一歩一歩、確実に道を進んでいく。

先にあるのが、何であっても。




























一段飛ばし。




























菊丸が残り1周とラストスパートをかけた時、辺りはすでに暗くなり始めていた。

そんな遅い時間まで部員を残すわけにもいかなかったので、

今部室に残っているのは鍵を閉める為に残っていた俺と、菊丸を待っている不二の二人だけ。


「部活中、英二のこと全然見てなかったね。」


俺はいつものように机で部誌を付けていて、

不二はその前にあるベンチに座って読みかけだったらしい本を読んでいる。

と、思っていたら突然声をかけられて俺は顔を上げた。


「…走っていただけだからな。」

「それでも、いつもなら多少なり目を向けるでしょう?」


そう言った不二の言葉に、少し眉間に寄せたしわを深くする。


「少なくとも今日は、さぼるとは思えない。」


我ながら苦々しくそう言うと、不二は少しおかしそうにくすくすと笑った。


「そうだね。」


すべてを知っている不二は、何を思って笑っているのだろうか。

相変わらずこいつの考えていることはわからない。

そう思って俺が小さくため息を付くと、不二はまた楽しそうに笑った。


「おわっ…たぁぁぁ…。」


べちゃ。


少しかすれた声と同時に荒々しくドアが開いて、鈍い音が響く。

入り口を見れば菊丸がドアノブを持ったまま、床に座り込んでいた。

時折苦しそうに咳をしながら肩で息をしている。


「お疲れさま、英二。」

「およ…不二?」


不二が菊丸に声をかけると、菊丸は驚いたよう顔を上げた。

それに微笑みを返しながら、不二は菊丸の髪にタオルをかける。


「ちょっと休んだら一緒に帰ろうよ。手塚も。もう部誌書き終わるでしょ?

 ボクと英二に何か飲み物奢ってよ。」


ね。と、にっこりと微笑みながら告げられた言葉に反射的に菊丸を見て、

同じように反射的に俺を見たらしい菊丸と目が合った。

不二は、その様子を微笑んだまま黙って見つめている。


「…菊丸が良いなら、構わない。」


部誌に目を戻しながら俺がそう言うと、菊丸が目を見開いたのが目の端に映った。


「…手塚がいいなら、奢って欲しいなー…なんて。」


のど渇いたし。

少し照れたようにそう笑って、菊丸は被っていたタオルでごしごしと額から滴る汗をぬぐった。

それを見て不二は菊丸に手を差しのべる。

その手に掴まって、菊丸がひょい、と立ち上がった。


「うん。じゃ、決まりね。英二、ちゃっちゃと着替えなよ?」

「おう!」

「手塚もね。」

「あぁ。」


不二の言葉に返事を返して、俺は部誌の続きを書くためにシャーペンを握り直す。

部室には暫くシャーペンが紙を弾く音と、不二と菊丸の声だけが響いていた。

菊丸と不二の会話を耳に掠めながら部誌を殆ど書き終わったとき、突然音が途切れて背中と頭上に重みを感じる。

頭の上から、「なぁ、」と菊丸の声がした。


「前みたいにさ、飛びついても良い?」


言われた言葉に目を見張ると、少し離れた場所にいた不二がくすくすと笑っている。

菊丸は俺にかけた体重を少しずつ戻しながら、小さめの声でこそこそと俺に話しかけた。


「ホントはさ、時間が解決してくれるまで絶対待とうと思ったんだ。一応。

 でも…なんか、ダメっぽい。」


菊丸は困ったような声でにゴメンな、と謝った後に


「無神経なこと言ってるってわかってる。…けど、

 友達に…前みたいに戻っちゃダメ…かな?」


小さな小さな声でそう言って、俺の背から離れた。

俺が菊丸を振り返ると、菊丸は俯いたまま立っている。

あまりにも小さく見えて、俺は一度小さく笑みをこぼした。


失いたくない、友達。

以前のように、とねだってもらえる位置。

それでも、良いかもしれないな。


「すぐに切り替えろ…というのは無理だが、それでも良いか?」


そう言うと、菊丸は目をまん丸に見開いて顔を上げる。


「う…ん、勿論!!俺の、我が侭だから…!!!」

「あと1つ、顔をむやみに近付けるなよ。」


そう言って苦笑すると、真っ正面から菊丸が抱きついてきた。


「っ、人の話を聞け、菊丸。」

「うんうんわかった!!!!ありがとーーー手塚ーーーー!!!!!」


嬉しそうにはしゃいでいる菊丸に呆れと安堵からくるため息を付くと、不二と目が合う。

この状況を見越していたように、いつものように笑みを浮かべていた。


「ホントにホントにホントに、ありがとーーー!!!」


大声で叫んだ菊丸の言葉に苦笑を返して顔を上げると、ふと時計が目に入る。

思ったよりも時間が経っていることに気付いた俺は、菊丸の背を叩いて着替えを促すために声をかけた。


「菊丸、早く着替えろ。」

「了解ーーー!!」


やっと離れて着替えの続きを始めた菊丸にもう一度ため息を付いて、やっと書き終われそうな部誌に目を戻す。

部誌はあと1項目を残すのみだった為、俺は菊丸が着替え終わるよりも早く部誌を閉じた。


「提出してくる。」

「英二と一緒に自販機の前で待ってるよ。」

「わかった。」

「いってらっしゃーい。」


笑顔で手を振る菊丸に視線だけで返事を返す。

部室のドアを閉める瞬間、また着替えの手を止めて嬉しそうに不二に抱きつく菊丸が見えた。




























「手っ塚ーーー!!!」


勢いよく近づいてくる足音と、突然の背中への衝撃と、俺の名を呼ぶ声。


「突然飛びつくなと言っているだろう。」


振り返れば、予想と違わぬいつもの顔。


「ちっさいこと気にすんなよ、部長。」


菊丸は笑いながら俺の背中をバシバシと叩く。


「…何の用だ、菊丸。」

「1分野の教科書貸して!!」

「また忘れたのか…。」


あれから、菊丸は宣言通り俺に構うようになった。

こうして教科書を俺の教室にまで来て借りに来る程に。

小さくため息を吐いて、俺はたまたま手元にあった理科の教科書を菊丸に手渡す。


「あんがと!!!」

「次は忘れるなよ。」

「努力します!」


じゃぁねー!!と、笑顔で手を振りながら菊丸は走り去って行った。


少しずつ、この距離に慣れている自分。

もう、きっと大丈夫だ。

あとは、時間の問題。








続く→





英二が嫌なヤツかなぁ…?感じ方は人それぞれ。
あくまで無邪気。目標はそこなんですけど…。(滝汗)