この世の中の誰も知らない、秘密のおとぎ話。

あなただけに、こっそりお聞かせ致しましょう。




























Fairy Story
   −  序  章  −




























むかしむかし…妖(あやかし)と人間が混在していた頃のお話です。

とある島国の中の小さな国。

その中心にある、領主の大きなお屋敷の中。

辺りを2、3度見回してその姿をとらえると、領主の息子嫁は己の子の名を呼びました。


「国光。」


名を呼ばれた子は振り返って母の前に跪き、頭を下げます。

長く伸ばされた前髪がかすかに揺れ、子のかけていた眼鏡に触れました。


「お呼びでしょうか、母上。」


子の名を手塚国光といい、彼は今、数ヶ月後に迫った元服の議の準備に追われています。


「えぇ。清楽山に菊の花を取りに行ってもらえないかしら?」


清楽山とは、お屋敷より馬を一刻ほど走らせた場所にある、深く広い山の名です。

一般的には庭園で丁寧に丁寧に栽培されないと咲かないとされる菊の花ですが、

誰が世話をしているのか、清楽山のある場所には、とても綺麗にいくつもの菊が咲き乱れているのでした。

その場所を知っているのは普段から山に入るのが好きだった国光だけだったので、

忙しいと知りつつも、母親は彼に用事を頼みました。


「承知しました。では…」

「お待ちなさい。」


袴の裾を翻して国光が山へ向かおうとすると、母親が呼び止めて隣にいた侍女に何事か告げます。

言葉を聞いた侍女が部屋の奥にあった太刀(たち)を持ち、国光に手渡しました。


「太刀をお持ちなさい。妖には、気を付けるのよ。」


母親が少し心配そうにそう言うと、渡された太刀を佩(は)き、国光は一度頷きました。


「勿論です。では行って参ります、母上。」


そう母親に告げると、今度こそ袴を翻し馬小屋の方へ向かいます。

いつものように愛馬を一度撫でその背に乗ると、国光は清楽山へと馬を走らせました。




























「おチビ!!おチビーーーーー!!!!

 何処行ったんだよ、あのバカ…!!!」


赤茶の髪に金の目、鋭い八重歯。

腰で結んでいる紐でやっと止まっている感じのぼろぼろな布を身体に纏っている少年は、

息を激しく切らしながら木から木へと飛び移っていました。

ほぼ開いている上半身は、木の枝の所為で小さな傷がたくさんできています。

表情は必死。少々気の毒に思う位青ざめていました。


「もし、人間にでも会ったりしたら…!!」


小さな舌打ちと共にそう言葉を発して、少年は木の陰へと消えていきました。









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太刀=刀の一種。上に向かって反っている(刃を下にする)もの。
   腰に差す刀は打刀(うちがたな)といい、
   下に向かって反っています。(刃を上にして腰に差す)
   これは室町以降の刀なので、この話の中の刀は全て太刀とお思い下さい。
佩く=刀で言うところの、腰に差す様。太刀の場合は紐でつるしてぶら下げる。
   帯(お)びるとも言います。
国光眼鏡は譲れません…!!