彼(か)の妻となる者。

彼の夫となる者。

それはもう、随分と前から決められていた婚姻でした。




























Fairy Story
   −   恋   −




























それから何事もなく時が過ぎ、気付けば3日、経っていました。

微妙な雰囲気のまま訪ねてこなくなった菊丸に不安を感じ、国光は読んでいた書物を置きます。

しかし、今日は国一の言っていた妻となる女性が訪ねてくる日。

当の自分が外出するわけにはいかないので、国光は少し苛々としながら明日は山へ行こうと決めました。


「国光様。」


呼ばれた声に顔を上げると、大石が嬉しそうに微笑んで立っていました。


「…あぁ、入れ。」


少し気の抜けたような気分になって、国光は大石を招き入れます。

国光の自室に入ってきた大石は、やはり嬉しそうに笑って国光の前に座りました。


「もうそろそろいらっしゃると思うから。」


あまりにも嬉しそうに笑っている大石に、国光は少し呆れた視線を送ります。


「どうしてお前が嬉しそうなんだ、大石。」

「そりゃ、雇い主って以前に、俺にとって手塚は大事な友達だからね。

 その友達の妻になる人が訪ねてくるって言うんだから、嬉しいに決まってるだろ?」

「…そういうものだろうか。」


感情のない結婚だとしてもそうなのだろうか。

実際政略結婚など珍しい事ではないので当然なのかもしれないけれど。

そう思いながら、国光は小さくため息を吐きました。

恋や愛などを自分に関係のない事だと思っている以上、

手塚の家を絶やさぬ為には政略結婚しかないだろうという事はわかっていても、

何となく、納得出来ないのは何故なのだろうか。

そんな事を考えている国光には気付かず、大石はやはり嬉しそうに「そういうものだよ。」と笑いました。


「大石は、しないのか?」

「俺?俺はまだ、学んでる身だからな。」

「…そうか。」


にこやかに言う大石に、国光は小さく頷いて返事を返します。

そうして少し会話を交わした後、大石が国光を促して立ち上がりました。


「そろそろかな。

 さぁ、行きましょう、国光様。」

「あぁ、わかった。」


二人で連れ添って、家の中心へと向かいます。

その途中、国光は前方から歩いてきた不二に呼び止められました。


「国光様。」

「不二か、どうした?」

「少々お時間、よろしいでしょうか。」


足を止めていつものように笑顔を浮かべている不二に無言で続きを促します。


「…英二という名に、聞き覚えはお有りですか?」


不二の問うた言葉に、国光は首を傾げました。

英二…?

暫く考えても、答えは出てきません。


「いや、すまないが覚えがないな。」

「…そうですか。」


国光が答えを返すと、不二はいつものようににこやかな笑みを浮かべたまま、

奥へと下がっていきました。

大石と顔を見合わせ、何なのだろうと首を傾げつつ歩を進めます。

中心にある部屋に着いた国光は大石と共に膝を折り、両親と祖父の前に跪きました。


「参りました。」

「あぁ。姫様はそこにおられる。挨拶をしなさい。」

「はい。」


振り返れば、御簾の裏に人影が見えました。

そちらに向き直り、国光は一度深く、頭を下げます。


「手塚、国光でございます。

 お初お目にかかります…









 桜乃姫。」









「竜崎、桜乃でございます。」


御簾越しにいた少女の影が、一度揺れました。




























その日、桜乃に告げられた言葉はあまりにも突然でした。


「え…私、が?」

「そうだよ。」


目の前にいる祖母は何でもないように頷いています。

その横で、彼女の友人が嬉しそうに笑っていました。

呆然と祖母を見上げる桜乃に、祖母は嬉しそうな笑顔を見せて、言葉紡ぎます。


「手塚国光様と仰ってね、とても良き方と聞くよ。

 若く、家も申し分ない。聡明で腕も立ち、とても真面目な方そうだ。

 以前からの決まっていたとはいえ、こんな良縁滅多にないよ?」

「良かったね!桜乃!!」

「朋ちゃん…おばあちゃん…。」


重要な話がある、と祖母に呼び出されて祖母の部屋を訪れてみれば、

明日、結婚相手に会いに行くと唐突に告げられました。

以前から知っていたのか、祖母の横に座っている友人はニコニコと嬉しそうに笑っています。


「結婚の儀の前日に髪そぎするんですって!

 私より先に桜乃が大人になっちゃうのねー。」


髪そぎというのは、女性版の元服、といった所でしょうか。

これを済ませると子どもから女性として認められるようになり、結婚が出来るようになります。

つまりは、結婚をするから、急いで裳着を済ませてしまおうという事に他なりませんでした。

少女は無邪気に笑っています。

桜乃は泣きそうになるのをグッと堪えました。


「…。」


森の中で、偶然会った妖。

数少ない紡がれた言葉すら酷いものばかりだけれど、

どうしてか、出会ってから彼が頭から離れる事はありませんでした。

平安の世の女性は、家族以外の男性に顔を見られてしまえば魂を奪われるといいます。

もしかしたら、妖とはいえ、彼にに奪われてしまったのかもしれない。

3度しか会った事のないあの妖に、いつの間にか桜乃は心を寄せるようになっていました。

泣きそうな顔を隠す為に、桜乃は少しだけ俯きます。


「桜乃?どうしたの。」

「…うぅん、何でもないよ。朋ちゃん。」


妖の事が好きだ。など、祖母や友人には言えるわけがありません。

ただでさえ禁忌とされている感情なのに、その上何年も前から決まっていた婚姻。

それが意味する事なんて、幼い桜乃にもわかりすぎる程わかりました。


「楽しみだね、桜乃。」

「…うん。」


あちらの家から帰った翌日、もう一度だけ会いに行ったら、忘れよう。

桜乃は心の中、もしかしたら会えないかもしれない。ということも承知で、そう決めました。









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