感情誘導論。
 =本論09・彼の中の空洞=




























「菊丸先輩。」

「うん?どした、おチビ。」


越前と共にする、もう随分と慣れた帰り道。

菊丸を呼ぶ越前の声に振り返ると、越前が少し心配そうな顔をして菊丸を見上げていた。


「頭、痛いんスか?」

「え?全然。何で?」


ポカン、と呆けた顔をした菊丸がそう言うと、越前は顔をギュ、としかめて菊丸を見る。


「何回も呼んだの、気付いてないでしょ。」

「あ、や〜…ゴメン。ボーっとしてた。」


苦笑して告げる菊丸に、越前は小さくため息を吐いた。


「なら、良いんスけど。」

「うん。ゴメンな?」


苦笑しながら越前の頭をガシガシと撫でる菊丸の手をムッとした顔で払って、

越前は菊丸を見上げる。

その真剣な顔に、菊丸は動きを止めた。


「おチビ?」

「好きです、先輩。」


こうして、毎日越前は菊丸に好きだと告げる。

それは日課のようで、けれど、どこまでも気持ちがこもっていると感じられる告白だった。

けれど菊丸は、毎回苦笑で返す。


「まだ、俺の事好きになってもらえませんか?」


もうずっと続いている事なので、越前はさして気分を害す様子もなくそう聞いた。

菊丸が一度頷くと、越前はそうスか。と言って、それ以上は気持ちを押しつけようとしない。

楽しそうに、嬉しそうに笑う菊丸の顔が以前の…手塚との事を話すときの菊丸の顔ではない事を、

越前は勿論気付いているけれど、それでも、何もしようとしない手塚よりは確実に、

今の菊丸に近い自信があったし、好意を向けられている事も、わかっている。

毎日、確認するように告げれば、いつか頷いてくれないだろうか、という淡い期待を添えて、

越前は毎日、菊丸に告げる。


「それじゃ、先輩。俺こっちなんで。」

「うん、じゃぁ、また明日な。おチビ。」


ヒラリと手を振り、帰っていく越前を見ながら、菊丸は奥歯をギュ、と噛み締めた。




























手塚はいつもよりおぼつかない足取りで自宅へと向かっていた。

それでもきっと、周囲から見ればしっかりとした足取りに見えているであろう。

そんな風にいつもの倍以上の時間をかけて歩いた帰り道の途中、

自宅近くの公園に差し掛かったとき、聞き慣れた音が聞こえてきて手塚は足を止めた。

音は間違いなくテニスをする音だけれど、その公園にテニスコートはないはずだった。

何となく気になって、音を頼りに奥へ進んでいく。

そうして少し開けた場所に出たとき、手塚が目にしたのは

コンクリートの壁を相手に壁打ちをする、菊丸の姿だった。


「あ…。」


菊丸が手塚に気付いたことによって打ち損ねたテニスボールが、木々の間に転がっていく。

まだ少し肌寒いにも関わらず菊丸は汗だくで、長い時間この場にいたことは一目瞭然だった。


「菊丸…。」


乱暴に汗を拭う姿に、ゾクリとする。

目の前の菊丸は、菊丸であってそうではないと知っているのに。


「手塚じゃん!どーしたの?こんなトコで。

 ここで会うの初めてだよな?」

「あ、あぁ…。」


その腕を掴みそうになる己の腕を自制している手塚に、

菊丸はいつものように笑って話しかけた。

その笑顔の横に、越前がいる気がして、ならない。

10日前まで、その横は、手塚の場所であったはずなのに。


「って、学ランじゃん。ってことは、学校帰り?

 大変なんだなー、部長って。」


朗らかに笑う菊丸から、手塚は顔を逸らした。


「お前こそ、早く、帰れ。

 がむしゃらにすれば良いというものでもない。」


突き放した物言いになるのは、許して欲しい。

そう思う手塚の耳に、カラン、と軽い、聞き覚えのある音が入ってきた。

思わず菊丸の方を向く。


「菊…」

「…に、が…」


気付けば菊丸の身体は震えていて、その足下にはテニスラケットが転がっていた。


「お前に、何がわかるんだよ!!!」


強い声で怒鳴られ、一瞬怯んだ手塚に、菊丸は尚も畳み掛ける。


「お前に、俺の気持ちなんか、わかるわけないっ!!

 家族やクラスメイトが時たまする怪訝そうな顔に、どんだけ怯えてるかっ!!

 大石が練習中に付く溜息が、どんだけ辛いかっ!!!

 俺の練習を見るみんなの目が、どんだけ怖いかっ!!!!!」


ぶるぶると震えたまま、菊丸は地面にしゃがみ込んだ。


「おチビに好きって言われる度に、

 お前が好きなのは俺じゃないよって、言ってやりたいのに…!!!!!」


震える菊丸へと、手塚が一歩、踏み出す。


「菊…。」

「お前らが言う『俺』なんか、俺は知らないんだよ!!!!!

 ホントは、大石だって不二だって、越前だって俺は知らないんだ!!

 お前だって、手塚なんか、知らないんだよっ!」

「菊丸!」


名前を呼ぶと同時に、手塚はしゃがみ込んでいる菊丸を抱きしめた。


「放せっ!!放せよっ!!お前なんか知らないっ!!

 お前なんか知らないんだよっ!!!!」


腕の中で暴れる菊丸を、手塚は黙って抱きしめる。

しばらくそのまま抱きしめ続けていると、

暴れていた菊丸の手が、いつしか手塚の服の端を掴んでいた。

じんわりと、胸元が濡れていく。


「知らない…。

 お前なんか、知らないんだ…。」


手塚の服の端を握りしめたまま再度震えだした菊丸の背をゆっくりと撫でながら、

突き付けられた現実と菊丸の葛藤の内容に、

手塚は菊丸を抱き潰してしまいそうな衝動に駆られた。

何とかそれを抑えながら、手を握りしめないよう意識して菊丸の背を撫で続ける。

張り続けていた気がゆるんだのだろう。

手塚が気付いたときには、菊丸の規則的な寝息が聞こえ始めていた。

寝入ったのを確認して辺りに散乱していた荷物を拾うと、手塚は菊丸を抱き上げる。


「…………英二…。」


本人には聞こえていないだろう言葉に、伝えられない愛おしさを込めた。









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やっと接触してくれた…!
…おかしいなぁ…塚菊←リョの筈なのに、
リョ菊←塚になっちゃってる感がひしひしと…!