その言葉を心から嬉しいと思うのはきっと、

不確かなそれを確かにしたいと望んでくれている事を知っているから。




























カウントダウン。




























やかんに水を入れてコンロに置き、火を付けた。

そんな手塚を見て、大石は手塚に指定された食器を出しながら笑みを浮かべる。

数年前までは想像することすら困難だった情景が、今や現実として目の前で繰り広げられている。

手塚が台所にいるという事。


「何だ?」


大石の視線に気付いて、手塚は不思議そうに振り返った。


「いいや、手塚も変わったなぁと思ってな。」

「…そうでもない。」

「本質的にはな。でも表面に出すようになったんだから、随分と違って見えるよ。」

「そういうモノだろうか…。」


楽しそうに笑みを浮かべて言う大石に、手塚はバツが悪そうに顔をしかめている。

それでも、表情はどこか軟らかい。

手塚の言葉に頷きを返して、大石は湯飲みを机に置いた。


「…テニスは?こっちに戻ってきてから全然やっていないのか?」


ふと思い出して大石が聞くと、手塚は左右に首を振る。


「ここ一週間くらいは毎日2時間ほどしている。」


その答えに、大石は少し驚いた。

何時いなくなるとも知れない英二を放ってテニスをするほど

手塚が薄情なヤツじゃないことはわかりきったことだったからだ。


「え…その間、英二は?」

「ご家族にお願いしている。

 …英二が、練習しないのならあちらへ帰すと言い張ってな。」


手塚がそう言って浮かべた笑みは苦々しいモノ。

渋々了承しているのは火を見るよりも明らかだった。

成る程、と大石は笑みを浮かべる。


「英二らしいな。」

「まったくだ。」


同意を返しながら、手塚は一度深くため息を付いた。

ため息を付き、苦笑いを浮かべながらも瞳の奥では酷く優しい目をしている手塚を見て、

大石はやっぱり変わったよ。と思って微笑む。

ため息とほぼ同時に湯気を上げだしたやかんの火を止めて、手塚は茶葉の入った急須にお湯を注いだ。




























インターハイのことを聞かせて?と言った英二の言葉に応えて、不二は試合のことを色々と話して聞かせた。

英二は楽しそうに聞いている。

決勝の話まで済んで、不二は英二を見つめた。


「ねぇ、英二。幸せ?」


その問いに、英二はこれ以上もないほどに微笑んで答える。


「あったり前じゃん!!」

「そう。」


その微笑みに応えるように不二も笑みを浮かべた。

にぃっと笑って、英二は続ける。


「モチ。だって、ラブラブですっげぇ優しい彼氏が側にいるし、

 大好きな親友はこうやって会いに来てくれるし?

 俺って世界一の幸せ者じゃん!って思うよ。」


その英二の言葉に、嘘など露ほどにもなかった。

不二はもう一度微笑むと、英二をぎゅっと抱きしめた。


「不二?」

「ボクも。英二が大好きだよ。」


不二のさらさらとした髪が鼻先をくすぐる。

英二はさっきよりもずっと嬉しくなって不二の後ろ髪を見、静かに目を閉じた。


「俺の方が、不二のこと大好きだかんな?」

「何言っているの、ボクの方が好きなんだから。」

「俺の方が好きなの!」

「ボクだってば!!」

「にゃにをー!?俺だってば!!」

「ボクだって言ってるでしょう?」


お互いが好きだという言い合いは、お互いに笑いながら続く。

いつ終わるかわからない言い合いを続けていると突然不二の温もりとさらさらの髪が離れていって、

代わりにいつもの温かい手が英二の身体を支えた。


「手塚?」


目を開けて見上げれば、困ったように笑っている手塚の顔。

ヤキモチを妬いてる証拠。


「男の嫉妬は醜いよ?手塚。」

「…悪かったな。」


からかうように不二が言えば、手塚は少し顔をしかめる。

それでも、否定はしないし英二の身体を支える手も離さない。

手塚と不二の後ろでお茶の入った湯飲みを乗せたお盆を持ったまま、大石が楽しそうに笑っていた。


「手塚ってばヤキモチ妬きだなー。俺が不二大好きなのは前からじゃん?」


楽しそうに英二が言えば手塚は英二に向き直り、一度頭を小突く。


「それでも、目の前で抱き合って好きだの何だの言い合っていれば気分も悪くなる。」

「何言ってんだよ。俺と不二は親友なんだから当然だろ?な、不二ー。」

「勿論。」


英二が言った言葉に当然のように笑顔で乗ってきた不二を、手塚はとても嫌そうに見ていた。


「ほらほら、そこまでにしないか。」


いつまでも続きそうなこの場を収めるようにそう言って、

大石はお盆に乗せたお茶を英二の前にある机の上に置く。


「アリガト、大石!!手塚手塚っ。」


大石に礼を言って手塚を呼ぶと、手塚は一度振り返り納得したように頷いた。


「少し熱いが…。」

「大丈夫!!」


手塚は答えを確認すると、湯飲みを持ち上げて英二の腰を支えたまま口元まで持っていく。

幾分か口に入ったのを確認して手塚が湯飲みを離すと、英二はコクリと喉を鳴らしてお茶を飲んだ。


「君たち…いつもそうやってるわけ?」

「あぁ…そうだが。」

「冷たいモノの時も?」

「?うん。」


至極当たり前のように返された言葉に、不二は小さくため息を付く。

英二の状況を考えれば当然かもしれないが…暖かいモノならともかく、冷たいモノならストローを使うなりなんなり方法はある。

そして、端から見ればバカップル以外の何でもないことに、おそらく二人は気付いていないのだ。


「ご馳走様。」


肩をすくめて不二がそう言えば大石は苦笑をし、手塚と英二は不思議そうに首を傾げていた。




























「じゃぁ、俺達はそろそろ帰るよ。」

「お邪魔しました。」


英二を車椅子に乗せて、玄関先まで二人を見送りに出た。


「英二、今度一緒に河村寿司に行こうね。タカさんに会いに。」

「その時はどうせだからみんなで集まろうか。何とか越前も呼んでな。」


楽しそうに言う大石と不二に、英二は頷くことが出来ず笑顔を向ける。

そんな英二を見透かしたように、大石と不二は一回ずつ英二の髪を撫でた。


「それじゃぁ、手塚、英二。また明日。」

「またね、英二。ついでに手塚。」


『また明日。』

『またね。』


「っ、うんっ、また明日ね!!」

「あぁ。また明日。」


英二が言うのを戸惑う言葉を二人があえて口にするのは、

そうなって欲しいと切実に願っているから。

また明日が、訪れると良い。

ゆっくりと遠ざかっていく大石と不二の後ろ姿を見ながら、英二は側におろされた手塚の手に触れた。

手塚も二人の後ろ姿を見つめたまま、英二の手を強く握る。

二人は手をつないだまま、親友の影が見えなくなっても真っ正面を見つめ続けていた。










英二の命が消えるまで、あと約5日。









続く→