感情誘導論。
 =本論08・直線論=




























「返事は今すぐじゃなくて良いッスよ。」


呆然として越前を見下ろす菊丸に、越前はそう言ってどこか穏やかに笑った。

そこでやっと意味を理解したのか、菊丸の顔が赤くなる。


「絶対、落としてみせますから。

 覚悟しておいて下さいね。」


真っ赤な顔の菊丸はそのままに、越前は言い終わると、ラケットを持って柔軟を始めた。

部員は全員、菊丸と越前を交互に見ながら呆然としている。

ただ一人、不二はなにやらにこやかに笑っていた。


「どうした。」


しばらくの後、己を取り戻した手塚が部室から出てきて、

永遠に続くかと思われた沈黙の時間が終わりを告げる。

まず始めに我に返ったのが大石で、先ほどの出来事を

手塚に伝えるべきか伝えざるべきか、躊躇しながら手塚に近付いて行った。

手塚は異質な雰囲気の部員たちを見回して、

顔を赤く染めたまま呆然としている菊丸を見つける。

一瞬、手塚の動きが硬直した。


「…大石、これは、どういうことだ?」


まさか、という思いを渦巻きながら、近付いて来た大石に手塚が問うと、

大石は苦笑しながら口を開いた。


「越前が、英二が好きだって、突然みんながいる前で告白して…。」


困ったように、大石は言う。

呆然とした部の雰囲気と、一人柔軟をする越前と、顔を赤く染めた菊丸。

これ以上の状況証拠もなければ、大石がそんな嘘をつく筈もなく、

手塚は深いため息をひとつ、吐いた。

暴走しそうになる感情を、必死で抑える為に。


「越前。」


感情をなるべく出さないよう、慎重にその名前を呼ぶ。

さほど遠くにいたわけでもない越前は、口の端を上げたまま振り返った。


「部の雰囲気を乱した罰として、グラウンド30周、行ってこい。」


静かに告げた手塚の言葉に、越前は一瞬驚いた顔をして、心底嫌そうな顔をする。


「それ、だけ?」

「それだけ、とは?」

「もっと、言いたい事とか…ないわけ?」


深い怒りのこもった越前の言葉に、手塚は一度目を伏せて頷いた。

あいつは俺の恋人だ、と叫びそうになった言葉は、飲み込んで。


「ないな。想いを告げるのは、個人の自由だ。

 だが、状況を見なければならない。」

「っ、他に!他に何か言うことないのかよ!!!」

「増やされたいのか?」


そう言った手塚の言葉に、カッとなって殴りかかろうとした越前を止めたのは、

近くにいた桃城と海堂だった。


「おい、越前!?」

「何してやがる!!!」


越前は、確かに口ぶりは生意気で喧嘩をよく売るタイプだが、

無闇に殴りかかるようなタイプではない。

内心驚きながら、桃城と海堂は放せ、と言って暴れる越前を、必死で抑えていた。


「越前…?」


心配そうに越前を見る大石の視線が、手塚には辛い。

越前のやり方はともかく、原因は確実に、手塚にある。

先程、感情をあれだけ昂ぶらせた越前に今の言葉を告げればどうなるか位、

手塚にはわかっていた。

越前は、菊丸を想って必死なだけ。

不意に向けた視線の先の菊丸は、赤い顔のまま、越前だけを見つめていた。

その後、桃城と海堂の取り繕いによって何とか感情を抑えた越前は、

大人しくグラウンドを走り、部活中も至っていつも通りに過ごした。

けれど、帰り際。


「先輩、帰りましょう。」


そう、菊丸に声を掛けて、恥ずかしげもなく手を取った。

驚く菊丸をよそに、半ば引きずるように共に部室を後にする。

戸惑いながらも、菊丸は部室に残っていた面々に手を振った。




























それから、越前は徹底的に菊丸と行動を共にするようになった。

朝は迎えに行き、休憩時間はマメに顔を出し、昼休憩は共に昼食を取り、

部活前も迎えに行き、帰る時も、一緒に。


「帰りますよ、先輩。」

「待てよ、おチビ!じゃね、みんな!お疲れー!!」


共に帰って行く菊丸には、同性に告白されたという嫌悪の様子もなく、

むしろ、近頃は嬉しそうにさえ見える。

菊丸が記憶をなくしてから、10日。

記憶は戻る気配すら、見せていない。


「こりゃ、ひょっとするかもしれないな。」


そう言って少し困ったように笑うのは大石。


「菊丸が越前におちる確率…かなり高いよ?」

「乾が言うんじゃ、確実だなぁ。」


乾が大石の言葉に反応するように言い、それを聞いた河村が笑いながら言う。

あまりに堂々としている越前の行動に、テニス部の面々は越前の感情を認める事にしたようだ。

こんな風に和やかな会話の一部になることが、少しずつ増えていた。


「どう思う?手塚。」


話を振られた手塚は、思わず手に持っていた眼鏡を床に落下させてしまう。

カシャン、と軽い音が響き、大石が不思議そうに手塚を見た。


「手塚?」

「いや、すまない。」

「疲れてるのか?気を付けろよ。」


眼鏡を拾い、かけ直す手塚の肩を、大石がポン、と軽く叩く。

それと同時に、何か重たいモノがのしかかった気がした。

今までの、全て。

誰にも言わなかった関係も、

失った菊丸の記憶も、

越前の想いすらも。

越前のように、いっそ皆に言ってしまえば良かったのだろうか。

…例え、それを菊丸が望んでいなくても。


「手塚…今日は部誌も俺が書いておくから、早く帰りなよ。」

「…すまないな、大石。」


頭の中を整理しなければ、全てに支障が出てしまう。

そう思い、手塚は一度大石に礼を言って部室を出た。









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リョマ的には、真っ直ぐ正面から、直球勝負。
うっかり必死なリョマが可愛くなってきました。
ヘタレ国光が絶好調です。あいたたたた…!!!