例えば俺が手塚よりももっともっと頭が良くて、

もっともっと沢山の言葉を知っていたなら、こんなに悩まなくても良いのかもしれない。




























空言。




























「手塚。」


呼んでおいて、俺は言葉に詰まる。

どう言ったらいいのか、わからなくて。

読んでいた本から顔を上げた手塚は、不思議そうに俺を見つめた。

そりゃそうだ。

呼んでおいて、俺は今困ったような顔をして何も言わないのだから。


「どうした?」


ゆっくりと本を置いて、俺にきちんと向き直る。

ちゃんと聞いてくれる姿勢。

かなり嬉しくて、思わず頬が緩んだりするんだけど…。


「えっと、」


でも、それ以上言葉が出てこない。

言葉を口に出そうとしては失敗する。

いくつもいくつも言葉は通り過ぎていくのに、それでは全然足りない気がして。


「あのな?うーんと、」


口を開けては閉め、開けては閉める。

しっくりとくる言葉が見つからない。

ちょっと自分の国語力のなさに愕然としてみたり。


「えーっと…」


必至で悩んでも見つからない言葉に、歯痒さが募ってくる。

どうしても、伝えたい気持ち。

言いたいのに。伝えたいのに。

でも、それを表現してくれる言葉がどうしても見つからない。

口を開けては閉め、開けては閉め。

くり返す。

出てこない言葉にイライラして、吐き気が襲ってきた。


「…っ。」


思わず口を手で覆った俺の背を、手塚がゆっくりと撫でる。

俺が顔を上げると、少しだけ笑みを浮かべた手塚と目があった。


「ゆっくりで良い。」


ほら、こんな時。


「どうしたんだ?」


できるだけ柔らかく、手塚は聞いてくれる。

声音も仕草も、表情さえも。

ほら、こんな時。

どういう言葉を使えば表現できる?


「俺、もっと国語勉強しなきゃだなー。」

「なんだ、急に。」


俺が言った言葉に、手塚は少し楽しそうに笑った。

ぽて、と俺が手塚の胸に額を寄せると、ぽんぽん、と軽く背を撫でられる。

す、と気持ち悪いのが引いていった。


「言葉が、浮かんでこないんだ。」


例えば俺が手塚よりももっともっと頭が良くて、

もっともっと沢山の言葉を知っていたなら、


「好きとか、大好きとか、愛してるとか、幸せとか、」


この気持ちを、表現できるのかな?


「そんなんじゃ、全然足りないんだ。」


ふとした瞬間に感じた気持ち。

手塚の側にいて、感じた気持ち。

好きとか大好きとか愛してるとか幸せとか、

それよりももっともっともっともっと。


「どれもしっくりこなくて、でもしっくりくる言葉も思いつかなくてさ。

 そしたら喉の奥が詰まったみたいに気持ち悪くなった。」


俺の言葉を黙って聞いていた手塚がふっと柔らかく微笑む音がした。

俺が顔を上げると、思った通りに凄く柔らかい笑みを浮かべた手塚。


「無理に表現しなくても良いんじゃないか?」


そう言って、ゆっくりと優しく髪を撫でられる。


「でも、伝えたいんだよ。」


俺がそう言うと、手塚は柔らかく俺の頬に触れ、


「その言葉だけで、十分だ。…それに、」


意図することがわかった俺は、ちょっと慌てて目を閉じた。


「言葉がないのなら、態度で示してくれれば良い。」








好きより大好きより愛してるより、もっともっともっともっと。

そんな空言(カラコト)を必死で探す。…でも、

見つからないから、人は触れたがるのかもしれない。

…なんてね。









了。




2005-04-10 ちょっと訂正。
空言は空のように掴めない、見つからない言葉の意味でお願いします。(滝汗)
造語なので、そんな言葉ないですよ。