無理ばかりして、

いつか潰れそうな君を。




























支え。




























たまたまSHRが早く終わってしまったが為に、とんでもない場面に遭遇してしまった。

青春学園中等部男子テニス部に所属する桃城武はそう酷く後悔しながら

部室を開けようとする手を止めた。

一緒に来ていた後輩の越前リョーマは眉をひそめている。

怒鳴り声が聞こえたのだ。

それも、いつもはにこにこと楽しそうな笑顔がトレードマークで

怒鳴り声なんて滅多に出さない先輩のもの。

しかも、


「いい加減にしろよ、手塚のアホ!!!」


矛先はその彼とは一番正反対であろうこの部の部長、手塚国光に向けたものだったから尚更だ。

桃城や越前からしてみれば、この二人が大声で喧嘩をする程仲が深いとも思えない。


「お前なんかもう知るか!!倒れれて寝込んじゃえば良いんだ!!」


バンッ


荒々しく扉が開けられて、声の主が現れる。

声の主…菊丸英二は桃城と越前と目が合うと、少しバツが悪そうに苦笑した。


「部長に喧嘩売るなんて勇気ありますね、菊丸先輩。」


桃城がどう声をかけてよいモノか困っていると、後ろに立っていた越前が声をかけた。

桃城は少し助かったと思う。

越前の言葉を聞いた菊丸はゆっくりと苦笑を崩し、

半分泣きそうな、でも本気で怒っているような複雑な表情を浮かべ、


「あんなヤツ、怖くも何ともないね。手塚のバーーーカ!!!」


と、未だドアが開けっ放しだった部室の中にいるであろう手塚に聞こえるように大声で言った。

そして勢いよくドアを閉め、走り去った。

残された二人は思わず顔を見合わせる。


「部室、入り辛れぇなぁ。」

「ッスね。」


それでも入らなければ中にいる筈の部長から罰走を言い渡されるのは必死なので、

仕方なく桃城は部室に入るため、ノブを握った。


「ちわーッス。」

「ちわッス。」


部室に入ると、案の定着替え途中の手塚と目が合う。


「桃城に越前か。早いな。」

「部長こそ、早いッスね。」

「あぁ。今日は担任が休みでな。」


そう言って、手塚は着替え終わったのかラケットを持って部室を出ようとした。


「菊丸先輩には、罰走させないんスか?」


扉にさしかかった手塚に、越前が言う。

遠慮をするとか、雰囲気を読むということにどこか欠けている節のある後輩は、

手塚相手だとしても適応されるようだ。

一瞬眉をひそめた手塚に、桃城は思わず身を固くさせた。が、


「必要が、ない。」


そう言った手塚に、驚いて目を丸くするばかりだった。




























桃城と越前は不思議がっていたが、手塚と英二の喧嘩といえば、

実は珍しくなかったりする。

ただ、それを知る人がかなり限られているだけ。

おそらく、5人にも満たないだろう。


「手塚のアホアホアホアホーーー!!!」


英二はひたすら手塚への悪口を重ねながら歩いていた。


「しょうがないって、わかってるけど!!!

 好きで忙しいんじゃないって、わかってるけど!!!!

