家へ帰った後、肩の傷と破れた着物を見て酷く心配した母親に

怪我をした者を助けただけだ、と説明しましたが、

母親は念のため、と国光に3日間の外出禁止を言い渡しました。

3日間、国光は元服の準備を進めながら、おそらくもう一度薬を塗っておいた方がいい越前と、

越前を酷く心配していた菊丸を思い出しては清楽山の方角を見つめて過ごしました。

やっと禁止が解けた4日目。

国光は愛馬を清楽山へと走らせました。


「菊丸!」


一刻をかけて辿り着いた清楽山の入り口で国光が大声で呼ぶと、がさがさとした音がだんだん近付き、

同時に嬉しそうな声がやはり近付いてきました。


「手塚っ!!」


間近に来たと国光が感じた瞬間、突然頭上から大きなものが降ってきて支えきれず、

国光はそれと一緒に枯れ葉の中に倒れ込みました。

倒れ込んだ拍子に国光の腰に差された太刀が音を上げ、木の葉が何枚もひらりと舞いました。


「久しぶり〜!!」


国光の上に乗っている菊丸は悪びれもせず、

舞った木の葉を何枚か髪に引っかけたまま嬉しそうに笑っています。

引っかかっている葉を取ってやり、どいてくれ、と国光が肩を叩くと、

菊丸はごめん、と少し照れたように笑って軽い動きで身体を横へずらしました。

菊丸の頬に張られている布が汚れているのを見、国光は新しいものを菊丸へ手渡します。

菊丸は一瞬目を見開いた後、また嬉しそうに笑ってそれを受け取りました。


「その後、傷はどうだ?」

「大丈夫!俺らって、人間より傷治んの早いから。」

「そうか…越前は?」

「手塚のお陰でおチビももうほぼ完治だよ!でも、まだ外出禁止。」


ちょっと怒ったように言う菊丸に、国光は随分心配性なんだな、と思いましたが、

自分の母親を思い出して妥当なのかもしれない、と考えを改めました。


「今日はどうしたの?菊?」

「いや、お前達の様子を見に来ただけだ。越前にもう一度薬を塗っておこうと思ってな。」

「そか。んじゃーおチビん所に一応行ってみよっか?

 多分大丈夫だとは思うんだけど。」


菊丸の言葉に、国光は一度頷きます。

それを確認して、菊丸は国光の真っ正面に回りました。


「初めはちょっと怖いかもしんないけど…

 ちゃんと掴まってれば絶対落とさないから、安心していーかんね!」


ニコーっと笑って差し出された菊丸の両手を掴んで、国光は嫌な予感に背を冷やしました。


「待て。何をする気だ?」

「人間って俺らみたく身軽じゃないっしょ?

 おチビが居るの、ほんっとうに奥の奥だから担いで行こうと思って。」

「…結構だ。」


全く悪意のない顔でそう言った菊丸に、国光は深くため息をついて掴んでいた手を離しました。

例え親切だとしても、明らかに自分より細く見える腕に担がれるというのは、さすがに耐えられません。

少々げんなりとしている国光の顔を覗いて、菊丸は少し困ったように眉を寄せました。


「言っとくけど、俺、間違いなくお前より力あんぞ?」

「……わかっては、いる。」


勿論、妖が人間より力があるのを知っていても、です。


「歩いて付いて来んの?」

「山道には慣れているからな。」


国光の答えを聞き、菊丸はにんまりと笑いました。


「山を甘くみんなよー!!」


その言葉の意味を一刻後、国光は知ることになります。




























「き…菊丸…。」

「お、限界?人間にしちゃもった方じゃん。」


意地悪げに笑う菊丸を恨めしそうに見上げながら、国光は荒く息を繰り返しています。

菊丸は立っていた木の上から飛び降りて、国光の前にトン、と着地しました。


「お疲れ。ちょっと休もっか?」

「…すまないな。」


正午が近いにもかかわらず辺りは薄暗く、見上げても空は隙間から見えるかどうかといったところ。

ここまでの道のりは、獣道どころか完全に未開拓の道なき道を歩いてきたようなものでした。

菊丸ら妖は、いつも木の上を飛んで移動するから当然、とのこと。

いくら山道に慣れているとはいえ、さすがの国光もこのような道は初めての経験です。

『山を甘く見るな。』まさに、その通りでした。

ところが、荒く息を吐く国光の肩を叩く菊丸は、息を乱すどころか汗ひとつかいていません。


「凄いな、お前…というか、妖というものは。」


背を木に預けながら心底感心して呟いた国光の言葉に、菊丸は驚いたように目を見開きました。


「なに、が…?」

「治癒力もそうだが、身体能力が桁違いだ。

 尊敬に値する。」


国光の言葉を聞いて、菊丸は力が抜けたようにヘナヘナと木の葉散らばる地面に座り込みます。

その様子を見て、国光は疑問に首を傾げました。


「どうした、菊…」

「凄いのはお前だよ、手塚!!

