惹かれてはいけません。

求めてはいけません。

何よりも、

気付いてはいけません。




























Fairy Story
   −  自 覚  −




























翌朝、清楽山を早くに出た菊丸は、

国光が馬を走らせるよりも格段に速く町の入り口まで辿り着きました。

人のいない場所を探し、気を張って瞳を茶に、鋭い牙を人間の歯に変えます。

一応、と不二や、もしかしたらいるかもしれない他の術者の気配を警戒しつつ、

それと悟られぬように菊丸は足早に国光の屋敷へと向かいました。

屋敷の裏の塀へと着くと、いつものように懐に入れた札を確認し、

タン、と少しの勢いを付けて、菊丸は塀に飛び上がります。


「菊丸。」


呼ばれた声に笑みを見せて、菊丸は高い塀から軽やかに飛び降りました。

前を向けば、国光が自室の入り口で安心したように笑みを見せています。


「大丈夫だったっしょ?お邪魔します。」

「あぁ。入れ。」


国光のもとに駆け寄ると、御簾を上げて国光の部屋に招かれました。

何か書き物をしていたらしく道具自体は残っていないものの、

国光の部屋には墨の匂いが微かに残っています。


「えーっと…何かしてた?」

「気にするな。もう片付けた後だ。」


その言葉を聞いて、菊丸は少し安心したような笑みを浮かべました。


「あ、そうだ。不二、だっけ。術者。

 いつ頃帰ってくるか、わかる?」


安心したような表情を少し不安そうなものに変え、菊丸は国光を見上げます。

国光は少し考える仕草をして先日不二が言っていたことを思い出し、菊丸に伝えました。


「確か、日没までには戻ると言っていたから…その位の時間になるのだろう。」

「そっか、じゃぁ、結構話せるね。」


満足そうに笑った菊丸に、国光も笑みを返しました。


「…ん?」


菊丸は再度鼻についた匂いに部屋をきょろりと見回して、

以前来た時よりも随分と書物が多いことに気付きます。


「何か、忙しそうだね。」

「あぁ…元服が近いから、色々とな。」

「あ…そっか。」


元服、という言葉を聞き、菊丸は少し嫌な気分になりました。


「菊丸?」


急に黙り込んだ菊丸を見やった国光に、菊丸は小さく笑みを返します。


「んー何でもないない。」

「そうか…?

 あぁ、瞳を戻しておけ。不二はまだ帰らないからな。」

「ん、アリガト。」


にへ、と笑った後、菊丸は一度瞳を閉じて、茶の瞳を金に戻しました。

それを確認して、国光は菊丸に座るよう促します。

人間よりも随分と発達している嗅覚の所為で、やはり鼻についてくる墨の匂い。

多少使ったくらいなら、こんなにも鼻にはつきません。

菊丸は座りながら国光を見、手招きしました。


「寝てる?手塚。」

「…一応は。」

「寝てないだろ。」


先程よりも側に寄ってきた国光の答えを聞き、菊丸はペチリとその額を軽く弾きます。


「一晩中、作業してたろ。

 じゃなきゃ、こんなに畳に墨の匂いが残ってるわけないって。」

「…敵わないな、お前には。」


苦い笑みを浮かべた国光を見て、菊丸は自分の膝をぺちぺちと叩きました。

不思議そうに見る国光を引き寄せて、に、と笑います。


「話したいのもホントだけど、お眠の手塚には睡眠の方が大事!

 枕片付けちゃってないんだろ?本よりは硬くないと思うけど?」


菊丸の意図に気付いた国光は、少し驚いたように目を見開いて首を左右に振りました。


「しかし、お前がわざわざ訪ねてきたのに、それは…。」

「いいんだって。手塚だって、俺に気を張らなくていいって言ってくれたっしょ?

 それと一緒。眠いんだったら、俺が来てる間だけでも寝ろよ。

 どうせ、俺が帰ったらまた作業するんだろ?」


ほらほら、と再度膝を叩いた菊丸を見、国光は再度苦い笑みを浮かべて、小さく頷きました。


「…すまないな。」

「いいって。適当に起こすしさ。ほら。」

「…あぁ。」


眼鏡を畳の上に置き、国光はゆっくりと菊丸の膝に頭を乗せます。


「重いだろう?」

「大丈夫だって。妖なめんなよ!ってね。はい、おやすみー。」


くしゃ、と国光の長い前髪を掻き上げて撫でると、

国光は少し笑みを見せて目を閉じました。


「ありがとう、菊丸。」


目を閉じた直後小さく呟かれた言葉に、菊丸は酷く驚き、酷く照れました。

その言葉には返事を返さず、おやすみ。とだけ、国光に返します。

暫くすると、本当に疲れていたのでしょう。

小さな寝息が聞こえてきました。


「お疲れ、様。」


穏やかに穏やかに、国光が起きないよう気を付けながら、

菊丸は国光の髪を柔らかに撫で続けていました。









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