『亜鬼。』

半分が鬼で、半分が人である妖の名とされています。

けれど、その呼び名は人のみが呼ぶ名なのです。




























Fairy Story
   −  亜 鬼  −




























翌日。

朝早く家を出た国光は、愛馬を走らせ清楽山の梺にいつものように愛馬を繋ぎました。

入り口から少し入り、菊の元へと続く分かれ道の所で、足を止めます。


「越前!」


声を張って彼を呼べば、少し経った後ガサガサと音が近付いてきました。

けれど、その近付いてくる気配はどこか警戒を示していて、彼のものとは随分と違う気がしました。

ザ、っと音が響いた瞬間、国光は反射的に腰元にある太刀に手をかけます。

国光が太刀を抜くと同時に、目の前に細く尖った爪が突きつけられていました。


「ッ…!!」


一瞬でも動けば、その爪が国光を裂くでしょう。

一瞬でも動けば、国光の太刀が彼を切るでしょう。

そんな、危うい境。

国光に爪を向ける相手は、赤い肌を持つ、鬼。

油断していた。

昨日越前が言った通りだ、と、国光は自分の不注意にギリ、と奥歯を噛み締めました。

暫く無言で睨み合っていると、突然鬼がびくりと身体を強張らせます。


「爪、退いてよ。」


直後、聞き慣れた声が響き、

突きつけられていた爪が殺気を解いて、国光の目の前から腕を下ろしました。


「越前。」


越前は鬼の肩を掴み、その鬼をじっと睨んでいます。

少し驚いて国光が越前を見ると、越前は一度頭を下げました。


「遅れてすんません。」

「いや…。」


鬼は目の前で交わされる会話に驚いたように目を見開き、

勢いよく越前を振り返りました。


「若!」


鬼の発した言葉に越前は顔をしかめた後、めんどくさそうにため息をつきます。


「この人に手を出すなって、全員に言っておいてよ。」


越前は掴んでいた肩を解放してそう言いました。

あまりに驚いた所為か暫く沈黙していた鬼は、

忌々しそうに小さく舌打ちをして、何も言わずに去っていきました。


「すまない、助かった。」

「いえ、俺が来るのが遅かったのが悪…」

「手塚ッ!!!!」


鬼もいなくなったから、と国光が太刀を収めようと握り直した瞬間、

言いかけた越前の言葉を遮るように声が響いて、同時に国光の身体を衝撃が襲いました。

驚いたけれど、持っていた太刀を慌てて己の身体から一番遠くへ離します。

その為に体制を保てず枯れ葉の中に倒れると、越前が衝撃の元と国光を呆れた視線で見ていました。


「…自宅謹慎って言いませんでしたっけ?」

「あ。…えーと、ご、ごめん、おチビ。」


手塚の側に鬼の気配を感じたから、つい。

と、国光の上に乗ったまま笑っているのは、菊丸です。


「菊丸!!」


衝撃の元を知った国光は何を考えているんだと言わんばかりに怒鳴りつけますが、

怒鳴りつけた直後、菊丸は心配そうに国光を見上げました。


「手塚!大丈夫だった!?」

「………あぁ。」


その菊丸の必死な様子に、国光は驚きながら頷きを返します。

国光の答えを聞くと、菊丸はホッとしたように笑みをこぼしました。


「…先輩が来たんだったら俺は用無しッスね。じゃ、俺帰るんで。」

「…いいの?」

「人間に合わせてゆっくり歩くなんて面倒なこと、したくないッスから。」


それじゃ、と手を振って、越前は軽い動作で木の上に上がりました。

越前を見送っている菊丸の肩を叩いて、

国光は未だ抱き付いたままだった菊丸に自分の上から下りるよう促します。

はっとした動作で飛び退いて、菊丸は困ったようにゴメン、と言いました。


「…えと、久し、ぶり?」

「あぁ。…まったく、お前は過剰な接触を取りすぎだと以前言っただろう。

 太刀を抜いた相手に飛び付くなど言語道断だ。

 お前を傷付けてしまったらどうするんだ。」


立ち上がって静かに怒気を含ませた声でそう言う国光に、

菊丸は少し驚いたように目を見開いてから、頭を下げました。


「あ…んと、ゴメン。」

「…心配させたのは、悪かった。」


ふう、と息を吐いて国光がそう言うと、菊丸は嬉しそうに笑いました。

その菊丸の笑顔に気の抜けたような安心を感じて、

国光は小さく苦笑を浮かべながら菊丸に当たらないよう、太刀の先に付いた木の葉を払います。

全て木の葉が落ちたのを確認し、カチン、と音を立てて太刀を鞘に収めました。


「菊丸、お前に聞きたいことがあるんだ。」

「俺に聞きたいこと?」


何だろう、と国光の方を見る菊丸に、少し緊張しながら国光は言葉を紡ぎます。


「先日越前が家に来て、お前の様子がおかしいのだと言った。

 それは…俺に会ってからだと。

 俺は、お前に何か悪い影響を与えてしまっているだろうか?」


国光の言葉に、菊丸の金の瞳が驚きに見開かれました。

それから視線を逸らし、ふるふると首を左右に振ります。


「手塚は何も悪くないよ。ちょっと、うん。気を抜いてただけ。」


心配かけてゴメンね、と苦笑を浮かべて菊丸は言いました。

その言葉に、国光はほっと息を吐きます。


「そうか…では、俺はこれからもお前に会いに来ても良いのだろうか?」

「っ!!…う、うん。勿論。…手塚さえ、よければ。」


驚いたように目を見開いたまま答えた菊丸に、わかった。と返した国光は、

国光に会ってから菊丸がおかしくなった、と言った越前の言葉を、

思っていたよりも随分と気にしていたことに気付きました。


「それ聞きに、来たの?」

「あぁ。…それと先日、去り際お前の様子が少しおかしい気がしたからな。」

「…そか。」


相変わらず傷を覆う為の布を付けたままの頬に触れながら、

菊丸は少し照れたように笑いました。









次→