少しずつ、大きくなっていく穴。

深くなっていく、関係。




























一段飛ばし。




























「てぇぇぇづぅぅぅかぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」


あれから約一週間後の部活開始前。

すでに着替え終わっていた者はそれぞれに部までの時間を過ごしている。

突然かかった妙な声と、ほぼ同時に背中に感じた重み。

眉間にある皺を増やして背中に声をかける。


「突然飛びつくなと言っているだろう、菊丸。」

「もーぅ!!聞いてよ聞いてよ聞いてよ!!!」


菊丸は興奮気味に俺の言葉を無視して、手に持っていた紙をぴらぴらと見せびらかした。

菊丸の少し後ろに立っていた不二が楽しそうに笑う。


「それじゃ見えないよ、英二。」

「ん?あ、そか!!見て見て見て!!手塚!!」


ぴしっと張られてよく見えるようになった紙をよくよく見て見れば、

菊丸英二。と名前の書かれたテスト用紙。


「90点!!」


嬉しそうに菊丸は笑った。余程補習が嫌だったのだろう。


「良かったな。」

「おう!!手塚様々だよー!!」

「お前は集中すれば出来るのだから、いつも集中していれば良いんだ。」


俺がそう言えば、菊丸は少し嫌そうに顔をしかめてすぐにまた笑う。

大石に見せびらかして来るーと、楽しそうにかけていった。


「…進歩したみたいだね?」


ス、と横に来た不二が俺に話しかける。

少し驚いて不二を見ると、いつもの微笑を浮かべたまま大石に飛びついている菊丸を見つめていた。


「…勉強を見てやったからだろう。」


平然を繕って不二の質問に答えると、不二は少し笑顔を崩して俺を見る。

じ…と、射るような視線で。

不二のするこの目は苦手だ。何もかも、見透かされていそうで。


「そうかもね。」


ふ、と俺は不二から目線をそらした。

この決して普通ではない関係の事は流石の菊丸でも誰にも言っていないらしい。

その証拠に、一番に言うはずであろう不二が何も言ってきていない。


「でも、英二は君に好感持ってるよ。前よりは、ずっと。」


それって進歩って言わない?

そう言って、こちらに手を振る菊丸に手を振り返しながら不二は笑う。

俺は未だ、どこともしれず前を見たまま。

進歩でも何でもない。

ただの、興味を満たす対象なだけだ。


「どうだろうな。」


わかっていても俺は今の小さな自己満足に縋っている。

菊丸が抱いて欲しいと言った相手が、偶然目の前にいた自分だったというだけなのに。

たまたま興味を抱いた相手が、俺だったというだけなのに。

それだけの薄っぺらい関係に、縋っているんだ。


「あんまりひねくれてても可愛くないよ?」


そう言って不二はくす、と笑うと、大石と菊丸のもとへ歩を進めた。

菊丸は大石の背中で楽しそうに笑っている。

あれから菊丸は何も変わらなかった。

部活中の態度も、俺への態度も、二人きりになればキスを強請るのも。

ただ、それまでと変わったのはキスがたまに深いものになったということだ。

菊丸はどうやら気に入ったらしい。

俺が触れるだけで離そうとすれば、先を促してきた。

ココロの穴はキスを重ねるたびに大きくなっていく。

それでも、どうしようもなくて。

溢れそうになる言葉を心の中だけで叫び続ける。

ふと時計を見れば、部活開始時間。

一度だけココロを落ち着ける為に息を吐いて、声を張り上げた。




























「なぁ、手塚。」


俺が部誌を書いている横で、菊丸が机に顎を乗せている。

動かしていた手を止めて菊丸を見れば、上目遣いに見つめられた。

菊丸の髪が蛍光灯に照らされ赤茶に光っている。

放課後の部室。

時間が時間だけに、二人きり。


「何だ?」

「どうして抱いてくれたの?」


じっと、俺を見て菊丸は問う。

心底不思議そうに。

当然の疑問のように。


「絶対、手塚って好きでもない相手抱けるようなヤツじゃないと思うんだよね、俺。」


そこまでわかっているならばわかって欲しいと思うけれど、

俺をそんな対象に見ていない菊丸にそれを要求するのは無駄というもので。

真面目な上に不器用だし。と言いながら、笑っている。

ゆっくりと菊丸を見ていた目線を部誌に戻して一言書き、パタリと閉じた。

それを見て菊丸は体を起こす。


「俺のこと好きなの?」


少し楽しそうに、菊丸は言った。

あぁ、そうだ。

俺は、お前が好きなんだ、菊丸。


「どうだろうな。」


その問いに微妙な返答を返すと、菊丸はまた楽しそうに笑った。


「いつもそうやって冗談言ってりゃいいのにー!!」


そう言って。

部誌を所定の位置に戻して立ち上がると、菊丸も立ち上がる。


「んじゃ、帰ろっか。」


仲が良くなったと言えば、確かにそうだった。

3日に一度は一緒に帰るようにもなったし、うちで夕食を食べて帰ることもある。

今では母と随分仲が良いようだ。

だから、不二の言うように進歩と言えば、そうなのかもしれない。

決定的な違いが、俺と菊丸の間にあるだけで。


立ち上がった菊丸は俺の横に来て クイ、と俺の制服を引っ張る。

頬に手を乗せると菊丸は目を閉じた。

触れるだけの口付けをすると、すぐに離す。

少し不満そうに目を開けた菊丸を促して、部室を出た。

結局、事態は悪化しただけ。

菊丸を抱くときからわかっていたこと。

ズキズキと痛み続けるココロの穴は吐き気がするほど苦しくても

それすら構わないと思うほどに俺は麻痺していた。









続く→





英二はあくまでも英二らしく男らしく。
モットーはそれなのですが、ラブラブしてない方がそれっぽいです。
なんだかなー。