感情誘導論。
 =本論04・崩壊した世界=




























越前が慌てて駈け寄ると、どこからも血が流れている様子はないものの、

菊丸は気絶しているようだった。

頬を軽く叩いても、意識を取り戻す様子はない。

菊丸の体制から見て、手すりで頭を打ったのかもしれない。

どう、すれば…!?


「越前?何やってんだ、お前。」

「桃先輩!!!」


困惑する越前の頭上から、聞き慣れた声が響いて越前は階段の上を見上げた。

自転車に乗ったままの桃城が、階段の最上段から越前を見下ろしている。


「菊丸先輩が、俺を庇って階段から落ちて…動かないんです!!

 頭、打ったのかも…!!」

「んだって!?」


ガシャン、と桃城が自転車から飛び降りて、数段飛ばしながら階段を駆け下りてきた。

ぐったりとしている菊丸の様子を見て、桃城も顔を青くさせる。


「エージ先輩ッ!!聞こえますか!?」


越前と同じように頬を何度叩いても、やはり菊丸が起きる様子はなかった。


「と、とにかく、こっからだったら学校の方が近いから…戻って、保健室、行くぞ!!

 多分、まだ先生いるからな!!」

「ッス!」


力のある桃城が菊丸を背負い、越前が菊丸と桃城の分のバッグを乗せて、自転車を押す。

打ったかもしれないという頭を気遣いながら、菊丸を保健室まで連れて行った。

学校からあまり離れた場所ではなかったのは、幸いかもしれない。

今まさに帰ろうとしていた養護教諭を引き留めて、ベッドを借りる。


「えぇっと、3年生の菊丸君よね?どうしたの?」

「学校出てちょっと行ったトコの階段で、俺が落ちそうになったのを庇って、

 先輩が代わりに落ちたんです。その時に、多分、頭を打ったんだと思うんスけど…。」


越前の話を聞いた養護教諭はベッドに寝かされた菊丸の側頭部に手をやり、

こぶが出来ているのを確認してホッと息を吐いた。

薬品などがおいてある棚の下から白い粒状のものを出して、それを水で溶いている。


「出血の様子もないし、たんこぶが出来てるからあまり心配いらないとは思うけど…

 何かあるかもしれないし、一応病院に連れて行った方が良いわね。」

「先生、それ…?」

「たんこぶには砂糖水が良いのよ。」


心配そうに桃城が聞いた言葉に、

覚えておいたらいいわ、水は少しね。と、養護教諭はそれを菊丸のこぶの部分に塗りながら言った。

塗ったものが取れないよう、そこをガーゼで覆って包帯を巻くと、

養護教諭は桃城と越前の方に視線を向ける。


「先生はご両親に連絡してくるから、二人とも、菊丸君を見ててもらえる?」

「あ、はい…。」


返事を確認すると、養護教諭は保健室を出て行く。

それを見送って、桃城がぽつりと呟いた。


「部長か副部長って、まだ部室いるよな?俺、一応呼んでくるわ。

 すぐ戻ってくっから、エージ先輩、頼む。」

「ッス。」


バタバタバタ、と音を立てて桃城が行ったのを確認して、越前は菊丸に近付く。

いつも赤みを帯びている菊丸の顔が、青い。

ずっと見ていても起きる様子がなくて、越前は内心酷く焦っていた。

先生は大丈夫だと言っていたけれど、もし、何かあったら…?

恐る恐るその額に手を伸ばすと、ぴくり、と菊丸が反応を返した。

それと同時に、またバタバタと足音が、今度は複数になって向かってくる。

足音とは対照的に静かに戸が開けられて、桃城と手塚が入ってきた。


「越前。菊丸は、どうだ?」


心なしか、手塚の顔がいつも以上に強張っている。

それでも、こんな時ですら駈け寄るでもなく少し距離を取って菊丸を見ている手塚が、

二人の関係を知っている越前にはもどかしくて仕方がなかった。

イライラする。


「今、ちょっとだけ反応して…。」

「う…。」


苦しそうな声が小さく響き、3人とも菊丸に顔を向ける。

瞼がゆっくりと上がり、ぼんやりとはしているものの意識を取り戻したようだった。


「菊丸先輩!」

「エージ先輩!」

「菊丸!」


3人がそれぞれに菊丸を呼ぶと、突然呼ばれた自分の名に驚いたのか菊丸はビクリ、と肩を揺らし、

少し身体を起こして視線を3人に向けた。


「あ、れ、え…と…?」

「気が付いたんスね!良かった!!」

「菊丸先輩…!」


ぼんやりした様子の菊丸に桃城と越前が畳み掛けるように話しかけるが、

菊丸の反応は困惑したように鈍い。

ふと違和感を感じた手塚が、更に話しかけようとする桃城と越前を止めた。


「菊丸。」


名を呼ばれ、菊丸が視線を手塚一人に移す。


「頭痛はするか?大丈夫か?」

「あ、えっと。ちょっと、ですけど…。」


突然使われた敬語に、手塚は眉を寄せた。

随分と狼狽したような、不安に満ちた瞳に違和感を強くする。

例え人前でも手塚を見れば瞳の不安は消える。自惚れではなく、事実としてそうだった。

けれど、この、菊丸はどうだ?


「意識はきちんとあるな?名は言えるか?」

「菊丸、英二。」

「エージ先輩?何か、おかしくないッスか?」

「先輩…?」


桃城の言葉にきょとん、と目を丸くした菊丸を見て、

手塚は背を冷たい何かが伝っていくのを感じた。









まさか。









「…菊丸、俺が、わかるか…?」


問われると菊丸は手塚を暫くジッと見て、困ったように首を左右に振った。




























「部長!!」


桃城が部室に駆け込んできた時、手塚はいつものように、

けれどいつもと比べものにならない程遅いスピードで部誌を付けていた。

イライラする原因も、こんなに部誌を付けるのが遅い原因も、わかっている。

自己嫌悪に深くため息を吐き、謝ろうと決めた瞬間だった。









かろうじて保っていた均衡。

跡形もなく崩れ去る、全て。

さぁ、

どう動く?









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ベタなネタに輪をかけてベタなネタ。そして三角関係って辺りで更にベタ。
ベタベタベタ。何となくねっとりしそうでばっちりですね!(何)
たんこぶに砂糖水は効きますよ。