「凄い凄い!!すっごい格好良かったよ、桜乃!!

 私ちょっと覗いちゃった!」


夕食を用意するのでお待ち下さい。と通された部屋で、

小声だけれど、随分と興奮気味に話す友人に、桜乃は少しだけ笑みを返しました。

すると、一瞬不思議そうな顔をした後、彼女はにんまりと笑います。


「なぁに桜乃〜も・し・か・し・て!他に好きな人がいるの〜?」

「え!?」


驚く桜乃の横で、なんてね、冗談よー!と、少女は再度笑いました。

どきどきとうずく胸の奥に、桜乃は小さく苦笑します。

『将来の夫』なる彼と交わしたいくつかの言葉だけで、彼が聡明で誠実そうな人物だとは思いました。

一ヶ月前の桜乃なら、この良縁にほっと息を吐いたかもしれません。

けれど、

どうしても、瞼の裏によみがえってくるのは、あの妖で。


「リョーマ君…。」


祖母が挨拶に行っているのをいいことにはしゃいでしゃべり続ける友人相槌を返しつつ、

心の中で小さく名を呼んで、無意識に視線は彼のいるであろう山の方を向いていました。




























ふい、と無意識に目を向けた塀の端、見慣れた黒髪が映って国光は自室に向かっていた足を止めました。

隣を歩いていた大石が、少し驚いて国光を見上げます。


「どうかなさいましたか?国光様。」

「いや…夕食まで、少し時間がかかるのだったな?」

「えぇ。そうですが。」


頷く大石に視線を戻して国光は少し考える仕草をしました。


「少し、散歩に出る。夕食までには戻ってくるから心配はするな。」

「え、いくら時間があるからと言いましても、それは…。」

「すぐに戻る。」


大石の制止も聞かず国光は自室の前まで行くと、地に置いてあった浅履(あさくつ)を履いて

さっさと門の向こうへ歩いていきます。


「どうしたんだ…?手塚のやつ…。」


心配そうな大石の呟きは、当然ながら国光に届く事はありませんでした。

一方、門を出た国光は、屋敷の裏…自室の前の塀の裏側へ向かいます。

暫くして見えた姿に、国光は彼の名を呼びました。


「越前。」


呼ばれる前から気付いていたのでしょう。

越前はふい、と視線を上げると、黒い瞳で鋭く射るように国光を睨みました。

当然、越前に睨まれる覚えなどない国光は、内心困惑しつつも彼がそこにいる事を咎めます。


「何をしているんだ。今、家には術者がいる。危険だから山へ帰れ。」

「アンタに用があるんスよ。」


一番最初、出会った時のようにその黒い目で強く睨む越前に、

国光はその用件が重要だろうという事を悟りました。


「…わかった。が、ここは危険だ。少し家から離れよう。」

「ッス。」


国光の提案に一度頷くと、越前はす、と前を歩き始めました。

おそらく付いて来いと言いたいのでしょう。

国光が無言で越前の後を付いていくと、少し広い空き地のような場所に出ました。

くるり、と振り返り、越前はやはりその鋭い黒の瞳で国光をじっと睨んでいます。


「アンタ、先輩に何したんスか。」


突然問われた問いに、国光は首を傾げました。


「何を、とは、どういう意味だ。」


反射的に眉間の皺を深くして言うと、越前はグ、と国光の着物の袷を掴み、

その鋭い瞳の隅に心配の色を乗せています。


「アンタに会ってからだ。先輩が、おかしくなった!!

 今までのあの人だったら、術者に見つかるようなくだらない失敗なんかしない!!!」


越前のその一言に、国光は目を見開きました。


「術者、だと!?菊丸が不二に会ったのか!?」


問われた問いに、越前は国光を突き放すように掴んでいた手を放して、忌々しそうに舌打ちをします。


「名前なんか知りませんよ。でも、アンタの所為なのは、間違いないんスからね。

 あの人、さっき俺がいた所でその人と対峙してたんスから。」

「それで、菊丸は…!!!!」

「寸前の所で俺が助けたんで、何とも。」

「そう、か…。」


菊丸が何ともないと聞き、国光は安堵の息を吐きました。

しかし、あの場所で不二と会ったとなると、それは間違いなく先日の事です。

それきり会いに来なくなった菊丸の事を思うと

やはりこちらから訪ねた方が良いだろう、と国光は思いました。


「菊丸は、今、どうしている?」

「自宅謹慎ッス。」


怒ったようにそう言う越前を見ながらひとまず暫くは無事な事に息を吐き、

国光は少し呆れたような目をしている越前を見ました。


「明日、そちらを訪ねようと思っているのだが…

 自宅謹慎なら山の入り口で呼ぶより、俺が家を訪ねた方が良いな。

 越前、案内を頼めないだろうか。」


以前連れて行ってもらった道のりを考え国光が言うと、越前はまた少し睨む瞳を強くしました。


「もう、先輩に会わないで欲しいんスけど。」

「…悪いが、それは断る。」


言いきった国光に、越前は少し驚いたように目を見開きます。


「菊丸の様子がおかしくなった原因が俺だというなら、尚更俺は菊丸に会いに行く。

 原因がわかれば、俺は…お前の言う害ではなくなるかもしれないだろう。

 会った上で、もう来るなと言われれば、従うが…

 菊丸も…嫌でなければお前も、俺は大事な友人だと思っている。」


越前はさらに目を見開き、それから、小さく笑いました。


「人間が、妖を友人だと思ってんの?…ホント変な人間だよ、アンタ。

 第一、俺らは妖であって人間じゃないんだから友人ってのはおかしいッス。」


そこで言葉を切って、越前は国光を見上げます。


「遭難されちゃ先輩に申し訳ないんで、案内、買って出ますよ。」

「…すまないな。助かる。」


一度国光が頭を下げると、越前は顔をしかめました。


「アンタといると、調子狂う。」

「…どういう意味だ?」

「アンタが普通なんだと勘違いしそうになる。

 人間を警戒するの、忘れそうになる。」


まぁ、それはアンタにも言えるんだけど。と付け加え、困ったように、忌々しげにそう言った越前に、

国光は目を見開きました。


「菊丸も…そう言う事なのだろうか。」


少し辛そうにそう言った国光に、越前は先日の菊丸の表情を思い出して首を左右に振ります。


「多分…あの人の場合は、ちょっと違うと思います。」

「…越前…?」

「や、何でもないッス。…じゃぁ、明日。着いたら俺を呼んで下さい。」

「あぁ。」


どこか違和感のある越前の態度に、国光は首を傾げながら去っていく越前を見ていました。









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