それから、国光が帰る時間まで話をしようという事になり、

二人は菊の場所まで行くことにしました。

暫く歩いていると、突然菊丸が警戒の態勢を取って、周囲を見渡します。


「菊丸…?」

「しっ!」


口元に指をあてて、しゃべるなという仕草をすると、菊丸はバッと上を見上げました。


「よぉ、『亜人(あじん)』。」


木の上に、一人の鬼。

亜鬼と鬼の違いは、額の上にある角の有無で判断します。


「…何の用だよ。」

「別に?チビスケが手を出すなっつった人間を見に来ただけだよ。

 気にすんな。」


ひょい、とからかうように両手を上げて、木の上に立っていた鬼はそう言いました。

肌の色は普通の、人間と同じ色をしています。

ス、と軽い仕草で下りてくると、

国光を庇うように立つ菊丸を見て鬼は意地の悪い笑みを浮かべました。


「亜は亜だな。そんなに人間が恋しいか?」

「…黙れよ。」


じ、と金の目で睨む菊丸を見ながら、同じく金の目を持つ鬼は心底楽しそうに笑いました。


「あんだよ、可愛くねーな。

 この間までチビスケと一緒に兄ちゃん兄ちゃんって言ってたくせによ。」

「…っ何年前の話だよ!!」


くっくっくと楽しそうに笑っている鬼の腹に、菊丸はじゃれるように拳を向けました。

突然変わった、先程までの殺気立った空気とはかけ離れた雰囲気に、

国光は少し困惑気味に菊丸に視線を向けます。

国光の視線に気付いた菊丸は少し照れたように笑って顔の前で手を振り、

視線を笑っている鬼に戻しました。


「笑ってないで用件言えよ。何か用あるんだろ?」

「あ?あぁ、親父から伝言。チビスケ連れて、たまには帰って来いってよ。」


じゃぁ、伝えたからな。と、鬼は来た時と同じように軽い仕草で木の上に上がり、

あっという間に見えなくなりました。

それを見送った菊丸は、国光に視線を戻して苦笑を浮かべます。


「ゴメン、手塚。」

「いや…随分と親しいようだが、今のは…?」

「ん、今のはおチビの兄貴。いっつもああやって俺らをからかって遊ぶんだよ。」


嫌な奴ー。と言いつつも、菊丸は随分と楽しそうに見えました。


「お前とも仲が良いんだな。」

「遊ばれてるだけだっての。」


少し困ったように笑う菊丸に、国光は笑みをこぼします。

それから、ふと気になったことを尋ねることにしました。


「菊丸、あの鬼はお前の事を『亜人』と呼んでいたが…。」


国光の言葉に、菊丸はあぁ、と小さく頷いて国光を見上げます。


「手塚達人間ってさ、俺らみたいなのの事、『亜鬼』って呼ぶだろ?」

「あぁ。そうだが。」

「でもね、純血の鬼とか他の妖は、そう呼ばないんだよ。

 亜人って、呼ぶんだ。」

「何故…?」


不思議そうに眉間の皺を深めた国光を見て、菊丸は小さく苦笑を浮かべました。


「『亜』ってどーゆー意味か、知ってる?準ずるとか、2番目、とか、そんな意味。

 人間からすりゃ、俺らは鬼に似たものであって、人間に似たものとは思いたくないし、

 純血からすりゃ、俺らは人間に似たものであって、鬼に似たものとは思いたくない。

 ま、そーゆー事だよ。」


菊丸の言葉に、国光は少し驚いたように目を見開きます。

菊丸の言葉をそのまま解釈すれば、

『亜』は鬼よりも身分的に下とされているように思えました。

けれど、最初に国光を襲った鬼は越前の言葉で身を引きました。

一体どういうことなのでしょうか。


「…越前はこの山で有名なのか?」


国光が疑問を口にすると、菊丸は一度頷きました。


「おチビはこの辺治めてる長(おさ)の息子なんだよ。

 で、俺はおチビの傅育(ふいく)係なの。」

「…傅育?」


その言葉に違和感を覚えて国光は聞き返しました。

傅育係とは、主に皇族の子などに使え、大切に育てる者のことを示す言葉です。

越前のこの山での身分が高いというのはわかりましたが、

傅育係にしては菊丸は幼いように思えたし、

“おチビ”という呼び名といい、随分と砕けた関係のように見えました。

その国光の疑問を察したのか、一度辺りの気配を窺った後、

あんまり大声で言えないんだけど、と前置きをして菊丸は言葉を続けました。


「さっきも言ったけど、俺もだけどさ、おチビ、亜だろ?

 やっぱ純血から見りゃ異端で下等だからさ、若君だから虐められないにしろ、避けられちゃうわけよ。

 子供は直接的だけど、遠回しに大人もね。

 だから、一応?同じ状況の俺が傅育係。

 ちっちゃい頃から知ってるし、歳も近い分弟を見守る兄みたいなもんだけどね。」


偉いさんなおチビと俺が仲良いのは、そーゆー訳。

そう言って、菊丸は視線を前に戻しました。

そうか、とだけ返して、国光は黙り込みます。

先程の越前の兄だという鬼は、明らかにさげすむように菊丸を『亜』と呼びました。

彼らはそういう立場なのだと思い、国光は無意識に眉間の皺を深めます。

突然黙り込んだ国光を見上げて、菊丸は困ったような顔になりました。


「…あ、もしかしてアイツが言ったこと気にしてる?

 気にしなくて良いよ?アイツ、わざとあーゆー事言う奴だから。」


本気で差別してるわけじゃないよ。

そう言って、菊丸は小さく笑います。

菊丸の言葉に国光は眉間の皺を更に深め、笑っている菊丸の金の瞳をじっと見つめました。

例え冗談だとしても、言って良いことではないのではないか、と国光は思います。


「…笑い事では、ないだろう。」


不機嫌な声に戸惑いを乗せてそう言った国光に、菊丸は楽しそうに笑います。


「笑い事だよ。

 長にも良くしてもらってるし、おチビともアイツとも仲良しだし、

 人間の手塚とも…仲良くしてもらってるしね。」

「…………。」


あくまで笑顔でそう言う菊丸にも納得できず、国光は再度黙り込んでしまいました。


「ったく、本当に気にしなくて良いんだってば。

 お、とうちゃーく!」


菊丸はトン、と軽い仕草で低い段差を飛び降りて、国光を振り返ります。

その言葉に顔を上げて、国光は咲き誇る菊に視線を移しました。

大量の白の菊と濃い緑の葉が枯れ葉の中に栄え、

ぼんやりと浮かび上がっているようなその光景は、

それはそれは美しく、国光は嬉しそうに菊に手をやる菊丸の横に並びます。


「相変わらず、美しく咲いているな。」

「でっしょ!俺が愛情注ぎまくって育ててるからね!!」

「…そうか。」


白の菊を背に鮮やかな赤茶の髪を揺らし、金の瞳で微笑む菊丸を見ながら、

国光はどこか疼いている身体の奥とその瞳から目を逸らしたくなる衝動に、

困惑して身体を少し、硬くさせました。









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傅育係は説明の通りですが、簡単に言えば教育係とか、
じいやとかばあやとか…そんな感じです。
そして、『亜』という漢字が平安時代に存在していたかは不明です。
調べたのですが出てきませんでしたので、スルーでお願いします。(滝汗)
あと、平安時代の菊は全部白だったみたいです。
黄色とか他の色が作られたのは、桃山時代以降らしいですよ。