感情誘導論。
 =本論01・彼の見た世界=




























「菊丸先輩。」

「おーう、どした?おチビちゃん。」


それから暫くしたある日の部活中。

菊丸の期待していた通り、

今年の一年には非常に菊丸の興味を引く後輩が入っていた。

越前リョーマ。

まだ仮入部の一年にして、校内ランキング戦で海堂、

そして乾にまでも勝利してレギュラーになってしまった。

背が小さくて、

目つきが悪くて、

生意気で、

テニスが強い。

菊丸はそんな越前を『おチビちゃん』と呼んで構い倒していた。


「前、言ってたじゃないッスか。猫。」

「あぁ!カルピン、だっけ?」

「ッス。明日休みだし、どうッスか?」


越前の飼い猫に会わせてくれ、と菊丸は以前から越前に言っていた。

これまでは部活や予定が何かと合わなくて、会いに行く機会がなかったのだ。


「え!え!!良いの!?」

「良いから言ってんじゃないッスか。」

「やった!行くい…あ。」


はた、と気付いて菊丸は動きを止めた。

そんな菊丸を越前は不思議そうに見る。


「何かありました?」

「あーうん。ゴメンおチビ。先約があった。」

「そッスか。」


タイミング悪いなぁ、と菊丸はこっそりと思った。

珍しく手塚とあまり期間を置かず休日が重なって、会う約束をした日。

一日でもずれていたら猫に会いに行けたのに、と思うけれど、

優先順位など決まっている。

菊丸が顔の前で両手を合わせて越前に謝ると、

さして気にした様子もなく、越前はじゃぁまた今度。と言って去って行った。

その背中を見ながら菊丸はふと思い出して、

いつものように自分より随分と小さな越前の背中に飛び付く。


「うわっ!!」

「おっチビー!!来週は?」

「は?」

「来週終わってから、暇?」


来週、日曜は練習は半日で終わりの筈。そう思って菊丸は越前に声をかけた。

ニコニコと笑んで後ろから覗いてくる菊丸に、

怒るに怒れない越前は呆れたようなため息を吐いて「大丈夫ッス。」と返事を返す。


「んじゃ、来週。よろしくな!」

「ッス。」


猫との対面の日取りを決めた菊丸は、

上機嫌げに越前の背中から離れて、タブルスのパートナーである大石の方へ走って行った。

その背を見送って、越前は練習相手である桃城の方へ歩を向ける。


「…。」


飛び付かれた背中には、体温がじんわりと残っていた。




























翌日、菊丸はそうとは見えないよう注意しながら辺りを見回しつつ、

手塚の家にやってきた。

二人きりで会う時は、手塚の家で会うことが格段に多い。

菊丸の家では菊丸の部屋が相部屋な為、安心して二人でいることが出来ないし、

外で、となると、誰かに会う可能性が高い。

だから、一人部屋で滅多に家族の入ってこない手塚の部屋で過ごすことが多くなるのだ。

一度チャイムを鳴らすと、部活中にはけっして見せないような

柔らかな表情をした手塚が出てきた。


「お邪魔します。」

「あぁ。入れ。」

「家族は?」

「出ている。」

「そっか。」


家族がいないと聞いたのを良いことに玄関の戸を閉めると同時に抱き付くと、

少し驚いた表情をした後、手塚は菊丸の腰に腕を回して抱きしめる。

いつもより時間をかけてセットした髪を撫でられても、悪い気はしない。

菊丸は顔を上げて少し笑むと、トントン、と手塚の腕に触れて解放を促した。

腕を開けて菊丸の体を解放した手塚は、嬉しそうに笑んでいる菊丸の髪をもう一度撫でる。


「先に部屋に上がっておいてくれ。」


そう言って微笑んだ手塚に、少し背伸びをして頬にキスをした。

照れたように再度置かれた掌に、菊丸は機嫌を良くして

了解、と返事をして手塚の部屋に上がる為、階段の方へ歩を進める。

振り返ると、キッチンへと向かう手塚の顔が少し見えた。

眉間の皺がない。

ただそれだけだけれど、とても嬉しく思う。

階段の方へ向き直って、怪しいな、とは思いながらも

緩む頬を抑えられない。


「ほぁら〜。」


階段を少し上がった所で、微かに妙な声が聞こえてきた。

何だろう、と、再度階段を下りる。


「手塚、この声、何?」

「声?」


どうやら手塚には聞こえていなかったらしく、菊丸は首を傾げながらキッチンにいる手塚を横目に、

リビングの奥の、池に面した大きな窓を開けた。


「ほぁら〜。」


犯人を見つけて、菊丸は笑む。

池の側に、中にいる魚をじっと見つめる猫が一匹。

どうやら、彼(彼女?)の鳴き声だったようだ。


「うお、ちょいにゃんこ!!駄目だっての、この鯉は!!」


今にも前足を出さんとする様子に、菊丸は焦ったように靴も履かず庭先に出た。

じたばたと暴れる猫を抱き上げる。


「ちょい、落ち着けって。」

「ほぁら〜。」


独特の鳴き声とその外見はとても可愛いとは思うが、鯉を捕られるわけには行かない、と

菊丸は表まで連れて出ることにした。

靴は玄関だし、今更履いても意味がないだろう、と

靴下のまま庭を歩いていると、リビングから手塚の声がする。


「ゴメン手塚、ちょっとこの子外出して来るー。」

「この子?」


ひょい、と菊丸が先程出てきた窓から、手塚が顔を出した。

