黄色いボールが目の前を行っては戻り、行っては戻る。

そこは、俺と手塚が出会った場所。




























カウントダウン。




























「見て見て手塚!!懐かしー!!!」


高校を去って、隣にある中学へと車椅子を向ける。

学校はないが部活はあるので、行き交う生徒達が明らかに部外者な手塚と英二を不思議そうに見ていた。

そして、テニスコートの前に行き着く。

中学3年間の主要な思い出は、ここにある。

何気ない日常も、突然の出来事も、全部。


「あぁ…まだ3年も経っていないのにな…。」


現在の部員達が黄色い玉を必死で追いかける。

それは、中学の頃の自分達と一緒。

ここで出会い、ここで恋をして、ここで共に過ごした。


「菊丸に手塚じゃないか!!どうしたんだい?」


ぼうっとテニスコートを眺めていた二人にかけられた声。

それは中学時代の顧問、竜崎スミレのものだった。


「お久しぶりです、竜崎先生。」

「スミレちゃんだ!!久しぶりーー!!」

「久しぶりだね。それにしても、菊丸はどうかしたのかい?」


やせ細った身体で車椅子に座る英二を見て、竜崎は顔をしかめる。

それを見て、英二と手塚は苦笑を返した。


「俺、後ちょっとしか生きらんなくって。不治の病ってヤツ?」


その言葉を聞いた竜崎は、ゆっくりと目を見開く。


「スミレちゃんにはいっぱい世話になったし中学ん時すっごく楽しかったから…

 挨拶、しに来ました!!」

「菊、丸…。」

「いろいろ、有り難うございました!!」


そう言って英二は一度、頭を下げた。

顔を上げるときにグラリとバランスを崩して落ちそうになった英二の身体を、手塚が支える。


「そう、かい…後ちょっととは…どれくらいだい…?」

「あと、2週間くらいです。」

「手塚はなぜ…菊丸と一緒にここに…?」

「俺は英二の側にいてやりたかったので、長期の休みを取りました。」


英二の身体を抱き起こしながら、手塚が答えた。

手塚の答えの内容と、『英二』という呼び方に竜崎はもう一度驚いて目を見開く。

そして、柔らかく微笑んだ手塚の表情にも。


「手塚…。」

「英二は大切な、人なので。」


迷いなど何もないように言いきった手塚の言葉に、竜崎は少しだけ笑みを浮かべた。

正反対であるはずなのに、なんだかとてもしっくりとくるのがとてもおかしかった。


「そうかい。ところで、どうせなら少し見ていかないかい?

 お前達の直接の後輩はいないが、今の3年なんかは特にお前達が憧れみたいだよ。」


くっくっと笑いながら竜崎は言う。

手塚と英二は顔を見合わせて、一度、頷いた。


あの時のように、竜崎がコートに入ってくると部員達が集まってくる。

その後に入ってきた手塚と英二を見て、部員達は少し驚いたように目を見開いた。


「今日は特別コーチを迎えたよ!!知ってるかい?」


楽しそうに笑いながら竜崎が言うと、

その隣に立っていた現在の部長らしき少年が驚きを隠せない様子で呟くように二人の名を呼ぶ。


「手塚先輩に菊丸先輩…!!!!」


よく知っていたね、と竜崎が言うと、顔を見ただけではわからなかったらしい他の部員達も、

興奮したようにわっと声を上げた。


「手塚先輩って中学卒業前にテニス留学したっていう、あの手塚先輩ですよね!?」

「菊丸先輩って、黄金ペアの人ですよね!?俺、去年のインターハイ見ました!!!!」


とかとか。

本当に知っている者がいたのかと、二人は苦笑する。

なぜ車椅子に座っているのかと聞かれれば、英二は「内緒。」と言って笑った。

そして、当然のように手塚にかかる声。


「手塚先輩、試合して下さい!!」


菊丸と違って中学卒業を待たずに留学した手塚がどのくらい強いのか、

彼らは実際に見たわけではないので知らないのだろう。

その実力が見たいという興味と、試合をしてみたいという闘争心にきらきらと光る目が手塚を見つめる。

困ったように顔をしかめた手塚に、英二は楽しそうに声をかけた。


「いいじゃんいいじゃん!暫くテニス出来てなかったんだし、してあげれば?

 どうせだから、零式ドロップとか必殺技使いまくってさ!!

 あ、俺のことなら気にしなくて良いよ?見てんのも好きだし。」


にっと笑って英二は手塚を促す。

手塚は一度ため息を付いて、竜崎に手渡されたラケットを右手で握った。




























「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ。手塚サービスプレイ!!」


パァァンッ


審判の声を合図に手塚の打ったボールは、綺麗な直線を描いて相手の股を抜ける。

ワッと、驚きと興奮の入り交じった歓声が上がった。


「15ー0!!」


周囲の興奮も覚めやまぬ内にまた垂直にボールをあげて、打つ。

乾いた音が響いて、今度は左端のライン上に黄色いボールが跡を残して跳ね上がった。

予想以上のスピードに、対戦相手となった少年は少し呆然とした後、じ、と睨むような目を手塚に向ける。

その目線に、手塚は見覚えがあった。

負けず嫌いな中学時代のチームメイト達。

越前をはじめとする留学先のチームメイト達。

そして、集中したときの英二。


「30−0っ!」


審判の声が響く。

手塚はもう一度あげたボールを、今度はスピードはそのままに右の取れる位置に打った。

ギリギリのタイミングで駆け寄った少年が乾いた音を出して打ち返す。

手塚は少し前に出て軽くボールをすくうように打った。

ネットギリギリに落ちるボールに必死に駆け寄るが、少年は後少しというところで届かない。

ゆっくりと落ちたボールを見ながら、悔しそうに歯を食いしばっていた。


「40−0!!」


周囲の音など聞こえない。

またゆっくりとボールをあげ、ラケットを振り下ろす。

ラケットが乾いた音を出してボールを弾き飛ばした。

ボールは左端の白線上に、迷いもせず跡を残す。

少年は届かなかった。

それでも、必死に追ってくる。


「ゲーム手塚!!1−0!!」


それは、この数日間忘れかけていた感覚。

少年はボールを高くあげ、ラケットを勢い良く振り下ろした。

少し力が足りないながらも、しっかりと直線を描き、手塚の数メートル前で一度跳ねる。

跳ねたボールをネットすれすれの高さに打ち返し、ゆっくりと落とした。

ギリギリに追いついた少年はガットに当ててしまい、ボールを打ち上げる。

そこを狙ったかのように、手塚はラケットを振り下ろす。

スマッシュ。

強く地面に弾かれたボールはカシャンと音を出して少年の後ろのフェンスに当たって落ちた。

それは、テニスをするという、感覚。

気付けば手塚は笑みを浮かべていた。


「手塚…。」


それまで真剣に試合を見ていた英二の頬には、ゆっくりと涙が伝う。

どれほどに手塚がテニスが好きなのか、確認したように。

ごし、と腕で涙を拭って、また手塚の試合をじっと見ていた。


「ゲームセット!!ウォンバイ手塚っ!!6−0っっ!!!!」


ワァァァァァッッ!!!!

歓声を上げながら手塚に駆け寄ってくる少年達の向こうに、車椅子に座って柔らかく微笑んでいる英二が見えた。









英二の命が消えるまで、あと約11日。









続く→