眠りについた瞬間が、何よりも怖いと思う。




























カウントダウン。




























翌朝うとうとと英二が目を覚ますと、隣には昨日貰った金メダル。

ふと辺りを見回せば手塚と目が合った。


「おはよう、英二。」

「…うん、はよー。」


いつもなら笑顔で挨拶を返すにも関わらず、英二の目は未だにはっきりと開ききれていない。

うとうとうと…。

過ごす時間と比例するように、英二の睡眠時間も増えていた。

まるで、体力の限界が近づいていることを示すように。


「ゴメン、手塚…俺、まだ眠い…。」


うとうとうと…。

目を開けるか閉じるかの境目で英二は何とかそれだけを告げる。


「あぁ。9時になったら起こすぞ。ちゃんと朝食を食べて薬を飲まなければ。」

「うん…おや…すみ…。」


うとうと…。

暫くすると、外で鳴いているすずめの鳴き声が聞こえるほどに静かになった。

ベッドから少し離れた場所にある椅子に座っていた手塚は、

ゆっくりと立ち上がって英二の側に歩いていく。

そして英二の顔の前に手をかざし、暫くして手を戻した。


「…っ、はぁ…。」


もとの位置に戻り、大きく息を吐く。

少しだけ、かざした手が震えていた。

英二が眠るたび繰り返す。

息の、確認。


「おはよう、手塚君。」

「おはようございます。」


部屋の入り口から顔を覗かせた英二の母に、手塚は一度頭を下げた。


「朝食、持ってきたわ。」

「ありがとうございます。わざわざすみません。」


渡された朝食を受け取って、もう一度頭を下げる。

手塚は英二が自分で食事をとれなくなってから、こうして部屋で食事をしていた。

1秒でも長く、英二の側にいるため。

もしもの時は、少しでも早く気付いてやるため。

そんな様子の手塚に、少し心配そうに英二の母親が声をかける。


「大変よね…手塚君の身体は大丈夫?」

「えぇ、大丈夫です。ご心配していただき、ありがとうございます。」

「それなら良いけど…。

 …手塚君、頑張ってプロになってね。」


一度言葉を切って柔らかく微笑み告げられた言葉に、手塚は微笑んで頷いた。




























朝食を食べるために一度起きた英二は、昼過ぎまでは起きていたがまたゆっくりと眠りについた。


「ゴメン…不二と、大石が来たら、起こして…。」


そう言ってから睡眠の波に飲まれていく。

手塚はまた近づいて、呼吸の確認をする。

眠るように行ってしまいそうで、怖い。

まだ日はあるといっても、いつ行ってしまうかわからない状態。

宣告された1ヶ月まで、片手で足りる日数。


「英二…。」


何度もここから逃げ出したいと思った。

何度も全て夢ならばと思った。

それでも目の前で微笑む英二を見て、これは現実だと、ここにいたいと思い直した。

ゆっくりと顔を上げて手塚は椅子に戻り、読みかけだった本の続きを読み始める。


ピンポーン。


本を200ページほど読み進めた頃にドアベルが鳴った。

ふと時計を見るとそろそろテニスに出かける時間。

本を閉じて椅子の上に置いて立ち上がる。

部屋を出て玄関の戸を開けると、ほんのりと茜色に染まった景色の中

いつものように笑みを浮かべた不二と大石が立っていた。


「や、手塚。」

「お邪魔するよ。」

「あぁ、よく来た。」


招き入れて少し話ながら廊下を歩く。

部屋に入ると、眠る英二を見て不二が息を呑んだ。


「寝て…るんだよね。」

「あぁ。」


恐る恐る聞いてきた不二に、短く肯定の意を示す。

黙れば呼吸をする音が規則的に聞こえてきた。

それでも、確認せずにはいられない。

息を手に当てるという行為で自分の目の前にいる存在が生きているということを確認したい。

手塚は英二のベッドに近付いてもう一度呼吸を確認した後、


「英二、起きろ。」


約束した通りに英二を起こすため、英二の肩を軽く叩いた。




























幸せな幸せな、夢を見た。

手塚は大きな緑色の舞台に立っていて、俺はその後ろで手塚を見守っている。


「ゲームセット!!ウォンバイ手塚!!6−3!!」


わっと何千何万っていう歓声が沸き上がって、手塚は相手と握手をして俺の方を振り返った。

俺はしっかりと動く足で手塚に駆け寄る。


「手塚ぁっ!!オメデトーーーっっ!!!!!」


強い力で飛びつくように抱きつけば、柔らかく俺の髪を撫でて手塚は微笑んだ。


「ありがとう、英二。」


テニスラケットを持ったまま俺の背に腕をまわす。

強く強く抱きしめられて痛いよって抗議すれば、手塚は腕の力を緩めてまた微笑んだ。


「あれ…?」


眩しい日射しにふと太陽を見上げれば、172800という数字がパッと浮かんで消える。

何だろう…?

そう思っていると、頭の奥で手塚の声が響いた。











英二の命が消えるまで、あと…?









続く→