お主は…?」

「手塚国光と申します。」

「…顔を上げよ。」


言われ、乾と共に顔を上げる。

乾は早速、襲われた時の状況と現状を王や王妃、王子に姫達…彼の家族に報告を始めた。

報告をしている最中も報告を終えた後も、彼らは一切、表情を動かさなかった。

それはおそらく、王族としての、義務。


「そうか…わかった。」

「毒と呪いの解明に、全力を尽くします。」

「あぁ、そうしてくれ。…乾は、下がって良いぞ。」


少し不安げな視線を俺によこして、それでも一度頷き乾は謁見の間を後にする。

告げられる言葉が何であったとしても、それを受け入れるつもりで王の言葉を待った。

ただ一つの心残りは、彼がどうなるかを確認することが出来なくなること。

乾が完全に部屋を出た後、王は俺に声をかけた。


「手塚国光、だったな。」

「は。」

「主のことは、よく英二から聞いておったよ。

 この城の者よりずっと頭の切れる者がおる、と。」


その言葉に、驚いて王を見る。


「主に罪を問う気はない。あやつを本気で止めなかった我々の責任でもある。

 気に病むことはないが…主さえよければ、時折、会いに来てやってくれぬか?」


英二もおそらく、望んでおるだろう。

強制でも命令でもないその言葉は、王ではなく、父の言葉。

込み上げそうになるモノをグッと堪えて、俺は「勿論です。」と言った。


「…ありがとう。

 下がって、良いぞ。」

「は。」


閉まるドアの向こう、微かに僅かに、嗚咽が聞こえた気がした。




















それから、500年。

今年の人数を終え、沢山の女も番人も姿を消し、

部屋に鍵がかけられたことを確認して、俺は手品鏡のある薄暗い部屋を出た。

濡れた彼の唇を拭い、いつものように世話を始める。

世話をする時にだけ触れる、彼の身体。

契約の関係で、俺は彼と共に時を止めた。


契約の内容は、

一、親兄弟含め、王族・研究者以外、外部との関係を完全に絶つこと。

二、彼の世話を一日も欠かさないこと。

三、いつ目覚めるかわからない為、

  特別に永遠の命を得る呪いを自らにかけること。

四、彼の呪いが解けると自動的に自らの呪いも解ける為、

  解けた後は何も知らないフリをして町に戻ること。

五、世話をする以外、特別な接触を彼にしてはならない。

この、五つ。


年に一度のこの日の為に用意された手品鏡の部屋は、

呪いが解けた後も問題なく町に戻れるように、との国王の配慮だった。

彼の身体を拭いて寝かせた後、彼に伸ばしかけた手をぐ、と抑える。

契約を破れば、当然罰が下される。

彼の側にいられる保証がある限り、その契約を破るつもりなど毛頭ない。

…けれど











物語の結末は、突然。

それはまるで、出来の悪いお伽話のような結末。











「開けてくれっ!手塚!!」

「…どうした、乾。」


らしくもなく少し慌てた声で扉を叩く乾に少し驚きながら、

俺は彼の側にある椅子から立ち上がって扉の鍵を開ける。

彼にかかっている呪いと彼の相手を捜す研究をする関係で、乾にも俺と似た呪いがかかっている。

500年経った今、眠り続ける彼の声や瞳の色を知っているのは、おそらく俺と乾だけだろう。

扉を開けると、声と同じく慌てた様子で部屋に入ってきた乾に内心首を傾げる。


「いいか、落ち着いて、聞け。」

「俺は落ち着いている。どうしたんだ。」


少し荒れていた息を整えて、乾は俺をじっと見て口を開いた。


「お前だ。手塚。」


その一言に、俺は意味を汲み取れず彼を見返したまま黙る。

黙っている俺の心情を察したのか、乾は少し強い口調で、もう一度言った。





「菊丸の相手は、お前なんだ。」





はっきりと言いきられた言葉すら脳内で上手く処理できず、

俺は乾を見つめたまま呆然と立ちつくす。


「な、に…?」

「俺の研究がやっと完成したんだ。間違いない。

 菊丸の相手は、お前だ。お前がキスをすれば、菊丸が起きる。

 …お前には、酷な話だが…。」


少し俯き加減で乾は言うが、俺はその言葉には首を左右に振った。


「いや…俺は、菊丸の為なら無駄に長らえた命など今更惜しくはない。

 それより…乾、お前は覚えていないのか…?」


顔から血の気が引いていくのがわかる。

俺は契約してしまった。

必要外に彼に触れてしまえば、契約違反として俺は存在が消滅する。

けれど、そんなことは彼の為なら問題ですらない。

例え消えてしまうとしても、俺は彼の相手だったのだ、と俺は幸福に思うし、

最初で最後のキスだったとしても、彼が起きるのなら俺は嬉しいとすら思う。

俺は消え、彼の時間が動き出して終わる筈の物語。


けれど、


俺は『眠り続ける』彼の世話をする為に契約をし、永遠を得た。

…その契約を破った際、与えられる、罰。

俺は消える。

そして、





「俺にとって菊丸以上に大切な者など、存在しない…!!」


俺の一番、大切な人も。






俺の悲鳴に近い言葉に、乾の眼鏡の奥の目が見開かれた。

足が震えて、床に座り込む。

呆然としている乾が、眠り続ける彼を見た。



俺が触れれば、彼が消える。

俺が触れなければ永遠に彼は目覚めることなく、

俺も彼の世話を続けながら永遠を生きることになる。

果てしなく、終わりなどなく。

世話をやめてしまえば、触れた時と同じ罰が下る。


彼が、消える。




「菊丸…!!」


彼に伸ばしかけた手を、寸前で止める。

絶望に打ちひしがれて彼を抱きしめることも出来ない。









彼の唯一の目覚める手段を断ち切ってしまったのは、俺。

俺が永遠に側にいる権利を得た代わりに、

俺が側にいたいと望んでしまったが為に、彼は二度と起き上がることはない。

500年前に彼が言いかけてやめた言葉は、もう二度と紡がれることはない。

もう二度と、彼が目覚めることはない。

彼が生き続けるのも彼が死ぬのも、全て俺次第。



心の奥底。

僅かでも望んでしまった。

彼の側にいたいと。

微かでも思ってしまった。

彼の相手が見つからなければいいと。






永遠に側にいる権利を得た引換に、

俺は菊丸の全てを奪い去ったんだ。






「英、二…。」






射し込む光に反射する手品鏡の向こう、

見えるはずがない俺が一度、嬉しそうに笑った。









END.