感情誘導論。
 =本論05・彼を形成するモノ=




























戻ってきた養護教諭に状況を説明し、いくつかの質問応答を交わした後、

菊丸は慌てて保健室へと駆け込んできた親と一緒に病院へ行った。

菊丸は保健室へ入ってきた親を親と認識した為、全てわかっていない訳ではないようだけれど、

少なくとも手塚、越前、桃城の事は、一切わからないようだった。

菊丸は手塚だけではなく、桃城、そして越前にまで、敬語を使ったのだ。

桃城は驚いて言葉を無くし、越前はあからさまに顔を歪めた。

翌日の午後練時、菊丸は顧問の竜崎に連れられて部へとやってきた。

授業時間はいなかった、と不二が言っていたので、

おそらく病院で検査をしていたのだろう、と思いながら手塚は菊丸を見る。

レギュラー+乾のみを集め、竜崎は菊丸に中学に入学してからの記憶が全てないことを告げた。

そうか、と、手塚は内心納得する。

だから自分や桃城、越前までもを年上だと思い、敬語を使ったのだと。

竜崎は、脳に問題はないそうで、おそらく記憶は3日〜一週間程で戻る。と更に付け加えた。

一度には覚えられないだろうが、レギュラー位はと前置きをした上で、

一人一人、自己紹介をすることになった。

一応、ということで、現状報告を含めてまずは菊丸が口を開く。


「えーっと、菊丸英二。11歳だと思ってたけど、14歳らしいです。3年?なの?

 じゃぁ、ここにいるメンバーってタメか年下だよね?

