1:溶けていく境界線。




























「手ッ塚ーーー!!」


元気良く呼ばれた自分の名に、動揺を奥底に隠しながら振り返る。

苦手だ、と思ったのはいつからだったか。そう問われれば、

おそらく始めからだ。

にこやかに手を差し出された、あの時からだ。と答える事が出来る。

菊丸は始めからそうだった。

にこやかな笑みを浮かべて、手を差し出す。

す、といつものように差し出された手に、俺は視線を向けるだけ。

自らも差し出すような事は、決してしない。


「一緒に部活、行こ!」

「あぁ。」


しまわれた手にやはり視線だけを向けた後、菊丸の目に視線を戻して一度頷いた。

一言も言葉を交わす前、手を差し出された瞬間に、苦手だ、と思った。

決して、人付き合いが得意なわけでも、友人が多いわけでもないけれど、

一言も発する前に『苦手だ』と感じたのは、菊丸が初めてだった。

隣を機嫌良さそうに歩く同級生は、

一見するよりもずっと自分にとって苦手なタイプではない。と気付いたけれど。


「なぁ、手塚。」


後少しで部室に着く、という人通りの少ない場所で、

突然立ち止まって呼ばれた名に、俺はまた菊丸は振り返る。

考え事をしていた事もあり何の警戒もせずに振り向いて、

菊丸がその瞳に宿していた色を真っ正面から見つめてしまった。

苦手というよりもいっそ、発せられていたのは危険信号だったのかもしれない。

少しずつ少しずつ、出会った時から浸食されていて。


「例えお前が俺の事苦手でも、」


無意識に、でも必死で張っていたモノさえ少しずつ、少しずつ。

いつものようににこやかな笑みは、そこには存在していない。

菊丸がもう一度手を差しのばして、一歩下がろうとする俺の手を、ぎゅ、と掴んだ。


「俺はお前が好きだよ。」


そう言った直後、

ぎゅ、と掴んだ手をぱっと放して、菊丸はいつものようににこやかに笑う。

瞬間灯された、灯火。

それは浸食され続けていたせいで、簡単に燃え広がっていく。


「すっごく、ね。」


そして、

溶けていく境界線。









終。