4日前、国光が越前に遭遇する少し前。

猫に付いて行くように越前が散歩をしている時でした。

ふと目に付いた、この場に似つかわしくない着物の裾。少女の姿。

見つけた猫は、少女に駆け寄って行きました。


「ホァラ〜。」

「きゃ!?」


小さく悲鳴を上げて振り返った姿に、越前はため息を吐きました。


「また迷ったの?」

「あ…あの、ここに来れば、会えると、思って…。」

 この前のお礼、ちゃんと言っておきたくて…。」

「礼…?」

「ちゃんと山を下りる事が出来たんです。あの、だから。」


先日の事があったからにしても、全く疑う事もせず照れたような笑みを浮かべる少女。

越前は、酷く居心地の悪い気分になりました。


「本当に、ありがとうございました!!…えと。」

「…リョーマ。」


困ったように止まった言葉を聞いて名を答えた越前は、自分で自分に驚きました。


「リョーマさん。」

「さん付けとか敬語って、好きじゃないんだけど。」

「あ、えっと、じゃぁ、リョーマ君。ありがとう。私は…」

「ホァラ〜。」


名乗ろうとした少女の言葉を遮るように、猫が鳴きました。

何だろうと、越前が猫の方に視線を向け、少女は猫の方へと足を向けます。

ふ、と、少女の足下、越前の目に銀色に光る物が映りました。


「きゃ!!」


ガシャンッ


少女の身体を引くために咄嗟に踏み出した越前の足は、

ざっくりと金属の歯に喰われてしまいました。


「りょ、リョーマ君!!」


驚いたように声を上げた少女を見ながら、越前は内心で舌打ちをしました。

金属に喰われた足は血をドクドクと流し、辺りの草と土を真っ赤に染めていきます。

血の匂いが、辺りに少しずつ漂っていきました。

血の匂いは、妖や獣を誘います。


「て、手当て…!!」


罠に手をやろうとした少女の手を掴んで、

驚いたように自分を見上げてきた少女を越前は睨むように冷たい金色の瞳で見ました。

びくり、と少女の肩が一度揺れます。


「今すぐ山から下りてくれる?」

「え…!?」


越前の言葉に、少女は驚いたように目を見開きました。


「用は済んだでしょ?さっさと帰ってよ。」

「だ…駄目だよ!!早く手当てしないと…!!」


ぱ、と腕を解放して冷たく言い放つ越前に、少女は泣きそうに顔を歪めます。

越前の足から流れ続ける血は、止まる気配がありませんでした。


「ここにいられても邪魔なんだよ、アンタ。

 アンタなんか、簡単に餌食になるよ。」


別に少女が餌食になろうがなるまいがどうでも良いけれど、

さすがに目の前で殺されるのを見るのは目覚めが悪い。と越前は思いました。

どこまでも冷たく、感情のこもっていない声で告げた越前を、少女は本当に泣きそうな顔で見つめました。


「そ…それでも…罠、外さないと…。」


言い切った少女に、越前は目を見開きました。

血が得意じゃないのか、時折目を逸らしながらしゃがみ、少女は罠を外そうと手を伸ばしてきます。

何だ、この人間は。

越前は呆然としました。

何故こんなに自分を心配しているんだろうか。

今まで生きてきて、心配なんて菊丸位にしかされた事などないというのに。

越前は伸ばされた手を、反射的にまた掴みました。


「アンタなんかの力じゃ、外せない。いても邪魔なだけだよ。

 死にたくないならさっさと山を下りて、二度と近付かない事だね。…カル。」

「ホァラ〜。」


返事を返した猫に一度だけ頷いて、越前は少女の方を見ました。


「カルに付いて行けばいい。」

「でも!」


なおも食い下がろうとした少女の首に、越前は鋭く尖らせた爪を突きつけます。


「降りないなら、俺がここでアンタを殺すよ。」


越前の言葉を聞いて少女の身体がビクリ、と震え、

視線を暫くしたに向けた後、少女はまた顔を上げました。


「…4日後、また、来るから…。」


泣きそうな顔を心配そうに歪めてそう言った少女を、越前は思いっきり鋭い目で睨みました。


「二度と近付くなって、言ったんだけど。

 死ぬのは勝手だけど、死にたいなら他の場所で死んでよ。」


涙目で越前を見ながら越前から一歩離れ、少女は小さく震えながら立ち上がります。

後ろめたそうに振り返りながら、先を行く猫の後を追って、見えなくなりました。

幸い、この辺りには生き物の気配はなく、少女は下まで降りる事が出来るだろうと越前は判断しました。

一つ息を吐いて罠を外そうと歯に手をかけても、酷い痛みと出血の所為で思ったよりも力が入りません。

越前の息は、少しずつ荒くなっていきました。


「先輩…。」


痛みと少し霞む息の中、越前は小さく菊丸を呼びました。





それから暫くの後、越前は国光に発見されたのです。




























「確か、こっち、よね…。」


越前の下方であやふやな記憶を頼りに進んでいく少女を見ながら、

越前は聞こえない程度にため息を吐きます。

尾行を続けながらゆっくりと進んで行き、暫くして前方に現れた気配に

越前はピン、と神経を張り巡らしました。

タン、と軽やかな音を立ててあっという間に前方の気配の前に降り立つと、

越前はその首に鋭く尖らせた爪を突き出します。


「わ…若…?」

「アイツに手を出さないでくれる?」

「わ、わかり、ました…。」


す、と身を引いた若い鬼に、越前はまた小さくため息を吐きました。









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