 年上ばっかりに見えるのに敬語使わなくて良いって、変な感じだなー。

 えーっと、テニスは遊び程度にやってたし、ルールと簡単な打ち方は多分大丈夫かな。

 わからないことはどんどん聞くから、よろしく!」


ニコニコと笑みを浮かべ、不安な様子も性格が変わったような様子もなくいつも通り。

そんな菊丸の記憶がないなんて嘘ではないだろうか、と思うけれど、

口調や仕草は普段の菊丸よりも幾分か幼い節もある。

不思議な感じがすると思うのは、誰しもだった。

菊丸の言葉を聞いている間中越前はグ、っと拳を握りしめ、その掌には強く痕が残っている。

そんな越前に気付いた桃城が、小さくやめろ、と注意した。

まずは部長の手塚から名を名乗る為、一歩前へ出る。


「…手塚国光だ。お前と同じ3年で、この部では部長をしている。」


手塚は息が止まりそうだ、と思いながらも、表情と態度はいつもを取り繕った。

そんな手塚の顔をジッと見ながら、菊丸は首を一度傾げる。


「昨日保健室にいたよな…?」

「あぁ。」

「先生じゃなかったんだ!」


驚きながらそう言った菊丸に、ぶは、といくつか吹き出す音が聞こえた。

手塚が眉間に皺を寄せると、菊丸は乾いた笑いを浮かべながら慌てたように手をパタパタと顔の前で動かす。


「お前と同じ制服を着ていたと思うが?」

「や、えと、あの時は、動転しててそれどころじゃなかったし…。」


あはは、と、再度焦ったように笑いながらそう答える菊丸に、手塚は呆れからくるため息を吐いた。

そんな菊丸の様子に、いくつか、ほ、と安堵の息を吐く音が響く。

やはりいつも通りに見える菊丸の態度に少なからず安堵の気持ちを抱きながら、

今度は大石が一歩前へ出た。


「俺は、大石秀一郎。俺も3年。副部長で、英二とはダブルスを組んでるんだよ。」


よろしく、と差し出した大石の手を握りながら、菊丸は少し驚いたような表情をする。


「ダブルス?俺が?」

「あぁ。去年は全国まで行ったんだ。」


大石の言葉に、へぇ!凄いじゃん!!と、菊丸は人事のように感心してみせた。

記憶がないのだから当然だけれど、複雑な気分になるのは仕方がないだろう。


「俺、絶対ダブルスとか向かないと思うんだけど。」

「そんなことはないと思うよ。現に俺と英二のダブルスは青学一だしな。

 練習では多分一番一緒にすることになるし、頑張ろうな。」

「うん。俺、記憶ないから前みたいにはなかなかいかないと思う。

 そんで、迷惑かけると思うけどよろしく!」


握った手を一度強く握り直して、菊丸は手をほどいた。

よそよそしさもなく、人なつっこい笑みを見せる辺りはもう性格なのだろう。

笑みを見せた菊丸に、不二も大石と同じように手を差し出す。


「ボクは不二周助。同じく3年だよ。シングルスもダブルスもするけど、英二と組むことはあまりないかな。

 でも、学校生活においては同じクラスだから何かと助けてあげられると思うよ。」

「あ、そなの?助かる!クラスメートとか先生とか、すぐ覚えられる自信ないもん。」

「うん。何でも聞いてくれて良いから。」


いつもの笑みを浮かべてそう言った不二に対し、一瞬きょとん、とした後握った手をほどき、

菊丸は嬉しそうに力一杯不二に抱き付いた。


「アリガトー不二!!不二っていーやつ!!」

「え、英二!?」


抱き付かれるのは慣れているけれど、記憶がないはずの菊丸に突然抱き付かれて、

不二は酷く驚いて声を上げる。

その不二の声に、は、とした様子で、菊丸は慌てて不二から離れた。


「うわ!ゴメン、つい!!」


いつもの癖が出た、と言って困ったように笑う菊丸を見ながら、

不二は複雑な気分で少し歪んだ笑みを浮かべる。


「うぅん、まさかまた抱き付かれるとは思ってなかっただけ。

 慣れてるから、大丈夫だよ。英二。」


何処までいっても、記憶を無くしても、菊丸は菊丸なのだと。

少しだけ、泣きたくなった。


「あ、やっぱり俺やってたんだ。えっと、多分また出ると思うけど…良いかな?」

「加減はしてよ?」

「うん!」


ピースサインを出して返事をする菊丸を穏やかな笑みを浮かべて見ながら、今度は河村が口を開く。


「俺は、河村隆。3年だよ。シングルスもダブルスもするけど…ダブルスは不二と組むことが多いから、

 俺も英二とはあまり組まないかな。でも、柔軟とかなら一緒に出来るよ。

 あーあと、『タカさん』って呼んでくれると助かるな。他の呼び方、何か変な感じするから。」


少しの苦笑を浮かべながら河村がそう言うと、菊丸はふむふむ、と頷いた。


「タカさん。うん、じゃぁタカさんって呼ばせてもらうね!!

 …何かしっくり。タカさんってタカさんって感じだよね。」


にこにこと嬉しそうにそう言った菊丸の頭を河村が一度撫でると、

菊丸はよりいっそう嬉しそうに笑う。

一度乾に視線を向けた桃城は乾に無言で促され、口を開いた。


「俺は、桃城武ッス。先輩より一つ下の、2年です。

 先輩には、部活帰りにマック奢ってもらったり、お世話になってました。

 あと、俺も『桃』って呼んでもらえると助かります。」

「桃ね。うん、わかった!うわー、俺、先輩してたんだ!ビックリ!!

