もくもくと雲が空を覆い尽くして

今にも雨の降りそうな俺の心に、

風を与えてくれたのは、他でもない君でした。




























曇りのち晴れ。




























イライラする。

いつものようにラケットを構えながら菊丸英二は表情を曇らせた。

ここ数日、調子が出なくてイライラしている。

今もなお、続行中。


「英二!!」


ダブルスパートナーである大石の声にはっと意識を戻せば

黄色いボールが英二の横をすり抜けた。

練習とはいえ、試合中。

なのに。

イライラしているから集中できなくて。

集中できないから大石とも息が合わずにまたイライラが募る。

最悪の悪循環だった。


「ゴメン、大石。」

「いいや。焦らなくていいからな。」


良くも悪くも英二のことをよく理解しているこのパートナーは、

そう言ってもあまり効果がないことを知っていても、声をかける。

大石には英二がイライラしている原因はわかりきっていた。

ずっとパートナーをしてきたから。

本人が気付くよりも、早く気付いてしまったのだ。

でも、英二自身も気付き始めてるだろうな。

そう考えて、ラケットを一度握り直した。




























結局その日の練習はさんざんで、

英二のイライラもおさまることがなかった。

それでも、響かなかった声。

そこに原因があることに、英二も気付き始めている。


「手塚、大変そうだねぇ。」


部活終了後、いつもはこんな時間まで残らない面々まで残って

何とはなしに話をしていた。

ふと手塚がいるであろう生徒会室の方を見上げて、

英二は呟くように言った。

手塚国光。

それは、ここ数日響かなかった声の主。

この部の部長であると同時に生徒会長でもある彼は、

ここ数日、生徒会の仕事に追われて部の方に顔を出せていない。


「そうだね。

 昼休憩に会ったけど、珍しく疲れたような顔してたし。」


英二の呟きに、隣でグリッドを張り替えていた不二が返事を返した。

その言葉を聞いて、英二は驚いた顔をする。

手塚は無表情が常だったから。


「重傷ー。眉間の皺、三割り増し?」

「5割り増しの確率98%だな。」

「5割!!」


英二と乾の会話に、不二も周りにいた部員達も苦笑していた。

と、


「何だ、まだ残っていたのか?」

「手塚!!そっちは片付いたのか?」


まさに話題の中心人物の登場。

久しぶりに見る手塚の顔色は、あまり良くないように見える。

しかし、久しぶりの部長の登場に部室内が少し活気づいたのを肌で感じた。


「…手、塚。」


そんな中、英二は驚いて呟くように名を呼んだだけだった。

その横顔を見て、大石は苦笑しつつこっそりと英二だけに聞こえるように言った。


「英二、良かったな。」

「へ?にゃにが?」

「手塚。会いたかったんだろう?」


大石の一言は、英二に衝撃を与えた。

俺が、手塚に会いたかった?

よくよく考えると、調子が悪くなったのは

手塚が部に顔を出さなくなってからだ。

それは、否定しない。

いつも怒鳴られているのに、その声がないのは酷く物足りなく思った。

でも、会いたかった…?

悶々と思い悩んでいる英二を見て、大石は少し笑みをこぼす。


「間違ってるとは思わないけど。ずっとパートナーやってるからな。」

「そう…なのかにゃ?」

「そうだよ。でも、俺に言われてそう思い込むのも良くないから、

 よく考えてみると良いよ。」


その言葉を聞いたっきり黙ってしまった英二の肩を2度軽く叩いて、

大石は手塚と話をするべく、立ち上がった。

その間も、英二は悶々と悩み続ける。

そりゃ、手塚が居なきゃ変な感じするし、

居た方が良いに決まってる。けど。

会いたい?

俺が、手塚に?

そんで、会えないからって調子が悪い?

なんだよそりゃ。

調子が悪くなる程俺は手塚に会いたかったって事じゃんか。

それじゃまるで俺が手塚のこと…

そこまで考えて思考が停止した。

まるで、

俺が、

手塚のことを、


好き…?




ガタガタッ




大きな音をたてて椅子から立ち上がった後、

英二は荷物も持たずに部室を飛び出していた。

残された部員達は呆然とその様子を見守っていた。


「エージ先輩、なんか顔真っ赤だったんスけど。」


たまたま真っ正面に座っていた桃城が呆然と呟くように言う。


「大石、君さっきエージに何か言ってなかった?

 もしかして、関係ある?」


それを聞いていち早く意識を戻した不二が大石に問った。

責めているわけでも、疑っているわけでもなく。

ただ、不思議そうに。

問われた大石は少し目線を手塚に移した後、

苦笑と共に答えを返した。


「関係あると思うけど…多分、

 英二にとって良いことだと思うから心配しなくて良いよ。」

「なら良いけどね。」


大石と目が合ってしまった手塚は、少し不思議そうに眉を寄せていた。




























俺が、手塚を好き!?

部室を出て水飲み場で顔を洗いながら

自分で行き着いてしまった考えに、英二は酷く後悔していた。

確かに、手塚はすごくカッコイイ。

外見も勿論だけど、そんなんじゃなくて。

テニスに誰よりも真剣に取り組んでいて、誰よりも強い所。

勉強が出来るのだって、ちゃんと努力しているから。

普段はすごく厳しいけれど、本当はすごく優しいことも知ってる。

真面目で、手のぬき方を知らないから少し不器用なんだとも思う。

だから、もし俺が女子だったりしたら

簡単に惚れちゃってもおかしくないんだけど。

でも、俺は男で、手塚も男で。

そんなの、おかしいだろ?

