「お爺様!!私は何も聞いておりません!!!」


大殿油(おおとなぶら)の照らす部屋の中、

祖父と両親が帰ってきたのを確認して、国光は祖父に詰め寄ります。

珍しく声を荒げる国光に、現領主である国一は何を今更、と一瞥を向けただけでした。


「お爺様!!」

「もう何年も前より決められていたことだ。

 別にその女のみにしろと言っておるわけではないだろう。

 側室(そくしつ)なり妾(めかけ)なり、好きに作れば良いではないか。」

「しかし、そんな、突然…!!」

「何を言っておる。元服するということは、そういう事であろう?」


国一の言葉に、国光はグ、と言葉を詰まらせました。

国一の言う通り、元服とは大人と認められると共に、結婚を認められることを示しています。

女性が家族以外の男性に姿を見られることは魂を取られるとして、それが結婚に繋がる時代です。

一般には男性が女性の元へと通い、婿入り婚が普通とされいますが、

手塚家の場合跡継ぎが国光しかいないため、嫁入り婚を行うのだと国一は言いました。

手塚の家を絶やすわけにはいかない。

つまりは、完全なる政略結婚です。


「気になる娘でもいるの?国光。」


それまで黙っていた母親が口を開き、国光と国一は同じように驚いて母の方を向きました。


「何故そう思う?」

「国光にしては随分と抵抗するんですもの。珍しいではありませんか。」

「それもそうだな…。」


母の言葉に、父も頷いて国光の方を向きます。

同様に母の言葉に眉間の皺を深めた国一は、強い視線を国光へ向けました。


「…そうなのか?国光。」

「い、いえ。そうでは、ありませんが…。」


先程も表記したように、結婚して初めて、相手の顔を見られるような時代です。

出会いのきっかけといえば、それは女房達の噂話や、他の貴族からの情報から、なのです。

少なくとも興味のない国光には、そんな話など耳に残っているはずもありませんでした。


「ならば問題あるまい。4日後、一度こちらに訪れて下さるそうだ。

 御簾越しではあるが話も出来よう。」


そう言って、国一はこの話を断ち切りました。




























「どした?手塚。元気ないね。」

「いや…。」


翌日、早速遊びに来た菊丸をこっそりと屋敷の中に入れ、国光はたわいもない会話を楽しんでいました。

菊丸の怪我はもう何ともないようで、国光は再度感心しながら安堵の息を吐きました。

因みに不二は調べる事があると言って屋敷を出ています。

屋敷内にいれば例え離れていたとしても、腕のいい不二は菊丸という妖の存在に気付いてしまうでしょう。

不二が帰ってくることを警戒しながらも、手塚は危険なこの時間を拒否しようとは思いませんでした。

会話の最中、ふと思い出した昨日のやり取りに、思わず小さなため息を吐きます。

不思議そうに国光を見る菊丸に、何でもない、と返しました。


「んー?様子がおかしいよ、手塚。何かあった?」

「…あぁ…実は、な…。」

「?うん。」


国光にしては随分と歯切れの悪い物言いをしながら暫く迷った後、少し重いその口を開きました。


「どうやら俺は、結婚をしなければならないらしい。」

「え…。」


驚いたように目を見開いた菊丸を見ながら、国光は再度小さくため息を吐きます。

年齢から考えてもあまり珍しくないとはいえ、戸惑いを隠せないのは事実です。

呆然と国光を見る菊丸に、国光は目の前に手をかざしました。


「菊丸。」

「あ、いや。ゴメンゴメン。えっと、良かったね。」

「…どうだろうな。形式だけの結婚だ。」


目を伏せてそう言う国光に、菊丸は笑顔を歪めます。


「…でもほら、もしかしたら好きになるかもしれないし。」

「今は興味がない。それどころではないしな。

 それに、結婚などしてしまえば今以上に自由が利かなくなる。」


お前にも会いづらくなるな。

そう言った国光に、菊丸は顔を伏せてぶんぶんと首を左右に振りました。


「ホントは、会わない方が良いに決まってんじゃん。」

「…菊丸?」


少し様子のおかしい菊丸に、国光は菊丸の顔を上げさせようと、顎に手を添えました。

途端、ビクリ、と菊丸の肩が揺れて、上げられた金の目が国光を映しています。

ざわり、と何かがざわめくのを感じて、国光は慌てて手を離しました。


「………………。」

「………………。」


暫く沈黙が続いた後、すっく、と菊丸が立ち上がりました。

国光は驚いて菊丸を見上げます。


「そろそろ、帰るな。」

「あ、あぁ…。」


何処かぎこちない雰囲気を残したまま、菊丸は国光に背を向けます。

1度目を閉じて気を張り直し、貰った札が懐に入っていることを確認して、

菊丸は軽やかに飛び上がって塀を越えました。









次→




大殿油=宮中や貴族の邸宅でともす油のともし火。要は灯り。読み方はおおとのあぶらでも可。
側室=正妻ではない妻。
妾=愛人。身分違いのため結婚出来ない相手が多いようです。
一夫多妻制ではありますが、正妻は一人、と決まっていたようですよ。
結婚できるのは、当然のように同じ身分の者同士でした。
女房=院や諸宮・貴人の家などに仕える女性。
当時、結婚は15そこらでも珍しくなかったようです。
確か、源氏物語の光源氏は12で元服してそのまま結婚してました。はい。