そして、館を守る、術者。




























Fairy Story
   −  術  者  −




























国光が越前と菊丸を訪ねて数日経ったある日。

菊丸は国光を訪ね、町まで出てきていました。

亜鬼は元々の姿が人間に近い為、

気を張って瞳と牙を押さえていれば一見しただけでは人間と見分けが付きません。

菊丸は茶の瞳をきょろきょろと動かしながら歩いて、たまたま目の前にいた人物に国光の事を訪ねました。


「すいません、この辺に手塚って家ありませんか?」


尋ねた人物は驚いたように目を見開き、じろじろと菊丸の形(なり)を見回しました。

菊丸の格好は、いつものように膝上まである布を腰で縛っただけの上衣と、ボロボロの草履。

その形は、お世辞にも綺麗とは言えません。

尋ねた人物はあからさまに嫌悪の視線を菊丸に向け、吐き捨てるように言葉を発しました。


「お前、領主様に何の用だ?」


領主様。

返ってきた言葉に、菊丸は目を見開きました。


「この辺りで手塚といえば、領主様の家の他はないからな。

 何をする気かは知らねぇけど、お前のような奴が行っても無駄だぜ。」


鼻で笑って、その人物は菊丸の前から去って行きました。

その人物が立ち去った後も菊丸はその場から動かず、呆然と立ちつくしています。

勿論、国光の格好や言動などから育ちが良い事くらいは想像していましたが、

国光の身分は、菊丸が想像していたものよりもずっと良いものでした。


「領主の、息子…。」


菊丸は国光を訪ねる事を少し躊躇し始めました。

領主の息子と妖。本来話す事もままならない関係です。

妖と仲が良いなどという事が知れ渡って困るのは、きっと国光でしょう。

どうしようかと暫く考えましたが、どうしても会いたいという欲求に勝てず、

それならば見つからないように会いに行こう。と、菊丸は顔を上げました。

領主の息子と言う事が本当なら、とても良い情報をもらいました。…なぜなら、


「一番でかい家!!」


家を探す上では断然に探しやすくなったからです。

よっしゃ、と一声出して町をぐるりと一周し、見た中で一番大きな家の前に菊丸は立ちました。

町の中心にある、本当に大きなお屋敷です。

屋敷の周りは当然のように高い塀が囲い、正面の門には門番が立っていました。


「ま、この位、俺の敵じゃないってね。」


高い塀、といっても所詮は対人間程度。

菊丸からすれば何の問題もない高さです。

菊丸は屋敷の一番奥に当たる場所まで回り、周りに人がいないのを確認すると

ぴょん、と塀に向かって飛び上がりました。


「余裕余裕〜。」


しかし、塀の上へ着地しようとした瞬間、


バチッ


と、嫌な音が響いて菊丸の身体に激痛が走り、その衝撃で菊丸は体制を崩しました。

何とか着いた足はそのままガクリと力が抜け、身体が前方に倒れていきます。

菊丸の着地点は塀の上。

当然前方に支えなどなく、倒れた身体はそのまま遙か遠い地面へ目指して落下していきます。

体勢を立て直そうにも、身体には力が入りません。

見れば、体中のいたる所から真っ赤な血が伝っていました。


「結、界…!!」


よくよく考えれば、このような大きな屋敷に妖除けの結界が張ってあっても何もおかしくありません。

菊丸は自分の警戒心の浅さに奥歯を噛み締めました。


「菊丸ッ!!」


来るであろう地面の衝撃に耐えようと固く目を閉じたとき、聞き覚えのある声が菊丸の名を呼んで、

同時に覚悟していたよりも随分と軽い衝撃が菊丸の身体を包みました。

どさ、という音と共に2度目の衝撃が来て、菊丸はおそるおそる目を開けました。

視界には、少し痛そうにしかめている国光の顔。

驚いて飛び退くと同時に足と肩に激痛が襲い、菊丸はそのまま地面に倒れてしまいました。

国光は突然倒れた菊丸を見やり、傷を確認すると少し焦ったように菊丸を抱き上げます。


「国光様!?どうなさいました!!!」


遠くから近付いてくる声に国光は急いですぐ側にある自分の部屋に戻ると、

屏風(びょうぶ)と几帳(きちょう)の間に菊丸を隠し、何でもなかったかのように書物の続きを読み始めました。


「国光様!!」

「…どうした?」


部屋の前で跪く者に視線を向けて、国光は書物を置きます。


「先程、国光様の叫ばれる声と奇妙な音が致しましたので、何事かと…。」