抱きかかえている猫を見せると、少し眉間に皺が寄る。

猫がしようとしたことを悟ったのだろう。


「それは良いが、お前靴は履け。」

「えー?もう汚れてんだし、一緒じゃん。」

「違う。うちの庭は砂利だから、お前の足が傷付くだろう。」


さらりと言った手塚の言葉に、菊丸はじんわりと心の中に幸せが満ちていくのを感じた。

確かに、さっきから石が足の裏に刺さって痛かったりするけれど、

その事に気付いて気遣ってくれる手塚が嬉しい。


「ん。じゃぁ動かないからさ、持ってきて?」


にひ、と笑ってねだれば、手塚は仕方がないな、という顔をして

玄関に向かう為だろう、窓から顔を引っ込めた。

随分と大人しくなった腕の中の猫の首もとを指で撫でると、

気持ち良さそうに目を細めている。

毛は真っ白でふわふわだし、見る限り血統書まで付いてそうだ。

飼い猫かな、と菊丸はふと思った。


「英二、ほら。」


猫を構っている内に玄関から手塚が出てきて、菊丸の足下に靴を置く。

一度手塚に猫を渡して、靴下を何度か叩いてから靴を履いた。

もう鯉に興味はないのか、手塚の腕の中でも猫は大人しい。


「んじゃ、ちょっと近くの公園辺りまで行ってこよっかな。」

「俺も行こう。」

「何言ってんだよ。」


手塚の腕の中から猫を抱き上げて、菊丸は困ったように笑った。

何の為に手塚の家で会っているのか。

苦笑したまま見上げると、少しバツの悪そうな顔と目が合う。

ポン、と少し上にある手塚の髪を撫でれば、目が少し優しくなった。

嬉しくなった菊丸が少し背伸びをして手塚の頬にゆっくりと一度キスをすると、

それまで大人しかった猫が一度「ほぁら」と鳴いて暴れ出した。


「わ、ちょ、何だよ!いきなり。」

「…越前。」

「へ?」


突然手塚の呟いた名前に何だ、と菊丸が振り返る。




目が、合った。




「おチ、ビ?」

「…ども。」


手塚家の門の前でぺこり、と頭を下げた越前を呆然と見ていると、

菊丸の腕に抱かれていた猫が腕から出て越前のもとへ向かう。

越前はそれを慣れた仕草で抱き上げた。


「たまに迷子になるんスよね…。

 見つけてくれてありがとうございます。」

「へ、何が…?」

「コイツ。先輩が見たいって言ってたうちの猫。」

「あ、この子、なんだ。」


心臓が飛び出そう、というのはこういうのを言うのか、と思う程、

菊丸の心臓は大きく音を立てている。

あまり人通りがないとはいえ玄関先でするなんて、うかつだった。

そう思うけれど、それはもう後の祭りで。

菊丸は死刑執行を待つ罪人のような気分だった。

それきり何も言わず心なし青ざめている様子の菊丸と、

いつもより顔が強張っている手塚を見て、越前は口の中でまだまだだね、と呟く。


「先輩方、いちゃつくなら家の中にして下さいね。」

「あ、え…。」


呆然と越前を見る菊丸に、小さく笑った。


「隠したいなら、尚更ッスよ。」


越前がそう言った直後、菊丸は越前の正面に立ち、深々と頭を下げる。


「…先輩?」

「おチビちゃん。頼むから、誰にも言わないでくんないかな?」


口調はいつも通りなのに、下げた頭を上げる気配はない。

いつものように両手を合わせて頼むよ、と言う雰囲気とは、まったく違う。

菊丸の行動に驚いた手塚が、菊丸の肩を掴んで顔を上げさせた。


「菊丸。」

「だって、困る。」


手塚を見上げる菊丸の瞳は、越前が今まで見たことのないもので。

彼のイメージとはかけ離れたもので。

越前は少なからず面食らった。


「言いませんよ、別に。」


そう言うだけで、精一杯。

一瞬驚いた視線を越前に向けた後、

嬉しそうな笑みを手塚に向けた菊丸と、微かにを菊丸を見て笑みを見せた手塚に、

越前は小さくため息を吐く。

不思議な気分だった。

二人とも、そう長い付き合いではないけれど、

越前が知る限り、先輩達から聞いた限りのイメージとはかけ離れた、

見たことのない顔をしている。


「じゃ、俺はこれで。」


言って、越前はその場を後にした。

ほぁらと鳴く猫を撫でながら、妙な気分を振り払うように思考を別に飛ばす。

そんな後ろ姿を見ながら、菊丸は安心したように笑みを深めた。


「おチビちゃんが良い子で良かった。

 そんな驚いてなさそうだったのって、やっぱ帰国子女だからかな?」

「いくらあちらでも、溢れかえっているわけではないだろう。

 嫌悪は寧ろ強いと聞くし。」


手塚は少し複雑な気分で返事を返す。

手塚の変化に気付いた菊丸は、無言で手塚を見上げた。


「いや、何でもない。杞憂だ。」

「きゆう?」

「…辞書を貸してやる。」

「いらねぇー!!!」


ペペペッと舌を出して嫌がる菊丸にもう一度笑みを見せて、

手塚は家に戻るよう促す。

今度は辺りに誰もいないのを確認して、菊丸はそんな手塚の腕に抱き付いた。









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…いちゃラブバカップル…。
イチャイチャすると菊がもれなく乙女になります。(痛)
てか、そんなにカルピン好きか?自分。
…あぁ!好きだよ!!大好きさ!!!
菊とカルピンの表紙とか、最高だよ!!!!