残された時間は、あと少し。




























カウントダウン。




























朝、目覚める直前に現れた数字は36000。

英二に残された時間は、後10時間。


「おはよ、手塚。」

「おはよう、英二。」


柔らかく微笑んで挨拶を交わす。

どうしてだろうか、ここ数日に比べて嘘のように眠気は襲ってこなかった。

ほぼ眠ることで終えてしまったらどうしよう、と悩んでいたので英二は少し安心する。

そして、後少ししか残っていない時間、どう過ごすか英二は考え始めた。


「手塚。」

「どうした?」


ふと前を見て英二が呼べば、手塚はゆっくりと英二に近寄る。

それに微笑んで、返事を返した。


「手、握って?」


英二が言えば、手塚は両手で柔らかく英二の手を包み込む。

温かい。

英二は目を閉じて手塚の体温を感じた。

…幸せ。


「手塚、お腹すいちゃった。朝ご飯、ヨロシク!!」

「持ってくるから、少し待っていろ。」


にこっと笑って英二が言うと、英二の手を包んでいた手を放して手塚は立ち上がり、台所へと向かった。

その後ろ姿を見送り、英二は決意する。





出来る限りいつもの日常を送ろう、と。





ただ、しておきたいことがあったので、それだけはする事を決めた。

手塚が台所からお粥の入ったお椀を持って戻ってくる。

ゆっくりと起き上がらせてもらって、口を大きく開けた。

まるで鳥の雛のようだと、手塚は苦笑しながらレンゲを英二の口まで持っていく。

流し込まれるお粥が意外と熱くて顔をしかめると、心配そうに手塚が英二を見つめた。


「大丈夫だって。熱かっただけ。」

「そうか…。気を付けろ。」


二口三口と食べて、満腹になったことを手塚に告げる。


「ご馳走様。美味しかったよ、手塚。」

「俺が作ったわけではないがな。」

「それもそっか。でも、美味しかった。アリガト。」


微笑めば、当然のように笑みが返ってきた。


「なぁ、手塚。」


お粥の入っていたお椀を机の上に置いた手塚に、英二は少し挑戦的な目を向ける。


「賭けをしようよ。」


突然告げられた言葉に、手塚は驚いて目を見開いた。

英二はじっと、手塚を見つめている。


「何の、だ?」

「手塚が世界一のテニスプレーヤーになれるかどうか。」


その目線をふっ、と崩して意地の悪い笑みを浮かべると、手塚は少し嫌そうに顔をしかめた。


「なれないと?」

「どうだろうね?もし世界一のプレーヤーになったら、手塚の勝ち。

 なれなかったら、俺の勝ち。」

「随分と俺に失礼な賭けだな。」


苦笑いを浮かべる手塚に、英二は楽しそうな笑みを返す。


「手塚が勝ったら、俺の宝物をお前にやるよ。」

「お前が勝ったら?」

「俺が勝ったら、手塚の宝物を奪う!!」

「それは困る。」


くっくっと笑う手塚を見ながら、英二もくすくすと笑った。


「しっかり負けてくれよ?」

「誰が。」


もう一度、笑いあう。

そうしている内に、不二と大石が訪ねてきた。


「おはよう。英二、手塚。」

「少しは調子良さそうだね。」

「おはよー、二人とも。朝早くからご苦労さーん。」


英二がにっこりと笑うと、当然のように笑みが返って来る。

用意してある椅子に二人が座り、いくつか談笑を交わした後、

一昨日と同じようにお茶を入れるために手塚が部屋を出ると、

一昨日と同じように大石も手塚を追って部屋を出た。

但し、大石の手には先程英二が使い終わったお椀が握られている。

そして、

一昨日と同じように部屋に残された二人。

顔を見合わせてくすくすと笑いあった。


「なぁ、不二。俺の頼み事、聞いてくんないかな?」


暫く笑った後英二がそう話しかけると、少し驚いた後に微笑を浮かべて不二は頷く。


「勿論だよ。何?」

「手塚には絶対内緒にしておいて欲しいんだけど。この前みたいにバラしちゃ駄目だかんな?」


この前…とは、間違いなく病をバラしたときのことだろう。


「わかってるって。で、何?」


くすくすと笑いながら不二が了承したのを見て、英二は用件を切り出した。


「手塚に、手紙を書いて欲しいんだ。」


言葉を聞いた瞬間、不二の笑みが固まる。