「あぁ…猫が塀から落ちそうになっていたんだ。」

「…猫、ですか?」

「あぁ。」


頷く国光に、その者は安心したように息を吐き、目を細めました。


「余計な心配をかけて悪かったな、大石。」

「あ、いえ…。」

「しかし…父も母もいないところで敬語を使うなと言っているだろう。」

「あぁ…すまない、手塚。つい、な。」


大石と呼ばれた少年は、国光の幼い頃からの友人です。

生まれてすぐ預けられた乳母が大石の母だった事もあり、同い年の二人は兄弟のように育ちました。

現在、大石は国光の従者兼見習いの医師として学舎に通っています。

因みに、国光の持っている薬は彼が作ったものです。


「じゃぁ、俺は戻るけど…何があるかわからないんだ。気を付けてくれよ。」

「あぁ。」


そう言って去って行った大石が見えなくなったのを確認して、国光は御簾(みす)を全て下ろしました。

そうして目隠しをした上で、急いで菊丸を隠している場所へと駆け寄ります。

顔を覗けば、少々息を荒げているものの、顔色は思っていたよりも悪くはありませんでした。

しかし、細かな傷が大量にあることと、特に傷の深い肩と左腿から流れる血液は少しずつでしたが止まっていません。

国光は以前越前に施したように、菊丸の傷口から流れる血液を筆洗い用にと用意してあった水と布でふき取り、

薬を塗って側にあった平包みを裂き、傷口を覆いました。


「菊丸…大丈夫か…?」

「ん…ごめ、軽率だった…。」

「…少し休むといい。御簾を下ろしている限り人目に触れる可能性は低いからな。」

「ありがと…。」


そう言うと、菊丸は目を閉じて息を整えようと浅く呼吸を繰り返しています。

そんな菊丸を見ながら国光は眼鏡を外し、小さく息を吐いて菊丸の赤茶色の髪に触れました。


「すまなかった。結界が張ってある事を言っておけば、このような事には…」

「んーん、俺が何にも言わずに勝手に手塚に会いに来ちゃったんだからさ。

 警戒を忘れてた俺の責任だよ。」


困ったように目を閉じたまま笑みを浮かべる菊丸の髪に何度も触れながら、

国光は暫し考えるような仕草をしました。

しばらくの後、眼鏡をかけ直して国光が立ち上がります。


「少し、待っていてくれ。少しの間だが席を外す。御簾を下ろしているから大丈夫だとは思うが…

 御簾を上げられても、几帳の裏にいれば人目には触れないと思う。」

「…どこ、行くの…?」


途端に菊丸は目を開け、茶の目を不安に揺らせていました。

それに、国光は小さく苦笑を返します。


「帰りはどうするつもりなんだ。まさか結界をまた破るつもりではないだろう?

 正面には門番もいる。」

「あ…。」

「確か、書物に結界を無効化する為の呪(まじな)いが書いてあったはずだ。

 書き写す為に持ってくる。今度からそれを使って来い。」

「だ、駄目だよ、そんなの!!俺がもし、それを他の妖に渡したら…。」

「菊丸はそんな事はしないな。」

「なんで!!」

「お前がそんな奴なら、俺はとっくに殺されているだろう?」


笑みを浮かべたままそう言った国光に、菊丸は意表をつかれて目を見開きました。


「あ、そ…。」

「そうだ。…狭い所ですまないが、ここで暫く待っていてくれ。

 あと、俺の前では気を張る必要はない。怪我をしている上、気を張っていれば疲れるだろう。」


目を開けた菊丸の瞳が茶色かったのを見て、国光は安らげるように、と

その瞳の上に撫でるように手をかざしました。

その言葉と行動に菊丸は小さく笑って、もう一度目を閉じます。


「ありがと、手塚。」

「いや。」


トントン、と髪を優しく撫でられた感触を心地よく感じながら、

菊丸は国光が立ち去ったのを確認して緩む頬を解放しました。









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几帳=寝殿造りの室内調度で、間仕切りや目隠しに使う屏障具(へいしようぐ)の一つ。
御簾=宮殿や神殿などに用いるすだれ。
平包み=ふろしき。
上2つに関しては図を見ていただいた方がわかりやすいとは思いますが、めんど…げほん。
ご興味がございましたらお調べ下さいませ。
まぁ、一般的に想像出来るような寝殿造りの部屋を思い浮かべていただければ、と思います。
男性の部屋に、几帳があったのかどうかはちょっと不明。(汗)