 桃も、昨日保健室いたよね?」


顔を覗き込むようにしてそう聞いた菊丸に、桃城は一度頷く。


「はい。先輩と越前が階段のトコにいるのを見つけて、運んできました。」

「あ、そーなんだ。重かった?ゴメンねー。

 ホントに助かった!ありがとー。」

「ウィッス!」


ニ、と笑みを浮かべる桃城を見て菊丸はホントアリガト。と、再度礼を繰り返した。

それまで黙り込んでいた海堂を、乾が持っていたノートでトン、と促す。


「海堂、薫です。2年です。

 ダブルスもシングルスもしますが…あまり、菊丸先輩とは組んだことはありません。」

「海堂?」

「ッス。」


うんうん、と頷き、覚えた。と言って菊丸は笑みを浮かべた。

それを見て、海堂は一度ペコ、と頭を下げる。

それを横目に小さくため息を吐いて、越前が前へ出た。


「越前リョーマ。1年ッス。」

「1年?レギュラーって、強いもん順だろ?1年がいんの?」


越前が学年を言った直後簡単に竜崎に説明を受けていたであろう菊丸は、

驚いたように目を見開いて他のメンバーに目を向ける。

越前は少しムッとしたように菊丸を見た。


「越前君は強いよ。」


にこりと笑んで、不二が答える。

その言葉を受け、へーとかほーとか言いながら

菊丸は随分と下にある越前の頭をペシペシと叩いた。


「お前ちびっちゃい癖に強いのかー!生意気ーいいなー!!」


あはは、と菊丸は楽しそうに笑う。

それから、ふと気付いたように越前の顔をまじまじと見た。


「保健室、いたよね?一番近く?」

「あ…はい。」


少し面食らった越前は、菊丸を見上げる。

そこには、菊丸の満面の笑みがあった。


「心配してくれたんだよね?アリガトー。」


わしわしわし、とわざわざ帽子を取ってまで、越前の髪を撫でる。


「ッス。」


さすがの越前も嫌がることをせず、一度頷くだけにとどまった。


「それじゃ、最後に俺の自己紹介させてもらおうかな。

 乾貞治。菊丸と同じ3年で、今はレギュラー落ちしてるから、マネージャーみたいな役割が多いかな。

 データを集めるのが趣味でね、自分について聞きたいことがあれば、聞いてくれればいいよ。」

「データ?」


なんだそれ、と首を傾げる菊丸を見て乾はいつものノートを開き、例えば…と、ページをめくる。


「右利き射手座のA型で、サーブ&ボレーヤー。なんてのは基本情報ね。」

「ほー。んじゃ、あとで色々聞かせてもらおっかなー。ありがとね。」

「これで、一通りかい?」


竜崎が周囲を見回すと菊丸が一度頷き、今日は見学にしておきな、と菊丸の肩を叩いた。


「それじゃ、ひとまずは終わりだね。手塚。」

「全員、柔軟が終了し次第コートに入れ。」


竜崎の言葉を引き継いでそう言った手塚の言葉に返事が返り、

コートってどの?と言う菊丸に、付いてくればいいよ、と不二が笑う。


「先輩。」


そんな中、見学しようと共にコートに向かう菊丸を越前が呼び止めた。


「ん?なに?越前。」


越前、と呼ばれたことに違和感を覚えながら、越前はジッと菊丸を見上げる。

そして、ガバ、と音を立てて勢いよく頭を下げた。


「すみませんでした。」


驚いたのは菊丸だけでなく、レギュラー陣をはじめ、その声が届く範囲にいたテニス部員全員。


「え、何が…?」


顔を上げた越前は驚いている菊丸の目をジッと見て、

「俺の所為ですから。」と、顔を歪める。


「俺が階段落ちそうになって、先輩は俺を助けようとして、落ちて、頭打って…。」

「お前は?」

「?」

「越前は、何ともなかった?」

「…ッス。先輩の、おかげで。」


越前の言葉を聞くと、菊丸は満面の笑みを浮かべた。


「じゃぁ、良いじゃん。越前何ともなくて良かった。

 これで越前まで何かあったら、俺格好悪いしねー。」

「先輩!」

「気にすんなよ。暫くすりゃ戻るんだろ?

 大丈夫大丈夫。ありがとね、おチビちゃん。」

「え…。」


再度、周囲が固まる。


「おチビちゃん。うーん…我ながら天才的なセンスだね。ちっちゃい越前にぴったりー。」

「先輩…。」


あはは、と笑う菊丸を見ながら、越前はぎゅ、と唇を噛み締めた。









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事実として、一時期以降の記憶をすっぽり無くした方はいらっしゃるみたいです。
実際に記憶喪失になった以降の状態とか色々調べたのですが、
テニスなんて当然出来そうもなかったので、ご都合主義でお願いします。(滝汗)
展開なんてほぼないのに、無駄な位長くなってすみません…!!
自己紹介、全員にさせたかったので。