 俺の前で位、さぁ…。」


そこまで言って虚しくなり、足を止めた。


「息抜きしたって、いいじゃんか…。」


大好きな彼はとても忙しい人で、毎日何かに追われて過ごしている。


「お疲れさまって、少しでも眠ってほしかっただけなんだけどな…。」


今更後悔しても遅い。

とっくに部活開始時間は過ぎていた。

今日は何周走るんだろう…。

英二はため息をついて、来た道を戻り始めた。




























「菊丸、グラウンド10周だ。」


30分無断で遅刻したにもかかわらず、英二の罰走は10週ですんだ。

わかってるんだ。手塚が、自分の状況を理解した上で無理してることくらい。

走りきった英二は、後輩の指導をしている手塚をこっそりと見つめる。

わかってる。

手塚が一番辛いって事は。

でも、さ。


「手塚。」

「菊丸か。終わったのなら大石とBコートだ。」

「っ。そうじゃなくてっ。」


言おうとしていることがわからない程鈍感ではないはずの手塚の言葉に、

英二は焦ったように声を上げる。

しかし、問答無用とばかりに目をそらされた。

プツリ。

英二の中で、何かが吹っ切れる。


「英二?練習するぞ?」


大石が英二を迎えに来ても、英二はそこを離れようとしない。

困ったように苦笑を浮かべる大石に、英二は「ゴメン」とこっそり謝って、

すぅ と、息を大きく吸い込んだ。


「手塚が好きだぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!!!!」


大声で、叫ぶ。

驚いたように英二を振り返った手塚と、思わずしんとしてしまったテニスコートと部員達。

真っ赤な顔をして、英二は手塚の腕を掴む。


「だから、心配したって良いだろうが!!何℃あるんだよ!!!」


畳みかけるように早口で告げて掴んだ腕を引き寄せると、

英二は手塚の額に手を当てた。


「こんなになるまでほっといて…バッカじゃねぇの!?」


額に当てた手で、そのまま手塚の額をぺちりと叩く。

目を見開いていた手塚は、ゆっくりと息を吐いて英二の腕を振り払わずにしゃがみ込んだ。


「叫ぶな、叩くな。…頭に響く。」

「自業自得だっての。保健室、行くぞ。」


掴んだままの腕を引っ張って行こうとする英二を少し止めて、手塚は大石に向き直る。


「すまない、少し任せる。」

「…あぁ。ゆっくり休んでおいで。」


状況を理解した大石は、微笑を浮かべてそれを快諾した。

英二に引っ張られるように去っていく二人を見ながら、

大石は心配はするものの、こみ上げる笑いを堪えるので必死だった。

二人が見えなくなったのを確認すると、未だ呆然としている部員達に向き直る。


「聞いての通り、手塚は体調が悪いそうだから抜けるよ。

 他の者は練習を再開するように。」


大石の声を聞いて、はっと意識を取り戻した部員達は

どこかそわそわしているものの、練習を再開する。


「鬼部長も形無しだと思わない?」

「菊丸が相手じゃ、しょうがないかもしれないけどな。」


くすくすと笑っているのは、いつの間にか隣に来ていた不二。

更に隣には、ノートになにやら書き込んでいる乾がいた。

その二人の言葉に、堪えていた笑いを少し出して、


「ホントに。さすが英二というか、何というか。

 何か言うだろうとは思ってたけど、まさか告白まがいのことをするとはね。」


この状況を楽しむようにそう言った。

横にいる二人と大石は、彼らのことを知っている数少ない共通の友人。

英二の行動に驚きはしたものの、言葉の内容に驚くことはない。


「先輩。エージ先輩と部長って…。」

「そーいう関係なんスか?」


駆け寄ってきた桃城と越前の質問に、三人は頷くことで答える。


「ぁ、そうなんスか。じゃぁ、部活前のアレは心配したエージ先輩が怒ってたって事だな。」

「ッスね。だから罰走が必要ないって事。」

「何の話?」


部活開始前の出来事を聞いた三人は、また必死に笑いを堪えることになる。




























保健室に着くと、保険の先生は出張中らしく勝手にベッドを使わせてもらう。

ベッドの前に来たとたん、手塚は崩れるように倒れ込んだ。


「限界だったんじゃんか。」

「……………………。」


いつもなら反抗が返ってくるが、それどころじゃないらしい。

手塚は息を切らせて目を閉じている。

深く深くため息をついて、英二は手塚に布団をきちんと掛けた。

誰もいないことに気が抜けたのか、辛そうに荒い呼吸をくり返している。


「阿呆。」


タオル二つと氷枕を見付けて洗面器に水を張り、一つのタオルを水につけて固く絞って額へ。

氷枕にもう一つのタオルを巻いて枕の上に置いて寝かせた。

こんなに辛そうな手塚は、見たことがない。

無理矢理体温計をわきにさして、音が鳴るのを待った。

ピピピッ。

39.2℃。

おいおい、よく立っていられたな。

いっそのこと、心配よりも呆れが先立つ。

こーゆートコ、不器用なんだよな。


「…すまな、い…。」


かすれた声で、謝罪の言葉。

喋るな、と言ってタオルをもう一度冷やして乗せる。


「あんまり、無理すんな。」


怒ったように声を出すと、困ったような苦笑が返ってきた。


「手塚ん家に電話してくるから。おとなしく寝てろよ。」


英二が言うと、手塚は驚いたように目を見開いて、英二の手を引く。

どうやら自力で帰る気らしい。


「無理すんなって言っただろ。絶対無理。諦めろ。」


もう一度タオルを冷やしなおして、保健室を出た。

英二は一度、ため息をつく。

そして、何かを決意すると、電話をかけるために走り出した。




























「手塚は?」


母親が連れて帰ったのを確認して、英二はテニスコートに戻っていた。

迎えた大石が心配そうに英二に聞く。


「帰らせた。何℃あったと思うよ?」

「うーん…38.0℃ってところか?」


謎かけのような英二の言葉に、部に出ていた時の手塚の様子を思い出して大石が答えると、

英二は呆れ返ったような、心配そうな顔をして言った。


「39.2℃。馬鹿だよな、いっそ。」


予想外に高かった体温に、大石は驚く。

英二が思ったように、大石もよく立っていられたものだと思った。

まったくもう、とため息をついている英二の髪を撫で、練習を始めようと声をかける。


「俺ね、支えてやるんだ。」


ラケットを構えながら、英二が言った言葉。

大石は意味を図りかねて英二を振り返る。

まるで試合をしている時のような、真剣な眼差しと目があった。


「手塚が潰れないように。」


言い終わると、先ほどとはうって変わったようににゃは、と笑う。

本当に好きなことを知っているから、大石はもう一度英二を撫でた。





倒れる程切りつめて、体を壊す程の無理をしていても、

俺の言葉なんて聞かないのはわかってる。

だからせめて、

君が潰れないように。




















end.