その夜、手塚はずっと手を握って寝てくれた。

本当は、拘束しないためにそうしない方がいいんだが。って言いながら。

俺の好きな人が、この人で良かった。

手塚が、好きで好きで仕方ないよ。

俺は手塚に気付かれないように、幸せすぎて涙を流した。




























カウントダウン。




























「おはよう、手塚君。」

「おはようございます。」


朝、英二より早く起きて着替えた後顔を洗っていると、英二の一番上の姉が顔を出した。


「今日は、どうするの?」

「気分転換に散歩でも行こうと思っています。」


勿論英二の気分転換に、だ。


「車椅子を押して?」

「えぇ。それなら英二の負担もあまりありませんし、外の空気を吸えますから。

 帽子をちゃんとかぶらせた上であまり遠くには行きませんが。」


英二の体調を考慮した上で手塚がそう言うと、英二の姉は嬉しそうに笑う。


「ふふ。愛されてるのね、英二。」

「俺が出来ることは、何でもしてやりたいんです。」

「あれ、手塚ー?」

「英二が呼んでるわよ?」

「えぇ。行って参ります。」

「頼むわね。」


立ち去る手塚の後ろ姿を見ながら、少し潤んだ目を細めて彼女は微笑んだ。




























「おはよう、英二。起きたか。」

「おはっ!つか、隣にいろよな。驚くじゃん。」

「あぁ、すまない。」


朝からテンションの高い英二に苦笑を漏らしながら、手塚は英二の服を脱がす。

それから、今日は散歩に行こうと思っていることを話した上で、

近くで行きたいところはあるかと聞いた。


「青学。高校の方でも良いんだけど…出来れば中学の方。」


英二の答えは一つ。

青学のテニスコートだった。

英二と手塚が、出会った場所。


「わかった。」


少し複雑な気分で、手塚は了承をした。

英二をお気に入りの服に着替えさせて、帽子をかぶせる。


「うにゃ!?」

「朝食を食べて、顔を洗ったら出かけよう。」

「おう!!」


満面の笑みを浮かべて返事をする英二の髪を撫で、朝食を取るために車椅子に英二を移す。


「なぁ、重いっしょ?ゴメンな。」


抱き上げると申し訳なさそうに英二が言うので、座らせた後、頭を小突いた。


「やせ細ったお前の体重くらい、なんてことない。

 寧ろ軽すぎるくらいだな。」

「う…軽すぎるっつーのもなぁ。」


微妙な顔をして英二が首をひねっていると、

英二の母が顔をのぞかせた。


「手塚君、朝は和食の方が良いかしら?」

「あぁ、どうぞお気遣いなく。どちらでも構いません。」

「そう?じゃぁ、もう出来てるから英二と一緒にいらっしゃいね。」

「あ、待ってよかぁちゃん!!行こ、手塚ー!!」

「わかったから、大人しくしていろ。」


手塚と英二のやりとりに、母親は楽しそうに笑う。

3人で話しながらリビングまで歩いた。

英二の車椅子を机の前に付けて、手塚は隣の椅子に座る。

手塚の前には、洋食風の朝食。

英二の前にはお粥。

英二が消化のよいモノしか食べられないことを知っていても、

なんだかやりきれない思いが手塚の中にこみ上げた。

複雑な表情をしていると、まだ食べないのかという催促の視線が英二から発せられる。

それに苦笑を返して、手を合わせた。


「いただきます!!」

「いただきます。」


お粥をスプーンですくいながら、机に二人だけという状況での朝食は初めてだという事に気付いて

英二は思わず笑顔になる。

そんな英二を、不審そうな視線で手塚が見た。

手塚の視線に気付いた英二は、にっこりと笑顔を向けて、お粥を更にすくって食べる。

少しため息をついて、手塚も続きを食べ始めた。


「デザートデザート!!」


早々にお粥を食べ終えた英二は、すでに擦ってあった林檎に手を伸ばす。

手塚はまだゆっくりと食事をしているので、合わせるようにゆっくり林檎を食べる。


「英二。」

「んー?にゃに?」


すり林檎を口に運びながら手塚を見上げると、苦笑して髪を撫でられた。


「大丈夫か?」


青学に行ってという言葉を飲み込んだのは明らかだったので、英二も苦笑を返す。


「うん。スミレちゃんに挨拶したいし。

 あ、やっぱ高校の方にも行ってもらって良い?

 今ならみんな部活中だろうし。」

「あぁ。わかった。」


一度頷いて、手塚は残りの一口を食べきった。




























「英二!?」

「やぁ、手塚。」

「大石に不二に皆の衆!お久ーっ!!」


車椅子を押して、英二と手塚はまず青学高等部のテニスコートにやってきた。

中学の時から一緒の部員も多いけれど、高校から青学に入った部員も結構多いので、

英二の姿と、車椅子を押す手塚を見て驚いてる。

まぁ、中学からテニスやってりゃ手塚知らないヤツなんて滅多にいないよなぁ…。

そんなことを思いながら、英二は部員達に笑顔を向けた。


「頑張って練習してるー?インターハイ、全国出場だってね。オメデトー!!」

「「「ありがとうございますっ!!」」」


英二の声に、いくつもの返事が返ってくる。

ここでも彼はムードメーカーだったのだと、手塚は少し笑みを浮かべた。


「頑張ってんねー。レギュラーじゃないヤツも頑張れよー!!」

「菊丸?おや、手塚も。久しぶりだな。」


英二の声に気付いてか、部室から乾が顔を出す。

久しく見る顔に、英二も手塚も笑みをこぼした。


「あぁ。乾も元気そうで何よりだ。」

「まぁね。みんなも相変わらずだ。

 時間があれば河村の所へ行ってやると良い。喜ぶよ。」

「タカさんのお寿司!!あぁぁぁーーっせっかくなのに、俺食べらんないじゃん!!」


至極残念そうに英二が言うと、ぽすぽすと乾が英二の頭に手を置く。

見上げれば、少し苦笑したような笑み。

英二がにーっと笑って返せば、乾に髪をぐちゃぐちゃにかき回された。


「にゃーーー!!酷い!!乾ってば俺が反抗できないと思って!!!」


くちゃくちゃの髪のまま、ぶーぶーと口を尖らせながら英二は言う。

本当なら乾の身体をぽかぽかと殴るのだが、今の英二にそんな力はない。

少しだけ苦笑して、手塚は英二の髪を直すように何度か撫でた。


「英二。」

「菊丸良かったな、手塚が妬いてるぞ。」

「…乾。」

「そう睨むなよ、手塚。」


楽しそうに笑って、乾はコートへ歩いて行く。

それを英二は何気なく見つめていた。

手塚はもう一度英二の髪を撫でて、ゆっくりと肩に手を置く。

振り向いた英二に、笑顔を向けた。


「そろそろ行こう。」

「あ。うん。」


一度頷いて、英二は大きく声を上げた。


「じゃぁねー、皆の衆!!」


またね。とは、言わなかった。









英二の命が消えるまで、あと約11日。









続く→