溢れたのはきっと、奥底にしまっておいた、罪悪感。




























カウントダウン。




























「手塚、好きだよ。」

「英二…?」


ベッドに入って手をつないで、眠ろうと電気を消したときに呟かれた言葉。


「好きだよ、手塚。」

「どうしたんだ、英二。」


嫌いにならないで。

離れていかないで。

側にいてよ。

こっちをずっと見て。

抱きしめて。

キスをして…


「抱いてよ、手塚。」

「英二!?」


驚いて起き上がり、手塚は英二の顔を見下ろす。

月明かりに照らされた英二は目を閉じていた。

身体をがたがたと震わせながら、目を閉じて涙を流していた。


「お願い…俺を抱いてよ、手塚…!!!」


いっそのこと、壊して欲しかった。

大好きな人を縛っている自分ごと。

手塚から何よりも大事なテニスを奪っている、自分ごと。

それでも、手塚の手を煩わせようとしているのは英二のエゴだ。

震え続ける身体を、一度抱きしめられた。


「英二、お前にはもうそんな体力は残っていないんだ。」


手塚が言い聞かせるように言っても、英二は首を左右に振る。

涙を流したまま、手塚の寝着を引き寄せて唇を重ねた。

ゆっくりと唇を舌で舐めて、何度も何度も口付ける。

そんな英二の行為に、手塚は身体の熱が上がるのを感じた。

ただでさえ、離れていたときはずっと肌を重ねることはなかった。

実際、もう2年半程経つのだ。

理性が崩れる前に、手塚は少し無理矢理に英二を引き剥がした。


「英二!!」


手塚の怒ったような声に、英二の肩がびくりと震える。


「頼むから…やめてくれ…。」


それは、懇願に近かった。

大切な恋人を目の前に、そんな風に言われて、キスをされて、

理性を保てるほど手塚は大人ではない。

英二を壊したくないからこそ、手塚はこれ以上は無理だと思った。

しかし、英二はもう一度首を振って手塚を見上げる。


「抱いて…?」


月明かりの中水分を含んでゆらゆらと揺れる英二の瞳を見て、手塚の中で枷の外れる音が響いた。

押しつけるように英二の手を握って覆い被さり、噛みつくようにキスをする。


「んんっ…!!」


いつもならまわす腕は、力が入らなくて手塚に握ってもらったまま。


「っ…」


舌を絡めて、口の中を愛撫する。

好きで好きで好きで好きで好きで好きで仕方ない、恋人。


「ふぁ…っ。」


一生懸命に舌を絡めてくるのが愛おしい。

何度も何度も深く唇を重ね、何度も何度も好きだと思った。

でも、これ以上は本当にマズイのだ。


「英二…。」


少し熱の残った目で英二を見つめて、軽く唇にキスをする。

終わりの合図のように。

それに気付いた英二の少し潤んだ目が手塚を見上げた。


「アリガト…。」


わかってた。

手塚は優しいから、ギリギリの所で止めるって事は。

それなのに試すようなことを言うのは酷く失礼な行為だと思う。

それでも、抱いて欲しかった。

壊して欲しかった。

だけど、止まってくれたことも、嬉しかった。

英二は柔らかく笑う。

極力体重をかけないように覆い被さっていた身体を横にずらし、手塚は強く握っていた手を外した。

その外した手で、髪を撫でる。


「すまない…。」


手塚は一度謝って、英二の頬に軽くキスをした。

英二は一瞬驚いた後、ふにゃりと涙目で笑って首を左右に振る。


「うぅん…ゴメンね。愛してるよ、手塚。」


今までで一番柔らかい、キスをした。





























それから6日。

英二と手塚はゆっくりと時折散歩をしたりしながら過ごしていた。

ただ変わったのは、英二が手塚にテニスをさせていること。

散歩の際には、必ずテニスコートがある場所に向かった。

そこで手塚がテニスをするのを見て、一緒に帰る。

散歩をしない日も2時間は必ず手塚一人でテニスコートへ向かわせた。

その間、英二の世話は家族に任せて。


「何を言っているんだ。お前の側にいなければ、俺はここにいる意味がない。」


そう言った手塚の言葉を、英二はにっこりと笑って否定する。


「プロになりたいなら、一日でも練習をサボっちゃ駄目だろ。」

「しかし…。」

「もし練習しないなら強制的にあっちに帰すよ。

 お前はプロになるんだ。そうだろ?」


そう言って、英二は譲ろうとしなかった。

最終的に手塚が折れる形で2時間だけ…と、心配そうに出かける。

そんな日々が続いていた。


「ほら、こぼすなよ。」


手塚は英二の腰を支えながら口元へお粥をすくったレンゲを持っていく。

大きく開けられた英二の口の中へお粥を入れてやった。

英二の身体は悪化の一途を辿っていた。

今では食事はおろか、手足を動かすことなど殆ど出来ない。

起き上がるのですら、精一杯。

ギリギリ食べられるお粥やすった果物ですら、何度かに一回は吐く。

そんな日は病院へ点滴をうってもらいに行った。

英二は殆ど液状と化したお粥を何度か噛んで、こくりと飲み込む。

手塚が口元を拭ってやれば、英二はくすぐったそうにされるがままになっていた。


「ご馳走様、手塚。」


にっこりと笑って軽く頭を下げる。

手塚は笑って頭に一度手を置き、食器を片付けにキッチンへ足を向けた。

程なくして、手塚は戻ってくる。

その時、


ピンポーン。


「英二ー!不二君と大石君よー!!」


玄関チャイムが鳴って暫くして、不二と大石が顔を出した。

住所は教えてあったけれど、二人がここに来るのは初めてだ。

なぜなら…


「インターハイ優勝おめでと、二人とも!!」

「ありがとう、英二。」


英二の上げた声に、不二と大石は嬉しそうに微笑む。

昨日までインターハイで他県に行っていたのだ。


「これ、みんなからお前に。」


嬉しそうに微笑んでいた英二に、大石が何かを鞄から出して差し出した。

差し出されたのは手作りの金メダル。

ど真ん中に『菊丸英二殿』と、汚い字で書いてあった。

参加できなかった英二への部のみんなからの贈り物。


「うわ、これ、俺に!?ありがとーーー!!!」


そう言いつつ受け取ろうとしない英二に大石と不二が首を傾げていると、

英二の代わりに手塚が受け取ってベッド中程に設置してある机の上に置く。

置かれたメダルに手が届くよう、机を引き寄せて英二の手を机の上に乗せた。

英二は嬉しそうにぺたぺたとメダルを触って微笑む。

掴むことは、しない。


「大石、不二。みんなにありがとうって言っておいてね!!」

「え、あぁ。」

「…英二?腕…。」


不二が目を丸くして英二の腕を見て問うた。

それを見て、英二はそうかと思い当たる。


「うん。もう動かないよ。こうやってちょっと動かせるくらい。」

「そう…。」


不二はそう言ってゆっくりと英二の髪を撫でた。

手塚は英二の手を机から下ろして机をもとの場所に戻す。

メダルは英二の隣に置いた。


「お茶でも入れてこよう。」

「あ、俺も手伝うよ。手塚。」


そう言って部屋を出ていった手塚を追いかけて、大石も部屋を出ていった。









英二の命が消えるまで、あと約5日。









続く→