でも、そう思えば思う程、心臓がうるさくなってる。

自分でわかる程、顔が火照っている。

認めたくないのにも、気付かない振りしているのにも、

気付いているけれど。


「菊丸。」


聞こえるはずのない声が聞こえた。

部内で英二のことを「菊丸」と呼ぶのは一人だけ。

わかってる、そんなこと。

でも、まさか


「菊丸?大丈夫か?」


顔を上げるのを戸惑っていると、心配そうな声が聞こえた。

本当はすごく優しいんだ。

知ってるよ、そんなこと。


「手塚?あぁ、大丈夫だよん!みんな心配してた?」


何でもない振りをして返事を返す。

顔は下を向いて、後ろを向いたまま。


「あぁ。…本当に、どうしたんだ。」


背中にいぶかしげな声が投げられた。

心配している、手塚の声。

でも、顔を上げる勇気がない。

多分…絶対に、今、俺の顔は真っ赤だから。


「なんか暑くってさ、水かぶってるだけだから。」


声が、震えてる。

心臓うるさい。

あぁ、もう、認めるしかないじゃんか。

俺は、

手塚が、


「菊丸。」


声が震えていることに驚いた手塚は英二の名を一度呼ぶと、

グイッと腕を掴んで自分の方を向かせた。

驚いて顔を上げた英二の顔を見て、また少し驚く。


「菊丸?」


英二の心臓はドクリと音をたてて、更にうるさくなった。

ダメだ。

言っちゃダメなのに。

認めた瞬間に、

溢れそうになる。

自分の気付かない内にこんなにも…


「手塚が。」

「俺が?」


好きなんだ。


「手塚が居ないと、寂しい。」

「…菊、丸?」


手塚の戸惑いが手に取るようにわかって、

英二は少し息を吐いてにこりと笑った。


「俺、いっつも怒鳴られてるからさ。

 なんか怒鳴られないとものたんないんだよねー。」


それを聞いた手塚の呆れたようなため息を聞いて、英二は一人安心した。

大丈夫。俺、ちゃんと笑えてる。


「言っておくが、それは褒め言葉じゃないぞ?」

「そう?親愛のシルシっしょ。」


英二はぽんぽんと手塚の肩を叩いて、腕を放してもらう。


「部室、戻ろ!」


そしてかけだした英二の背中を、手塚は少しの間呆然と見つめていた。




























「たっだいま!」


部室に帰ると、いつもの面々が心配そうに英二に駆け寄る。


「エージ先輩、大丈夫ですか?」

「おうよ!ちょっと暑くって顔洗ってただけだし。

 心配性だなぁ、桃は。」


ぽんぽんと桃城の頭を撫でて、英二はいつも通りに笑顔を振りまいていた。

少し遅れて帰ってきた手塚は、あまりのいつも通りさに

眉間の皺を少し増やす。


「手塚。英二、何て?」


そこへ、大石が声をかける。

楽しそうに見えるのは、気のせいだろうか、と頭の端で考えた。


「いや、俺に怒鳴られなくて寂しかったそうだ。」


手塚がそう答えると、大石は今度こそそれは楽しそうに笑いだす。

いぶかしげに手塚が大石を見ていると、フォローするように言った。


「英二らしいと思っただけだよ。

 お疲れさん。生徒会は一段落付いたかい?」


その問いに手塚が一度頷くと、いつの間に近づいていたのか、

英二が手塚に抱き付いた。


「ホント!?お疲れー!!これで明日からまた怒鳴ってもらえるね!!」


明日からまたちゃんと会えることが嬉しくて、

ドキドキなんて気にせずについ、抱き付いた。

まぁ、俺らしくていっか?

英二はそう考えて、にこにこと笑っていた。

そしてそんなはしゃぐ英二を見ながら、手塚は少しため息を付く。


「英二、その言い方はどうかと思うぞ?」

「あにゃ。そう?

 ぁ、そうだ。大石の言うとおりだったよん!!

 さすが、パートナー?」


そう言って、英二はにんまりと笑った。

大石はそれを見てまた楽しそうに笑い出す。


「伊達に長年パートナーしてないさ。」

「おう!黄金コンビだもんな!!」

「なになに?親友の僕にも内緒?エージ。」


二人の会話を横で聞いていた不二が、寂しいなぁと良いながら英二に話しかけた。

視線を不二に移して、また英二はにんまりと笑った。


「いくら不二でも、ちゃんと気付くまで内緒だもんねー!!」


イヒヒ、と二人で笑いあう黄金コンビに、訳がわからないと

不二をはじめ周りは首を傾げるばかりだった。

勿論、抱き付かれたままの手塚も然り。






翌日からの英二のプレイは、いつもにも増して彼らしいモノだった。






真っ青な空に雲を呼んだのも、

雲だらけの空に風を起こしたのも、

また広がった真っ青な空を保てるのも、

他でもない君の所為。

他でもない君のおかげ。




















end.