「おチビを放せ!!!人間っっ!!!!!」


少し鼻がかったような鋭い声が国光の背後から響き、

同時に矢のようなものが飛んできて、国光の着物と肩を裂きました。

国光は小さく舌打ちしながら振り向き、収めた太刀をもう一度抜きます。

振り向くと、木の上に弓を構えた、赤茶の髪を持つ亜鬼の少年が立っていました。

おそらく興奮の為でしょう、その目は怪我を負った亜鬼同様金に光り、口からは鋭い八重歯が覗いています。

赤茶髪の亜鬼は木から飛び降り、弓を捨て、持っていた短剣のようなものを国光に振りかざしました。

国光は素早くそれをよけ、太刀を横に振りました。

素早い動きで避けられたものの、赤茶髪の亜鬼の頬の皮膚が裂け、赤い血が頬を伝っています。

微妙な間隔を取ったまま互いに太刀を構え、踏み込む頃合いを見計らっていました。


「先輩ッ!!!!」


赤茶髪の亜鬼が一歩踏み込もうとした時、怪我を負った亜鬼が大きな声を上げました。

国光と赤茶髪の亜鬼は、驚いて彼を振り返ります。


「罠…外して、貰っただけッス。」


怪我を負った亜鬼が国光をかばうようにそう言うと、

赤茶髪の亜鬼は彼に駆け寄って足下に転がる罠を見ました。

その部品の切り口は、当然ですが明らかに太刀で切ったものです。


「これ、お前が!?」


赤茶髪の亜鬼の言葉に一度頷き、国光は太刀を鞘に戻しました。

赤茶髪の亜鬼からはもう戦意を全く感じなかったからです。

国光は怪我を負った亜鬼の前にしゃがみ、着物の肩口を先程破れた場所から裂きました。

それを更に半分に裂き、半分を怪我を負った足と地面の間に敷きます。


「水のある場所を知らないか?」


顔を上げた国光が赤茶髪の亜鬼にそう尋ねると、

赤茶髪の亜鬼は驚いたように目をまん丸に見開きました。


「もしかして…おチビの足、治してくれんの?」

「俺は医者ではない。応急処置だが…しないよりは良いだろう。」

「お前…いい奴だなーーーーー!!!!!」


国光の答えにパッと表情を明るくした赤茶髪の亜鬼は、とても嬉しそうにそう叫んで国光に抱きつきました。

その過剰ともいえる接触に驚きながら、国光は赤茶髪の亜鬼の腕を己の身体から剥がします。


「いいから、水。取ってきてくれないか。」

「もち!任せとけよ!!!」


そう返事するが否や、赤茶髪の亜鬼は目を見張るほどの速さで木々の間を飛び去っていきました。

その軽やかさは、今まで国光が見たどんな達人も遠く及ばない程でした。

しばし国光が呆然としていると、あっという間に赤茶髪の亜鬼が戻ってきました。


「ほい!水だよん!!」

「あ、あぁ…。」


赤茶髪の亜鬼は嬉しそうに微笑みながら、

いつの間に取りに行ったのか、水の入った桶を国光に差し出しました。

国光はそれを戸惑いながら受け取ってもう一度怪我を負った亜鬼に向き直り、

破った残り半分の布を更に裂きました。

その布のひとつを水につけて固く絞り、それで血をふき取ります。

最後に、破られていない着物の袖口から携帯していた薬を取り出して傷口に塗ってやり、

残った布を傷口を保護するように覆って端を結びました。


「…ありがとう、ございます。」

「いや。」


小さく礼を述べた怪我を負った亜鬼に軽く返事を返して、国光は立ち上がりました。


「ありがとな!人間!!…あと、ここ、ごめんな?」


立ち上がった国光の肩にある傷を撫で、赤茶髪の亜鬼は申し訳なさそうにそう言いました。

それに返事をする代わりに、国光は袖口の中から両端が粘着質になった傷を保護する細い布を出し、

それを赤茶髪の亜鬼の右頬にある傷を覆うように貼りました。


「俺こそ、悪かった。あまり深くはないと思うが、一応それをしておいてくれ。」

「これ…?」

「傷を早く治す為のものだ。彼ほど酷くはないから、それで良いと思う。」


出血が止まって少し楽になったのか、

切れ切れだった息が元に戻っている怪我を負った亜鬼を見ながら国光は言いました。

国光の言葉を聞いて、赤茶髪の亜鬼は本当に嬉しそうに微笑みました。


「おチビの事といいこれといい、ホンット、ありがとう!!!

