定められたもの。

どんな世の中にも、それはあります。

例え、感情を持たず、非道であるとされる、

妖の世であったとしても。




























Fairy Story
   −   掟   −




























「おチビ!!待てって!!!」

「時間がないんです。」


今すぐにでも出て行こうとする越前を、菊丸は必死の形相で止めています。


「長のとこに行くなんて、何があったんだよ!!」

「欲しいものがあるんですって、言ってるじゃないッスか。」

「だから、何でそれで長のとこに行くって話になるのかって聞いてんだろ!?」


本気で止めている様子の菊丸の腕を掴み、越前はその随分上にある瞳を見上げました。


「人間の女。」

「…はぁ?」

「俺の、一人。」


それだけの説明で菊丸は悟ったのでしょう。

ス、と心配そうだった表情を真剣なものに変えて、越前の襟を掴みました。


「それがどういう事か、わかってんだろうな?」

「だから、会いたくもないクソ親父に会いに行くんじゃないッスか。」


じ、と金色の瞳で菊丸を睨むように見る越前は、目の前にいる菊丸ではなく、

おそらくは今から会いに行くであろう、長を見ているのでしょう。

その越前の様子に、菊丸は越前の成長を知って少し複雑な気分になりました。


「もう、決めたのか。」

「ッス。」

「わかった。…なら、協力するよ。」


小さくため息を吐いて菊丸がそう言うと、越前はふ、と笑って

「先輩ならそう言ってくれると思ってました。」と言います。


「なんだよーおチビに行動お見通しな訳?俺。」

「まだまだッスね。」

「うるせぇよー!」


グリグリ、とその頭を強く拳で撫でながら、菊丸は越前の顔を覗き込みました。


「なぁ、どんな子?お前の一人。」

「…単純で鈍くさくて、世間知らずで…あーあの人の…。」

「あの人?…って、手塚?」

「ッス。あの人の、結婚相手。」


越前の一言に、ピタリ、と菊丸は動きを止めます。

顔を強張らせて、グイ、と越前を引き寄せました。


「お前、まさか俺が手塚を好きだって言ったから…!」

「違いますよ。それは、まぁ、最後の一押し、というか。

 いくら先輩の為でも、生涯の一人をそんな簡単に…それも、人間の女なんかにしませんって。」


どんだけこれからが面倒だと思ってんスか。

そう言って、越前はため息を吐きます。


「じゃぁ、ホントにおチビはその子が好きなんだな…?」

「ッス。相手の了承もちゃんと取ってますよ。

 偶然、それがあの人の結婚相手だっただけッス。

 それに…わざわざ家中の人間叩き起こして宣言しちゃいましたからね。

 次の満月の夜に攫ってやるって。」

「…阿呆だな、お前。」

「夜忍び込んで奪うよりも、いっそ正面から堂々と貰っていこうと思いまして。」

「お前らしいけどさぁ…どうせ、それにも俺を巻き込むつもりだろ?」

「せめて、最良で最上で、迎えてやりたいんスよ。

 …協力してくれますよね?セ・ン・パ・イ。」


にんまりと笑う越前を見ながら、菊丸は呆れたような苦笑を浮かべてその頭をもう一度撫でました。


「…当然。俺の大事なおチビちゃんだからね。」

「おチビちゃんは余計ッス。」


ム、としながら菊丸を見上げた越前は、

その足に擦り寄ってきた猫に気付いて抱き上げ、耳の後ろを撫でてやります。


「何、カル。心配してんの?」

「そりゃそうだろ。飯食えなくなるかもだしー。」

「ホァラ〜。」

「俺より飯な訳…?」

「ホァラ〜。」


返事をするように鳴く猫に、やっぱコイツ頭良いよ!と、菊丸は大笑いしました。

その背を強く叩いて猫を腕から下ろすと、越前は行きますよ、と言って戸を開けます。


「待ってろな、カル。」


じ、と飼い主を見上げる猫の頭を一度撫でた菊丸は越前と共に外へ出、開けた戸を閉めました。




























「お、来たぜ。」

「あぁ、みてーだな。」


持っていた杯(さかづき)を揺らし、

その中に入った液体の中で微かに揺れる月ごと中身を飲み干します。


「親父の前は俺で良いよな?」

「ったりめーだろ。思いっきりやってやれ。兄貴のくせして負けるなよ、リョーガ。」

「りょーかい。」


ニヤ、と笑ったリョーガを見ながら、この山の長…南次郎は酷く楽しそうに笑っていました。

額に生えた立派な角が、彼がこの山で一番の力を持つことを示しています。

少し高くなった場所にあぐらをかいていた南次郎は、

近付いてきた気配が立ち止まると同時にゆっくりと立ち上がりました。


「親父!」


月に照らされた広場に越前が一人、立っています。


「俺は生涯の一人としてこの山に人間の女を入れる。

 その為には、アンタが邪魔なんだよね。」

「言ってくれるねぇ、少年。親父様を捕まえて、邪魔だって?」


トン、と、一飛びで越前が立っている場所まで下り、南次郎は杯を越前の頬に突き付けました。

そのあまりの速さに杯の縁が刃(やいば)となり、越前の頬を軽く傷付けます。


「随分と自信があるみてーだな、馬鹿息子。亜が、俺に勝てるとでも思ってんのかー?」

「飲んだくれの変態親父に言われたくないね。」


越前のその言いように軽く肩を上げて馬鹿にした様子を見せながら、南次郎は生い茂る木々を見上げました。


「どうせお前さんは馬鹿息子の味方すんだろ?下りて来いよ。」


南次郎の声に一度頭上の木が揺れ、トン、と軽い仕草で菊丸が降り立ちます。

着地するとほぼ同時に菊丸は片膝を付き、敬意を表(ひょう)しました。


「お久しぶりです、長。」

「おう、元気そうで良かった。」


ぐわし、といっそ乱暴な位に頭を撫でられ、菊丸は困ったように笑いながら一度頷きます。

そんな菊丸の背を、ゆっくり歩いてきたリョーガがトン、と軽く叩きました。


「よ!亜。」

「お前な、またそうやって…!!」

「あんだよ、事実じゃねぇか。」


わはは、と、楽しそうに笑うリョーガとは対照的に、菊丸は緊張を顔に乗せています。


「ふざけてる場合じゃないんだって。聞いただろ?」

「おう。知ってたからさ、準備はしてんだよなー、俺。」

「…って事は、リョーガ、お前…。」


にんまりと笑うリョーガの顔をまじまじと見て、

菊丸は緊張だった表情を痛々しいものに変えました。


「先輩。」

「…うん。」


越前のかけた声に、菊丸は一瞬躊躇を見せながらも南次郎とリョーガの元を離れ、

越前の横に並びます。

それを確認すると、南次郎は酷く楽しげに笑いながら一度指を鳴らしました。

途端に月の当たる広場を囲むように現れた、大量の妖、妖、妖。


「んじゃ、始めっかな。」


その妖達を背に、南次郎は越前と菊丸にそう言い放ちました。









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