そしてじっと英二を見つめ、息を吐くと少し困ったように苦笑を浮かべた。


「ラブレター?」

「うーん…そんなトコかな?」


首を傾げながら英二が言うと、不二はじゃぁ帰ってこない内に…と、

下書きをするためにルーズリーフと筆記用具を英二のベッドの机に広げる。


「手塚国光様。」

「手塚国光様…ね。」


暫く英二の声とシャーペンが字を紡ぐ音だけが部屋に響いた。


「菊丸英二より。」

「菊丸英二より…と。じゃぁ、これを渡せば良いんだね?」


最後まで言い終えて、少し疲れた様子で英二は微笑む。


「ん。我が侭聞いてくれてアリガト、不二。」


不二は内容について、深く聞かなかった。

だから、英二も内容以外は何も言わなかった。

英二の言葉を聞き、不二は呆れたように一度ため息を付いて英二の頭を一度小突く。

驚いて英二が不二を見上げると、不二はいつもの微笑を浮かべていた。


「何言ってるの。親友でしょ?」

「…おうよ。」


返事を返して英二がにまーっと笑うと、不二までもにまーっと笑って返す。

バレないように…と、不二はさっさとルーズリーフと筆記用具を鞄にしまった。

丁度良いタイミングで、大石と手塚が戻ってくる。

英二と不二は顔を見合わせて、もう一度にまーっと笑った。


「何だ、今度は内緒話か?」


苦笑して大石が言うと、英二は違うよと返事を返す。


「題して、プロジェクトL!!」

「何?それ。」


楽しそうに笑う二人の横で、手塚と大石はわけがわからず顔を見合わせた。




























いつものように進んでいく時間。

カウントダウンは着実に行われてゆく。

英二の母親が一緒にどうぞ、と昼食を誘ったとき。

18000。

おやつにと大石が英二に林檎をすってくれたとき。

7200。

話が盛り上がって大笑いした瞬間。

5400。




























いつものように4人で色々な話をして、気付けば手塚がテニスに出かける時間。

茜色に染まった部屋の中、いつものように手塚はテニスバッグを担ぐ。


「…それでは、行って来る。」

「うん、行ってらっしゃい。手塚。」


英二は微笑んでそう言った。





300。





「英二の代わりにボクらが見送りに行ってあげるよ。」

「そうだな、たまには。」


楽しそうに言う不二と大石に、手塚は少し微妙な表情をする。

英二はそのやり取りを見ながら、


「大石と不二、手塚をヨロシクー!!」


と、楽しそうに笑ってそう言った。

まだ少し名残惜しそうな手塚の背中を不二が押して、廊下に出る。

大石も一緒に出て3人で話しながら廊下を歩いた。





240。





玄関まで付くと靴を履き、手塚は振り返る。


「すまないが、暫く英二を頼む。」

「気にするな。…何かあったら、すぐに連絡する。」

「…頼む。」


感情を押し殺したような眼差しで告げられた言葉に、大石と不二は息を呑んだ。

手塚のこんな眼差しを見るのは、酷く久しぶりだ。

昔は見られていたものの、英二の側にいる今ではそんな表情をする必要がない。

だからこそ、大石だけでなく、不二までも大きく頷く。


「勿論だよ、手塚。」





180。




それじゃぁ、と手塚は玄関に向き直ってドアノブに手を伸ばした。

その瞬間


バチッ


静電気が起きたのだろう。

手塚の手がドアノブに触れた途端、ドアノブは拒否反応を起こして火花を散らす。

常ならば、そんなこと大して気にはしない。

しかし、静電気が起きると同時に手塚の背筋にぞ、と静電気とは全く違う、

寒気にも似た感覚が起こった。

手塚は、呆然と手元を見つめる。

嫌な予感がする。


「手塚?」

「どうした?」


いつになっても出て行こうとしない手塚に、不二と大石は声をかけた。

ドアに向き合っていた手塚は、不二と大石を振り返る。





120。





「英二っ!!!」


手塚は靴を乱暴に脱ぎ、荷物も投げるように下ろして歩いてきた廊下を駆け戻った。



『大石と不二、手塚をヨロシクー!!』





嫌な予感が、するんだ。












英二の命が消えるまで、あと…120秒。









続く→