感情誘導論。
 =本論02・彼の知る世界=




























翌日曜、菊丸は約束通り、カルピンと再会する為に越前の家を訪れていた。


「あん時も思ったけどさ、すっげ可愛い!!

 ふわっふわじゃんっ!!いーなーおチビー!!」

「あげませんよ。」


越前の部屋で、気紛れなはずのカルピンは大人しく菊丸の膝の上に収まっている。

指でカルピンの耳の後ろを撫でてやれば、気持ち良さげにほぁら、と小さく鳴いた。


「うあーーー可愛いっ!!」

「珍しいッスね。あんまり人に懐かないんスけど。」

「あーそれはやっぱ、俺の人徳!ってヤツ?」


にひひ、と笑って菊丸が言うと、越前は呆れた視線を菊丸に向ける。


「同類なだけっしょ。」

「あー?どーゆー意味だっおチビっ!!!」


ガバリ、と飛び付いて菊丸が首を絞めれば、越前は苦しそうにその回された腕をバシバシと叩いた。

菊丸の膝の上のカルピンは、我関せずを決め込んでいる。


「先輩。」

「何だよ。」


突然硬くなった越前の声に首を絞める腕の力を抜けば、越前は首だけ菊丸の方を向いた。


「部長と、付き合ってるんスか?」


その越前の問いは菊丸の予想範囲だったらしく、菊丸は少し困ったように笑うと、一度頷く。


「うん、付き合ってるよ。ってゆーか、見たんだろ?俺が手塚にキスしてんの。」

「まぁ。」

「付き合ってないのにそんなことしちゃ駄目だろ。」


そう言って、菊丸はからからと笑った。

膝の上でく、と伸びをしたカルピンを撫でる菊丸を見ながら、

越前は小さく何かが刺さるのを感じる。


「意外、ッスね。いつから?」

「ん、聞きたいの?」

「まぁ、それなりに。」


物好きなヤツ、と菊丸は一度笑って、「去年の今頃だよ。」と言った。


「そんななんスか。」

「うん。誰にもバレなかったのになー。お前、タイミング良すぎ。」


そう言うと、菊丸は越前の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。

痛いッス、と一度抗議して、越前は顔を上げた。


「誰にも言ってないんスか?」

「言ってないよ。不二にも大石にも、テニス部の誰にも、学校の誰にも、家族にも。」

「なんで?」


越前にしてみれば不思議だったのだろう。

菊丸はス、と目を細めると、越前を撫でる手を止めてぐちゃぐちゃにかき乱した髪を整える。

その表情は酷く大人びていて、越前は普段感じない2つの歳の差を見せつけられた気がした。


「テニスの関係ない余計なことでさ、手塚の邪魔したくないじゃん。」

「部長の邪魔?」

「うん。言う必要がないってのもあるけどさ、

 変な噂なんて、立てない方が良いし。噂だけならまだしも、事実だしさ。」


随分と公になって来つつあると言っても、まだまだ異質な関係には変わらない、と

菊丸は表情を保ったまま言う。


「変ッスよ、それ。好きなんじゃないんスか?」

「好きだから、だよ。」


憮然として言う越前に、少し困ったように笑って菊丸はそう言った。


「ん、でも、おチビにバレて良かったかも。

 惚気とか言える相手が出来たって事だよねー。」

「なんで俺が…。」

「なんだよ良いじゃん。秘密共有者だろー?」

「勝手に共有させないで下さい。」


嬉しそうに笑った菊丸に呆れた視線を返しながら、

越前は菊丸の膝から起き上がって寄ってきたカルピンを抱き上げる。


「やっぱおチビちゃんが良いんだねー。」

「飼い主ッスから。」

「良いなぁ、猫。俺ん家兄弟多い上にインコも犬もいるからさー。」

「へぇ…。」


それからはなんでもない会話を交わして、日が暮れる頃、菊丸は帰っていった。

珍しく惜しむように菊丸を見送ったカルピンの頭を撫でて、越前は自宅へ戻る。

先日から続く妙な気分は、少し強くなっていた。




























「おっっっチビちゃーーーーーーんっっ!!!」


ガバッ

と、音が聞こえそうな程勢いよく抱き付いて、菊丸はニコニコと笑う。

一方飛び付かれた越前は、少しよろめきながらも意地でなんとか踏み止まり、

菊丸を恨めしげに見上げた。

それでも、嫌悪の意はない。


「もっと遠慮してくれません?」

「えー?良いじゃん、仲良し仲良し!」


楽しそうに告げられる言葉に呆れた視線を向けるものの、

越前は菊丸の腕を振り払うでもなく、好きなようにさせている。

あの日曜から、(承諾していないものの)秘密の共有者となった越前と菊丸は

以前より随分と仲が良くなった。

もともと気が合うらしく、会話にも事欠かないし、休日は遊びに出かけてもいるようだ。

たまに、菊丸が越前に手塚のことを惚気たり、愚痴ったり。

そんな事もしながら、生意気な一年生ルーキーと気分屋な3年レギュラーは確実に友情を深めていく。


「随分なつかれたものだね。」


クス、と笑った声に振り返れば、不二が視線を菊丸に向けたまま越前の後ろに立っていた。

菊丸からやっと解放された越前は少し疲れた声で、ッスね。と答える。


「越前君もまんざらでもなさそうだし?」


ふふ、と笑む先輩を見上げながら、越前は小さくため息を吐いた。


「まぁ、菊丸先輩は面白いッスから。」

「うん。英二は面白いよね。」


つかみ所がないこの先輩とは少し話しにくい、と思いつつ、

自分を呼ぶ声に、越前はそちらのコートへ移動しようと歩を進める。


「越前君。」


呼び止める声に、越前は一度振り返った。


「英二のことが好き?」


不二の突然の質問に、どういう意味だろうかと首を傾げつつ、


「嫌いじゃないッスよ、少なくとも。」


そう、答える。

ふふ、と笑みを浮かべてそれ以上何も言わない不二に更に首を傾げながら、

再度自分を呼ぶ声に、越前は少し駆け足で声の方へ向かった。









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アンタ付き合ってもいないのにそれ以上のことしたがな!
というツッコミは不可でお願いします。(苦笑)
うちの菊はいつも笑ってる気がする…。