感情誘導論。
 =本論07・感情誘導=




























「おぉいしぃぃぃ〜!!!聞いて聞いて聞いてぇっ!!!

 今日さ、手塚が!昼に!!」


その日の放課後、部活開始前の、部室。

菊丸は教室でも散々不二に聞かせていたことを、

ターゲットを変えたとばかりに大石に聞かせようとその背中に飛び付いている。

放課後の部活開始前の部室。

その場には、当然手塚もいて。


「菊丸!」

「えぇ〜良いじゃん。俺、めちゃくちゃ嬉しかったんだって!」


にっこにこと笑みを浮かべているであろう背の菊丸に、大石が小さく苦笑を浮かべながら声をかける。


「何の話だ?英二。」

「今日な!昼休憩に、手塚に頭撫でてもらった!!」


えへへ、と少し照れたように笑う様は、身体はそのままだとしても酷く幼い。

手塚でも撫でたくなるだろうな、と大石は苦笑を交えて手塚を見た。

視線の先の手塚は、いつもの険しい顔をもっと険しくしている。


「随分と懐いたねぇ。」


くすくすと笑みながら、昼休憩、教室に帰ってきてから今までずっと聞かされていた不二が笑った。

その言葉に、菊丸はムッとした表情で不二を振り返る。


「何だよ、懐くって。」

「うん?ぴったりじゃない?」

「不二ぃぃぃぃーーー!!」

「はいはい、じゃぁ柔軟しようね、英二。」


よしよし、と撫でた手を、ペシ、と払われて、不二は少し驚いたような顔をした。


「ガキ扱いすんな!!」


どうやら機嫌を損ねてしまったようで、菊丸はプイ、と不二から視線を逸らす。


「酷いなぁ、英二。手塚は良くてボクは駄目なの?」

「だって、手塚はガキ扱いして撫でた訳じゃないもん。

 なー?」


突然話を振られ、手塚は戸惑いを隠すように眉間に皺を寄せた。


「そんなことは良いから、着替えたなら早くコートに出ろ。」

「はいはい。行こう、英二。」

「ほーい!」


先程まで拗ねていたのに、もうどうでも良いらしい。

菊丸は不二と連れ立って、仲良さげに話をしながら部室を出て行った。

それに倣うように部員が次々と部室から出て行き、大石と手塚だけが残る。


「本当に、昔の英二だなぁ。」


苦笑を漏らしながら呟くように言った言葉に、手塚は視線を大石に向けた。


「あぁやって見ると、英二もやっぱり成長してるんだよな。

 感情のコントロール、出来るようになってる。」


だからテニスも強くなったのかな。

そう言う大石の言葉を聞きながら、

手塚は感情のコントロールに長けた以前の菊丸を思い出し、複雑な気分になる。

やはり無理をさせていたのだ、と、思うけれど、

今現在の菊丸にそれを問うても、返ってくる答えはない。

手塚は小さくため息を吐いた。


「ウィーッス。」


手塚が吐いたため息に重なるように部室のドアが開き、越前が入って来る。


「越前。委員会だったんだろう?早かったな。」

「顔合わせみたいな感じだったんで。来週、またあるそうッス。」

「わかった。ご苦労様。」


ポン、と越前の肩を叩き、大石は部室から出て行った。


「部長。」


それを見送った越前が、手塚に向き直る。

視線だけで返事を返すと、越前はあからさまに顔をしかめた。


「アンタ、何も思わないんスか?」

「何がだ。」

「菊丸先輩はアンタのこと、尊敬してますよ。

 凄い人だって。まるで、遠い、雲の上の人を見るみたいに。」

「…そうか。」


尊敬。

おそらくは、自分のことを年上としか見えないが故に強くなっているのだろう。

記憶を失う前も、菊丸は手塚にそのような事を言ったことはあった。

手塚って凄いんだよ?わかってる?と。

同じ歳であるが故に、おそらくは今程友情や仲間意識よりも尊敬が上、

ということはなかったのだろうが。

ただ静かに頷いた手塚を見て、越前はイライラと言葉を紡ぐ。


「アンタは、今のままでも良いんスか?

 記憶なくして、ただの部活仲間、だけで。

 菊丸先輩のことは、その程度?」

「越前。」


誰が入ってくるかわからない部室でそれを問うな。と言いたげに越前の言葉を遮った手塚に、

越前はぷつり、と頭の中で何かが切れるのを感じた。


「何でそんなに隠そうとしてんの?こんな状態で、先輩の事考えもしないで!」

「ッ、越前!!!」


声を荒げて越前の言葉を止めようとする手塚を無視して、

越前は続ける。


「アンタの邪魔したくないって言った先輩の顔、見せてやりたいですよ!!」


そう言って、越前は手塚をじっと睨んだ。

ぷつり、と頭の中の何かが切れた瞬間、自覚した事。

こんな事にならなければ、気付きもしなかったかもしれないけれど。


「俺は、言えますよ。アンタじゃありませんから。例えどんなこと言われても…





 菊丸先輩が、好きだって。」





越前の言葉を聞いた手塚は、驚きに目を見開いた。

越前が、菊丸の事を…?

嫌な予感が突然形を成し、目の前に押し寄せてきたような気分だった。

サ、と顔から血の気が引いていく。

今、菊丸に一番近いのは間違いなく越前だろう。

もしこのまま、記憶が戻らなければ…。

固まってしまった手塚を見ながら、越前は持っていたバッグを投げるように床に置いた。


「俺は、アンタはもっとあの人のこと想ってると思ってました。

 先輩がめちゃくちゃ嬉しそうに笑って話すのは、いつだってアンタの事でしたから。」


投げたバッグの中からジャージを出して、越前は着替え始める。

手塚は呆然とその様を見ていた。


「先輩の記憶がないのにつけ込むような事はしたくなかったんですけど…

 アンタがそんななら、先輩の記憶が戻ろうと戻るまいと、俺が先輩を貰います。」


そう言ってさっさと着替えをすませると、越前は大きな音を立てて部室を出て行く。

バタン、と音がして、まるで『そこ』との隔たりのように閉じたドア。

部室に残された手塚は、ギリ、と拳を強く握りしめた。




























菊丸がどれ程手塚の事を好きなのかくらい、越前は知っている。

本人からとても幸せそうに聞かされたのは、一度や二度じゃない。

けれど。


「菊丸先輩。」


部活開始前の、時間。

越前が菊丸を呼ぶと、菊丸は少し嬉しそうに越前に近付いてくる。


「なになに、どしたー?」


越前の前に立つ菊丸を見上げながら、越前は一度、口の端で笑った。




アンタがそういう行動をとるなら、俺は、正反対の方法でこの人を落としてみせます。




真っ直ぐに菊丸を見上げ、部活開始前の、部員全員がいる中で、


「あなたが好きです。」


越前は、そう、告げた。









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リョマって将来いい男になるよなぁ、と思いつつ。
手塚とリョマは、手段は正反対の似た者同士だと思います。
耐える国光!ってトコでしょうか。ヘタレヘタレ。