乾いたのを潤すのは、君。




























リップ。




























「痛ッ!!」


週初めの部活終了後の部室。

思わず上げた声に、部室に残っていたみんなの視線が俺に集まった。


「英二?大丈夫か?」


隣で着替えてた大石が心配そうに俺の顔を覗く。

それに手を軽く振って、下唇を口の内側に入れて何度か舐めた。


「ん。唇切っただけー。」

「気を付けろよ。」


苦笑する大石に、ありがとうと礼を言う。

先輩達も引退してだんだん寒くなってきた近頃、乾燥の所為で唇はがさがさ。

こうやって唇を切る事も多くなってきた。

リップ買わなきゃなー。

毎日そんな事を思いながら、帰りには忘れてて今に至る。

今日こそ買って帰ろうと意気込んでシャツのボタンを留め終わると同時に

す、と俺の目の前に差し出された手。


「使え。」


驚いて顔を上げると、いつも通り無表情の手塚が立っていた。

差し出された手には、未開封の薬用リップクリーム。

買ってきたばかりらしいそれには、手塚の家の近くにある薬局のシールが貼ってある。

リップクリームは直接口に付けるものだから、返すわけにはいかない。

つまり、それを俺にくれると言う事で…。


「え、でも、お前のだろ?」

「構わない。」


言いながらも思わず、といった感じで俺が受け取ると、

手塚はそう言ってさっさと自分のロッカーへ戻って着替えの続きを始めた。

その背に聞こえるようお礼を言って、少々呆然としながら俺も自分のロッカーへと向き直る。

よかったな。と言った大石に一度頷く事で返事を返した。

そして、ふと気付く。

手塚って、リップなんか使ってたっけ…?


「手塚がリップクリームを使っていたとは初耳だな。」


どうやら同じ事を疑問に思ったらしい乾が、手塚に声をかけた。

その乾の言葉に上着のボタンを留めていた手塚の手が止まる。

そういえば、と俺から戻っていた部室内の視線が今度は手塚に向いた。


「…いや、俺は使わない。」


良くも悪くも嘘をつかない大真面目な性格は、こんな時にも適応されるらしい。

手塚の答えに俺が目を見開いて凝視すると、目が合った瞬間ふい、と視線を逸らされる。


「そうか。」


少々楽しそうに乾はそう返して、それ以上は何も聞かなかった。

それと同時に、少し不思議そうにだが手塚に向いていた視線もそれぞれの目的に戻る。

そんな中、俺だけは呆然と手塚を見続けていた。


「…じ…英二。」

「へ。」


随分と長い間手塚を凝視していたらしい俺は、苦笑している不二の声でやっと我に返る。


「あ、ゴメン。」

「うぅん。ボク達はもう帰るけど…英二はどうする?」


不二の言葉に辺りを見渡せば、残っていた部員は殆どが帰っていて、

後は2年レギュラーだけになっていた。

手塚と大石はまだ帰らないらしく、手塚は部室内に設置されている机に座って部誌を書いていて、

大石は戸締まりのチェックをしている。

少しだけ考えて、一度首を左右に振った。


「まだ準備できてないから良いや。先帰ってて。

 大石も、戸締まりなら俺がしとくよ。どうせまだ着替え終わってないし。」

「いや、でも…。」


遠慮するような大石の言葉に俺は肩を軽く叩く。


「たまには早く帰れよ。

 それとも何?パートナーが信用できない?」


にんまりと笑ってそう言えば、大石は苦笑してじゃあ頼もうかな、と荷物を持った。


「じゃぁよろしくな、英二。手塚も、お疲れ。」

「あぁ。」

「任せとけって。不二に乾にタカさんも、バイバーイ。」

「お疲れ。」

「また明日な。手塚、英二。」

「じゃあね、2人とも。」

「あぁ。」

「また明日ー!!」


連れ立って帰っていった仲間達を見送って、俺は着替えの続きを始める。

俺が上着のボタンを留め終わるとほぼ同時に、手塚がシャーペンを置く音が部室に響いた。

   
「なぁ。」


俺が声をかけると、手塚は部誌を読み返していた顔を上げて俺を見る。


「なんだ?」

「リップ、どうしたの。」


まだ開封していないリップと手塚を交互に見ながら、

俺は乾が聞かなかった疑問を手塚にぶつけた。

手塚がリップを使っているところなんて見た事ないし、

さっきも使わない、とはっきり言っていた。

必要がないものを、手塚がわざわざ買うとは考えづらいし。


「昨日…。」

「昨日?」


日曜日で部も休みだった昨日、俺は手塚の家へ遊びに行っていた。

その時だって、リップがどーのこーの会話をした覚えもない。

俺が首を傾げると、手塚は少しだけ口の端をゆるめた。


「お前の唇が荒れている事に気付いたからな。今朝登校途中に買ってきた。」


手塚の答えに、俺は目をまんまるに見開く。

だって、手塚が。

規律にうるさい手塚が、寄り道して買ってきたって事じゃん。

しかも、


「じゃぁ、これ、俺の…?」

「俺は使わないと言っただろう。」


俺のために。


理解した瞬間嬉しくなって、椅子に座っている手塚に勢いよく抱き付いた。

予想していたのか、手塚は特に驚くことなく俺を抱きとめる。


「アリガト、手塚ッ!!!」

「あぁ。」


満面の笑みでお礼を言えば、手塚も微笑んで返事を返してくれた。

ぎゅうっと抱き付けば背を優しく撫でられる。


「ぁ、そういえば、なんで唇荒れてるって気付いたんだよ?」


ふと思いついて顔を上げると、少し楽しそうな笑みの手塚。

何だ?

手塚の笑みの意味がわからなくてじっと見つめていると、頬に手を添えられた。

添えられた手の意味を悟った俺は慌てて目を閉じる。

でも、程なくして触れたのは予想したものとは違う感触。

ぺろり、と下唇を舐められた。

驚いて思わず目を開けると、クックッと笑っている手塚と目が合う。


「気付かない方が、おかしい。」

「ッ、!!!」


『キスをすれば気付く。』


言いたい事に気付いた俺は、恥ずかしくて顔に熱が集まるのを感じた。

コイツ…!!!

恥ずかしさを誤魔化す為にバシバシと手塚の腕を叩くと、トントンと背を軽く叩かれる。


「何!?」

「帰るぞ。」


ぶすっとした俺の腕を外し、手塚は椅子から立ち上がった。

仕方がないから、大石と約束した通り俺は戸締まりをチェックする。

全部鍵を閉め、換気扇も切ってある事を確認して俺は手塚に向き直った。


「てッッ!!」


手塚を呼ぼうと口を開けた瞬間、また唇が切れる。

せっかく貰ったんだから付けとけばよかった…。

そう思いながら思わず俯いた俺に手塚はゆっくり近付いて、顎に手を添えてられて上を向かされた。

驚いた俺に触れたのは、さっき予想していた感触。

啄むような、柔らかいキス。

何度も何度も、何度も。

唇を潤すように。


「何の為にそれをやったと思っているんだ?」


唇を離した後に言われた言葉に、俺は一度手塚の腹を強く殴った。





終。





菊誕イベのプレゼント交換で当たった物の中身から妄想。
リップを塗る国光さんは正直怖いかと。
英二に塗って貰うなら有り?