 俺、菊丸。こっちが越前。」


名を名乗って怪我を負った亜鬼…越前と目を合わせ、赤茶髪の亜鬼…菊丸は手を差し出しました。

目を合わせた越前は、少し驚いたように目を見開いています。


「手塚国光だ。」


越前の表情を少し不思議に思いながらその手を握り返して、国光はふと動きを止めました。


「お前達、名、もしくは姓は?」

「人間じゃあるまいし、ないよ。“菊丸”だって、呼ぶのに不便だからって適当に貰った名前だし。」

「そうなのか?」

「うん。俺の“菊丸”ってのは、菊の前で丸まって寝てるのを見つけてもらったからだしね。」


菊丸のその言葉で母からの頼み事を思い出して、国光はこの先にある筈の菊の花を摘む為、

菊丸に疑問を投げかけます。


「あの菊は、お前のものなのか?」

「菊、知ってんの?」


国光の言葉に、菊丸はとても不思議そうに聞き返しました。

菊の花は、本当に道に迷いでもしないと辿り着かない場所に生えているからです。

国光が一度頷くと、菊丸はとても嬉しそうに微笑みました。


「俺のじゃないけど、俺が世話してるよ。お前だったんだ、たまに菊の花を摘んでたのって。

 いっつも必要な分しか取ってかないから、どんな奴かと思ってたんだ。」


納得〜。

と、菊丸は笑います。

そんな菊丸を見て、国光はふ、と頬を緩めました。


「俺は意外だったな。あんな場所にあんなに沢山の菊の花がとても綺麗に咲いているんだ。

 どんな繊細な人物かと思っていた。」

「あ、わかります、それ。」


国光の言葉に、それまで黙っていた越前も、少し笑いながら同意して頷きました。


「うえ!何だよ、二人して酷ぇなぁ…。」


苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめながらも、菊丸は楽しそうに笑いました。


「では、悪いが菊丸。今回は2輪程頂いて帰る。」

「おうよ!丁度時季だし、きれーに咲いてると思うよ!」


嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら菊丸は手を振って、越前は座ったまま一度小さく頭を下げます。

それに軽く手を挙げて答えて、国光は菊の花の咲く場所へと急ぎました。

難なく辿り着き、宣言通り2輪の花を摘んで、国光は自宅へと急いで戻りました。




























「先輩!!いくら助けて貰ったからって…!!」

「あいつは信じても大丈夫だよ。」

「…勘、ですか?」

「うん。」


菊丸の表情を見て、越前は一度小さくため息を付きました。

こんな表情をした時、菊丸は譲る気がないことを短くはない付き合いで知っているからです。


「…まぁ、俺の勘にお前まで巻き込む訳にはいかないかんね。

 あ、そうだ。足、大丈夫か?おチビ。」

「ッス。あの人のお陰で。」

「…でも、何でこんな所にいるんだよ。あれだけ下(しも)に降りるなって言っただろ?」

「ちょっとくらい平気ッス。…先輩は、心配しすぎなんすよ。」

「こんだけ酷い怪我しといて何言ってんだよ!!!暫く外出禁止だかんな!!

 …第一、心配して当然だろ。俺、お前より大事な物なんてない。」

「…すんません。」

「とにかく、無事で良かった。さ、帰るぞ。」


そう言うと、菊丸は足を気遣いながら越前を抱え、木々の間に消えていきました。









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