大きなお屋敷の正面門。

門番に頭を下げて門の中に入ろうとした時、一度足を止めて少年は顔をしかめました。


「まさか…。」


ぽつり、と呟いてお屋敷を見上げ、そんな筈はない、と首を左右に振り、

不思議そうにこちらを見る門番に笑みだけを向けて少年は門の中へと入ります。

ふと門に目を向けた大石は、入ってくる少年に気付いて少し嬉しそうに駆け寄りました。


「お帰り!早かったんだな。」

「うん、今回は何の問題もない雑魚ばかりだったからね。

 それより、領主様と国晴様と奥方と…国光様はいらっしゃるかな?」

「あぁ、お三方はご用だと言って出ていらっしゃるけど…国光様は自室だと思うよ。」

「そう。ありがとう、大石。」


にこり、と微笑んで少年は屋敷の中へと入って行きました。




























「迷惑かけてゴメンな。ほんっとにありがとう!!」


金色の目を嬉しそうに細めて微笑む菊丸に、国光は小さく頷く事で返事を返しました。

菊丸の息は随分と良くなり、出血は完全に止まっています。

それを確認した菊丸は、そろそろ帰らないと、と身体を起こしました。


「もう大丈夫なのか?」

「ん、完璧って訳じゃないけど出血止まったら随分楽になったし、多分大丈夫。」

「そうか…気を付けろよ。」


心配したようにそう言った国光に、菊丸は少し照れたようにえへへ、と笑みを返します。

突然照れ笑いを浮かべる菊丸に国光が不思議そうに首を傾げると、菊丸は立ち上がりながら頬をかきました。


「俺、心配した事はあるけどされた事ってないからさ、やっぱ照れるね。」


その菊丸の言葉に、国光は少なからず衝撃を受けました。

心配をされた事がないなど、国光にしてみれば有り得ない事だからです。


「お前…?」

「あ、なんか誰か来るっぽいからさ、俺もう帰んね。

 札も、ホントありがと!また遊びに来るから!あと、今度山に来た時はお礼すんな!」


菊丸はそう言うと小さく息を吐いて目を閉じ、

次に目を開けた時には瞳は茶に、鋭く尖った歯は見る影もなくなっていました。

直接見るのは初めてで国光が少し驚いていると、菊丸は振り返ってじゃあ、と手を振り、

以前見たものよりは多少鈍いものの、それでも軽やかな動きで塀を飛び越えて帰ってゆきました。

国光は菊丸が帰った後も、呆然と塀を見ていました。

暫くの後、ギシ、と音が響いて、誰かが国光の方へ来るのがわかりました。

内心菊丸の能力に感心しながら振り返ると、にこやかに微笑んだ少年が国光に近寄ってきます。


「帰ったのか。」

「えぇ。随分と楽でしたので。」

「ご苦労だったな。

 …しかし、誰もいないとわかっていてわざと敬語を使っているだろう。不二。」


少年…不二は、国光の言葉に一度小さく笑って、先程菊丸が帰っていった方に視線を移しました。


「…それより手塚。何を見ていたの?」


不二の一言に、国光は表情には出さずに内心動揺しました。


「いや、何も。」

「ふうん…。」


元々何に対しても鋭い所がある不二は、そう答えながらも塀の方から視線を外しません。

それでも、不二はそれ以上何も聞いてきませんでした。

国光はそれに少し安堵の息を吐きながら、菊丸の去っていった方向へ、もう一度目を向けます。

そんな国光をちらり、と見、不二は持っていた数珠(じゅず)をじゃら、と鳴らしました。


「結界が、少し破れてる。」


国光は不二の一言に目を見張りました。


「でも、何か家の中にいるわけでもなさそうだし…変だな…。

 まぁ、今は安全みたいだし、修復してくるね。」

「…あぁ、すまないな。頼む。」

「いいえ、それがボクの仕事だからね。」


不二は、手塚家専属の術者でした。

術者とは、呪(まじな)いなどを用いて人や家を妖から守ることを生業としている者のことです。

腕のいい彼は、本来ならこのような都から随分と離れた場所に留まっているような人物ではありませんが、

生まれ育ったこの場所が気に入っているらしく、たまに遠出する以外はこのように手塚家の専属、として

結界張りや、周囲の妖を牽制するために動き回っていました。

すなわち、妖である菊丸や越前にとっては、天敵以外の何でもありません。

不二だけは、彼らと会わせるわけにはいかない。

大切な友人でもある彼に隠し事、というのはあまり気分が良くないものですが、

国光は仕方がない、と自分に言い聞かせて納得しました。


「あぁ、手塚。」

「何だ。」


塀に向かっていった不二が、ふと振り返って国光を呼びました。

視線を合わせ手続きを促すと、不二はいつものようにニコリ、と微笑みます。


「結婚するんだってね、おめでとう。」


その一言に、国光は再度、目を見張りました。









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えーっと、この話の中での術者の設定はわりと適当なので、
細かいことは気にせず適用に読んでいただければ、と思います。
いい加減なご都合主義ですみません。