目に飛び込んできた愛しい恋人。

その姿は、俺が記憶していたものとはまるで違っていた。

折れそうな程に細い腕。

痩せ過ぎて骨格が見えてしまう、身体。顔。

ベッドに座る、痛々しい程の姿。




























カウントダウン。




























目の前に息を切らせながら英二を呼ぶ手塚がいる。

すり林檎がわずかに残っていたお椀は、軽い音を立てて床に落ちた。

…どうして?

混乱している英二の口からは、呆然と手塚の名が呼ばれるだけだった。


「英二…。」


2年半ぶりに見た手塚は、記憶と大きな差はないものの

随分と格好良くなっているように英二には思えた。

それに比べて自分はどうだろう、とも思う。

あの時よりずいぶんと貧相になった腕。

飛びついて抱き付くことも出来なくなった身体。

得意のふわふわオムレツだって作ってあげられない。

抱きしめたって、硬いだけだろう。


「なん、で?」


笑顔でいようと決めたのに、すでに笑顔は英二の顔から消え失せていた。

あるのは驚きと、この姿を見られた絶望と、沢山の後悔。

会ってしまった。

会ってしまえば、離れたくなくなるのを知っていたのに。

世界を掴む人なのに。

誰よりも前を向いているべき人なのに。

俺に縛られていい人じゃないのに。

いつの間にか英二の身体は震えだしていた。


「なんで、手塚。なんでッ!!!!」


迷惑だけは、かけたくなかった。

手塚から目をそらして俯いていると、カツカツと音がして英二の横で止まる。


「英二。」


どこか怒りを抑えたような手塚の声に英二が顔を上げると、





パンッ




手塚の掌が英二の頬を打った。

見守っていた大石と不二が驚いたように声を上げる。

英二は呆然と手塚を見つめていた。

手塚の目が、

潤んでる…?



「お前は…」



見れば、手塚の腕も震えていた。



「お前は俺をなんだと思っている!!!!!!!」



手塚の罵声が病室に響く。

彼の目は、眼鏡越しにでもわかる程に強い光を放っていた。


「ごめ…」


『手塚も、傷付くよ。』

英二の頭の中ではあの時の不二の言葉がグルグルと回っていた。

ホントだね、不二。俺、手塚を傷付けた。


「ご、めん…手塚。

 ごめんなさい…ごめんな、さい。

 ごめ…手塚、ごめんなさ」


謝り続ける英二を、手塚は力一杯引き寄せて抱きしめた。

体重などないんじゃないかと錯覚するくらい軽々と引き寄せられる英二の身体。

抱きしめることを怖いと思ったのは、初めてだった。


「英二……っっ!!!!」


それでも、手塚は抱きしめずにはいられなかった。

誰よりも、愛おしい人だから。

世界で一番、愛している人だから。

ずっとずっと会わなかった、何よりも大切な人だから。


「て、づ…か…手塚…手塚手塚手塚手塚手塚ぁぁっ!!!!!!!!」


英二の腕が手塚の背にきゅっと抱き付く。

それだけで、英二の腕には殆ど力がないこと手塚にもわかった。

体を離すと、ぼろぼろと涙を流す英二の瞳に口付ける。

涙を唇で拭ってやった。


「好き、なの。手塚が、好き…!!!

 本当は…ずっとずっと会いたかった…!!!!」


もう一度、手塚は英二の身体が壊れる程に抱きしめて。

英二は自分の力が全てなくなる程に抱き付いて。

誰よりも大切な君。


「愛してる…愛してるんだ、英二…。」

「俺、も。俺も愛してる…。」


心の奥底から告げる、愛の言葉。




























「良かったな。」

「うん。良かった。」


辛いのはこれからだとわかっていても、どうしても一緒にいて欲しかった。

手塚も英二も、大事な友人だから。

抱きしめ合う二人をそっと見守りながら、大石と不二は病室の扉を閉じた。




























「手塚…なんで、ここが?」


それから英二と手塚はずっと抱き合っていた。

どれだけ時間が経ったかわからない。

会えなかった時間を埋めるように、抱き合っていた。

やっと身体を離して、英二は手塚に尋ねる。

起き上がっていた時間が長かった所為か、英二は少し息を切らしていた。


「越前の協力で、不二と…大石が教えてくれたんだ。

 もう、黙っているのは限界だと。」


手塚は話しながら英二をゆっくりと押し倒し、ベッドに寝かせて布団を掛ける。

ベッドのすぐ側にあった椅子を引き寄せて座った。

英二は手を伸ばし、手塚のそれに絡める。

離れたくない。

そう言葉にする代わりに。


「そっか…みんなもだけど、特にあの二人には心配かけっぱなしなんだよね。

 感謝しても、しきれない。

 おチビも、せっかく帰ってきてたのに協力させちゃって…。

 すっごいイイヤツらに囲まれてるって、こうなって改めて実感した。俺。」

「…そうだな。俺も、あいつらが教えてくれなければ、一生お前に会えなくなるところだった。」


苦笑をする英二の頬を、手塚は繋いでいる手とは逆の手で撫でた。


「いつからだ?」


そして、問う。

問いつつも、手塚の中におそらく…という予想はあった。

ある時から、電話口での英二の様子がおかしかったから。

それより少し前。

おそらく…


「半年とちょっと前から。ずっと黙ってて、ゴメン。」


やはり。

そう思いながら手塚は少し立ち上がって英二の額に口付ける。


「俺の為だったんだろう?寧ろ、俺が謝るべきだ。すまない。」


そう言った手塚に、英二はぶんぶんと弱いながらも首を振って返事を返した。

そして、少し涙の溜まった目で手塚を見上げる。


「あのさ、いつまで…いられる?」


恐怖すら入り交じった視線。

何と言ったらいいのか、手塚は少し迷った。


「ずっと、側にいる。」


“ずっと”が長い時間を示していないこともわかっている。

それでも、永遠を示す“ずっと”という言葉を使いたかった。

手塚の目をじっと見て、英二はくしゃりと、泣きながら笑みを浮かべた。


「やっぱ優しいね、手塚。」


そして、弱々しい力で手塚の手を引く。

なんだ?と手塚が尋ねれば、英二は何も言わず目を閉じた。


「…好きだ。」


意図を汲み取った手塚は、囁いて英二の唇に口付けた。

啄むような、柔らかい柔らかい口付け。

英二の瞳からは涙が溢れ続けている。

それもすらも構わず、ずっと口付けていた。


「好きだ、英二…。」


時折、そう囁きながら。









英二の命が消えるまで、あと約19日。









続く→