夢十夜

     −第七夜 大好きな人−



























こんな夢を見た。


凄く凄く、好きな人がいるんだ。

俺の大好きな人は、一見怖そうだけどとても優しい人。

俺に、とても優しい視線を向けてくれる人。

でも、その人には好きな人がいるんだよね。


「英二。」


おはよう、と言って、頭を撫でられる。

嬉しくって見上げて笑顔を向けると、その人も笑ってくれた。

大好き!大好き、手塚!!

そう想いを込めて、おはよう!と返す。

毎朝のこと。

俺と手塚が出会ってから、ずうっと続いてる習慣。


「手塚?」


あ。と思った。

手塚の後ろには、手塚の好きな人。

ちょっとムッとしてじっと睨んでも、相手は気付かないのか気にした様子はない。

それよりも、俺と手塚が一緒にいることに驚いているみたいだった。

何だよ、一緒にいちゃ悪いか!と、思いながら、視線を手塚に戻す。

…あーあ。


「おはよう。」

「あ、うん。おはよう。…その子…?」


手塚の好きな人の視線は俺に釘付けだけど、手塚の視線は好きな人に釘付け。

手塚に出会ってから、1年半。

付き合いがそれなりに長い分、知ってるんだ。

どれだけ手塚が、あいつのことを好きか、なんて。

俺に向けるよりもずっと嬉しそうで、愛おしげな視線で見てるか、なんて。

だから、俺はあいつが大ッ嫌いだった。


「あぁ…可愛いだろう?」

「…うん、すっごく。」


可愛いだろうって頭を撫でてくれる手塚の視線は優しいけど、

あいつに向けるみたいな、愛おしげな視線で見られたことはない。

やっぱり、嫌いだ。って、思う。

だって、端から見てればわかる。

あいつだって、手塚のことが好きなんだ。


「そろそろ行くか。朝練に遅れるな。」

「え、あ…うん。」


腕時計を見て、手塚は俺の頭から手を離す。


「じゃあな。」


俺にそう言って、手塚はあいつと一緒に学校へ向かっていった。



悔しいな。

手塚と一緒にいられるなら、俺だって学校へ行きたいよ。

寂しいな。

手塚は絶対、人前では俺の名前を呼んでくれない。

精一杯の大好きだって、絶対に伝わってない。



どうしようかと一日中悩んで、俺は手塚に手紙を書くことにした。

好きな人がいたとしても、叶わない想いだとしても、

どうしても、手塚に伝えたくて。

手塚が大好きですって、わかって欲しくて。





それから必死に練習して、3日後、俺はいつものように声をかけてきた手塚を見上げた。


「おはよう、英二。」


撫でてくれる掌が心地良いけれど、

嬉しそうな、幸せそうな視線の意味は、凄く切ない。

でも、良いんだ。伝えるんだ。

そう思って、俺は必死に書いたラブレターを、手塚に差し出した。

手塚は驚いた顔をした後、不思議そうな顔をして、それを受け取ってくれた。

折り畳まれたそれを開く手塚の指をドキドキしながら見つめていると、

手紙を開いた瞬間、手塚は弾かれたように顔を上げる。


え?


俺は驚いて手塚を見上げるけれど、手塚はそんな俺の視線にも気付かず、走り出した。

あんなに本気で走る手塚なんて、初めて見た。

俺は慌てて置いて行かれないように、手塚を追いかける。

行き着いた先を見て、俺は最大の失敗に気付いた。


「…あ、おはよ。手塚。」


手塚が向かったのは手塚の好きな人の所。

手塚の顔が、走った所為だけじゃなく、少し赤い。

失敗した、と思った。

だけど、これはどうしようもない。

それしか、伝える術なんてなかったから。


「これ…っ、お前が…?」

「へ?」


差し出された手紙を受け取って、手塚の好きな人は驚いたように目を見開いた。

首を左右に振って、顔を真っ赤にしている。

それを見ただけで普通は気付くんだけど、にぶちんな手塚はあいつの気持ちに気付かない。

少し落胆の色を乗せて、そうか。と、呟いた。

わかりにくい手塚の変化。

でも、ずっと見つめてた俺にはわかる。

悔しいけど、多分、確実に、あいつにも。


「変なことを言って、すまなかったな。」

「手塚っ!」


立ち去ろうとした手塚を、あいつは引き留めた。

相変わらず、顔は赤い。

結末なんて、小さな脳みそしか持ってない俺でもわかる。

もう本当に…失敗した。

悔しくて悲しくて、涙が出そうになる。

嫌だよ、手塚。

切ないよ、手塚。

大好きなんだよ、手塚。


「それ、俺からって事にしちゃ、駄目…?」


駄目に決まってる、なんて言っても、きっと二人には伝わらない。

俺の言葉は、届かない。


それは、俺の気持ちなのに。

俺が本当に手塚が大好きで、必死に書いた手紙なのに。

どうしても手塚にわかって欲しくて、頑張って書いた手紙なのに。


ねぇ、手塚。

気付いてよ。

俺の方がきっと、その『英二』より、手塚が好きなんだよ?


「…何だって?」

「本当にそれを書いた『えいじ』には悪いけど…

 俺から手塚にって事にしちゃ、駄目かな。」

「それは…どういう…。」


状況がつかめず呆然としている手塚に、あいつは思いっきり照れたように笑って、


「手塚が、好きです。」


そう言った。





必死に練習して手紙に書いたのは、

『だいすき』の文字と、

『えいじ』の文字。

俺にはそれが精一杯で、それで、伝わると思ってた。

俺がした失敗は、自分の名前を書いたこと。

君がくれた名前、今日ほど悲しく思った日はないよ。





手塚は驚いたように目を見開いた後、今まで俺が見たことないような笑みになる。


「…俺も、菊丸が好きだ。」


ゆっくりと抱き寄せられて、『菊丸英二』が嬉しそうに笑った。













『お前は、菊丸に似ているな。』


それが一番最初に手塚にかけてもらった言葉。

勝敗なんて、決まってた。

手塚は、『菊丸英二』が好きで、『英二』という名の俺が好きなんじゃない。


「お前のお陰だ。ありがとう、『英二』。」


翌日、幸せそうな笑みを俺に向けて、いつものように手塚は俺の頭を撫でる。





わかってたけど、悲しいよ、手塚。

切ないよ、手塚。

まだ、泣きたい位に大好きなんだよ、手塚。





撫でる手塚の優しい掌につい目を細めながら

『俺』は一言「にゃぁ」と鳴き、くるんとしっぽを巻いた。









END.