 ホンット、お前みたいなヤツ初めて!!」


バフ、と菊丸はそのまま木の葉の中に背中から倒れ込み、その拍子に菊丸の周りの葉が舞いました。

意味を理解出来ない国光は、寝転んでいる菊丸の顔を覗き込みます。

菊丸の表情は、とても嬉しそうな笑顔でした。


「虐げられた事なら腐る程あるけど、真剣に尊敬するヤツなんて、初めてだよ。」

「…そうか?お前らのその能力は尊敬すべきものだと思うが。」

「…あーーーっもうっ!!お前最高!!」


起きあがったと思った瞬間、勢いよく飛びついてきた菊丸を何とか受け止めて、

国光は小さくため息をつきました。

菊丸の過剰とも思える接触は、彼なりの喜びの表し方だとやっと理解したからです。

菊丸の身体を自分から離しながら、国光は自分の腰にある太刀が抜けていない事に安堵しました。


「お前は過剰な接触を取り過ぎだ。太刀が抜けて怪我でもしたらどうする。」

「…それって、俺の事心配してくれてんの?」

「…他に何がある。」


憮然とした面持ちで言った国光の言葉に、菊丸は今度こそ強く、国光に抱き付きました。


「…菊丸…?」


今までとは少し違う菊丸の様子に驚いて国光が声をかけても、

菊丸は暫く抱き付いたまま離れようとしませんでした。

その様子に困惑しながらも、国光は幼い頃母がしてくれたように菊丸の背を何度か軽く叩いてやります。

ふ、と菊丸が息を吐く音が聞こえました。


「充電完了ってねー。」


へへへ、と笑いながら顔を上げた菊丸はいつもの菊丸で、

国光は自分でも気付かぬ内に安堵に小さく息を漏らしました。


「行くか。」

「おう!もうちょっとだから、頑張れよ。」


とんとん、と国光の背を叩いて、菊丸はまた木の上に飛び上がりました。




























「先輩、もういい加減…あれ、お久しぶりッス。」


それから半刻程歩いた場所のとても太い木の上。

越前と菊丸の家だという小屋のようなものはありました。

さすがに自力で上がれる高さにはなく、国光は渋々ながら菊丸に上げてもらいました。

カラリと扉を開けると、不機嫌そうに菊丸を見上げた越前は国光の姿を確認して頭を下げました。

越前の傍らには、ふわふわとした毛を持つ猫が越前の膝にもたれて眠っています。


「元気そうだな、越前。」

「おかげさまで、退屈ッスよ。」


越前の前に座って国光がそう言うと、越前は肩をすくめて傍らにいる猫を撫でました。


「まだダメだぞ、おチビ。手塚に見てもらって問題なければ、だからな。」

「わかってますよ。」

「手塚、頼むな。」


ため息を吐いて越前は国光に足を差し出します。

国光は越前の足に何度か触れ、幾度か足を曲げたり伸ばしたりを繰り返しました。


「痛みは?」

「ないッスよ。」

「嘘吐いちゃダメだぞ!」

「そんな馬鹿じゃないッス。」

「ふむ…ならば問題ないだろう。本当に凄いな、お前らは。」


再度感心したように呟いた国光に、菊丸は嬉しそうに笑い、越前は驚いたように目を見開きました。


「アンタ、ほんっと変な人間だね。」

「だろ?俺の言った通りっしょ?おチビ。」


何の話だろうと首を傾げた国光に、越前はもう一度頭を下げました。


「ありがとうございました。」

「アリガトね、手塚。」

「いや、治って何よりだ。」


そう言って立ち上がった国光を、座っていた菊丸と越前は驚きながら見上げます。


「もう帰んの?」

「あぁ。今から帰らなければ、日の入りに間に合わなくなるからな。」

「俺が担いでくってば。」

「…勘弁してくれ。」


苦々しく顔を歪めた国光に、菊丸は立ち上がりながらまた楽しそうに笑いました。


「んじゃ、送ってくよ。帰り道わかんないだろ?」

「…すまない。」

「うんにゃ。」


国光に返事をした菊丸は、まだ座っている越前を振り返ります。


「…おチビ。出ても良いけど、夕飯までには戻る事。」

「了解ッス。」


ヒラリ、と手を振って、越前は了解の合図をしました。

その頭をわしわしと撫で、嫌そうに見上げる越前を笑い飛ばして菊丸と国光は小屋を出ました。









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充電完了は譲れない…!!