タンタンタン、と軽やかに木々の間を進んでいた越前は、

家へと進めていた足を、ピタリ、と止めました。

そのまま足を枝に引っかけてくるりと回り、

身体をぶら下げる形を取ったまま遠くを見つめます。


「…また…。」


深くため息をついて越前は枝から足を離し、

そのまま器用に空中で半回転して、枯れ葉の敷き詰まった地面に降り立ちました。

暫く歩くと、もう随分と見慣れた、長い三つ編みの髪と、

この場にあまりにも不釣り合いな高そうな着物が見えてきます。

越前が声をかけようとした瞬間、

偶然にも振り返って三つ編みの主…桜乃は嬉しそうに笑みを見せました。


「リョーマ君!良かった…会えたぁ…。」


心底嬉しそうにそう言う桜乃を見て一瞬驚きに目を見開いた越前は、

身体の奥の方から沸々と怒りが込み上げるのを感じました。


「何やってんの、アンタ。」

「え、と、リョーマ君に、会えないかなって…。」

「こんな所に来て良い身分じゃないでしょ?

 お輿入れ前の、お姫様がさ。」


越前の言葉に、今度は桜乃が目を見開きました。


「え?…どうして、それ…。」


桜乃の疑問には答えず、越前は桜乃から視線を逸らして木の上に飛び上がりました。

そんな越前を見て、桜乃は焦ったように越前を見上げます。


「ま、待って、リョーマ君!!」

「…何。」


無視してそのまま立ち去っても良かったのですが、

越前は少しの気紛れが働いて振り返りました。





「あの…あのね、リョーマ君。

 私、リョーマ君が、好き、なの…。」





顔を真っ赤に染めて告げられたその言葉の意味に気付かない程、越前は鈍くありません。

驚きに目を見開いて、越前は完全に動きを止めました。


「でも、あの、私、もう少ししたら嫁ぐし、リョーマ君に嫌われてるって、ちゃんとわかってるから…。」

「…俺、亜鬼なんだけど。」


ぽつり、と呟いた越前の言葉に、

羞恥からか俯いていた桜乃は顔を上げて高い位置に立っている越前を見上げます。


「う、うん…知ってる、よ?」

「妖だよ。」

「うん。でも、リョーマ君が、好き、なの。」


更に顔を真っ赤に染めて俯く桜乃を、越前は信じられない気持ちで見下ろしていました。


「聞いてくれて、ありがとう。リョーマ君。」


そう言って、桜乃は恭しくお辞儀をすると、越前に背を向けました。

越前よりも格段に遅い足で歩いていく桜乃の背を見て、

越前は木の上から飛び降ります。

サク、と枯れ葉の潰れる軽い音がしました。


「アンタさ、いつまで経っても学習しないよね。」

「え…。」


驚いて振り返った桜乃の腕を乱暴に掴んで、越前は早足でずんずんと山下へ向かって歩いていきます。


「リョーマく…」

「どれだけ警戒心がないか知らないけど…殺されたいわけ?」


越前の言葉に、桜乃は首を左右に振りました。


「俺だって、あの人に悪いし。」


ぽつり、と呟いた越前の言葉に首を傾げながらも、

桜乃は乱暴とはいえ掴まれている腕を見て、酷く幸せな気分になっていました。

嫌われてはいないのかもしれない。

もう、それだけで良い気がしました。

結局そのまま山下まで送り、桜乃が安全な場所に出るまで、

越前はその姿を見ていました。

暫くの後、背後に気配を感じて越前は振り返ります。


「よぉ、チビスケ。」


そこには、先程菊丸と国光の前に現れた鬼が、はやりにやにやと笑いながら立っていました。


「なんだ、お前やっぱ人間が良いのかよ。」

「…違うよ、あの人の所へ嫁ぐらしいから。」

「あ?…あぁ、お前が手を出すなって言った人間?」

「そう。」


頷きながらもどこか遠くを見ている様子の越前に、鬼は更に楽しそうに笑います。


「で、お前は嫉妬してるわけだな、あの人間に。」


鬼の一言に、越前は目を見開いて彼の金の瞳を凝視しました。


「やっぱ『亜』は『亜』だな。…それとも、親父の血か?」

「違うって!!」

「照れんなよ。」


心底楽しそうに笑って、鬼は越前の随分と低い位置にある頭をぐりぐりと撫でつけます。

不快感を隠そうともせず鬼の手を払って、越前は家へ帰ろうと木の上へ飛び上がりました。


「チビスケ!」


下から呼ばれた声に仕方なく見下ろせば、『兄』の顔をした鬼が笑顔を向けていました。


「たまには二人で帰って来いってよ!」

「…わかったって、言っておいて。」

「おう。じゃぁな!」


ヒラリ、と手を振って、鬼は越前とは反対方向へ歩いていきます。

何を言われてもどうも憎めない『兄』にため息をついて、

越前は今度こそ家へ帰る為、隣の木の枝に飛び移りました。




























「そろそろ帰る?手塚。」

「あぁ。夕暮れも近いしな。」


随分と長い時間を菊の側にある段差に座って過ごした菊丸と国光は、

空の色を見て立ち上がりました。

ここから入り口まで約半刻、入り口から国光の自宅まで約一刻。

それを考えれば、妥当な時間でした。


「不便だなー人間って。」

「何故そう思う?」

「足遅いし、体力ないし。」


馬なんか使うより自分で走った方が速いもんなー。

と、菊丸は頭の後ろで手を組んで笑っています。


「お前からすれば、そうなのだろうな。」


穏やかに笑む国光を見て、菊丸もその金の目を細めました。

それからふと思いついた顔になって、国光を見上げます。


「明日、あいつ、いる?」

「あいつ?」

「術者。」


菊丸の言葉に少々驚きながらも、国光は友人の顔を思い浮かべました。


「あぁ、不二か。いや、今日明日と出ているんだ。

 おそらく明日の夕まで帰らないだろうと言っていたな。」

「…じゃあ、さ。明日は俺が会いに行っても良い?」


国光を窺うように言う菊丸に、国光は眉間の皺を少し深くします。


「お前がわざわざ危険を冒してまで来なくても、俺が訪ねて行くが…。」

「俺が行く方が長い時間話できるじゃん。」

「それは、そうだが…。」

「良いじゃん。ちゃんと気を付けるよ。」


菊丸の言葉の割に真剣な瞳に、国光は小さく息を吐いて頷きました。


「気を付けろよ。」

「うん、ありがとう。」


心配するとやはり照れたように笑う菊丸に念を押しながら、

国光は不二が帰ってきたら手を出さないように話しておこう、と思いました。









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