普段、滅多に呼ばれることのない名前。

あいつの声で呼ぶ、俺の名前。




























In fact,it is…




























レギュラーだけの居残り練習も終了!!

少しけだるいけれど心地よい疲労感の中、

青春学園中等部の男子テニス部部室はかつてない程の盛り上がりを見せていた。


「部長が寝てる…!!!!!!」


部室にある机の上で、部長が部誌を開いたまま

珍しくもぐっすりと眠っていたのである。

勿論、彼を起こすわけにはいかないので、こっそりとだが。

この部の部長、手塚国光はサボっているのを見付けると

即座に「グランド10周!!」と言うのが決まり文句であり、

この学校の生徒会長を務める程に真面目な人物で。

このように居眠りにも似た行為をすることは酷く珍しい。

それも、こんな騒いでいるのに起きない、と言うのが彼の疲れの程を物語っていた。

ここ最近生徒会と部の事が立て込んでいてゆっくりと休んでいない事を知っているので、

レギュラーの面々も咎めはしないがそれぞれがそれぞれに興味深そうに覗き込んでいる。


「うわー…俺、部長の寝顔なんて初めて見たッスよ!!」

「ッスね。」

「うーん…僕も初めて見たよ。よっぽど疲れてたって事だね。」


嬉々として言う桃城に、越前と不二が同意を示す。

周りにいた人物も皆が皆同意を示すように頷いていた。

…ただ一人を除いて。


「英二は見たことあるのかい?」

「へ!?」


頷いていなかったことを疑問に思って大石が英二に聞く。

突然話を振られた英二は驚いて大石を見た。


「?手塚の寝顔。」

「え、ぁ、まっさか。俺だってないよん。」

「ですよねぇ!!なんか、貴重なモン見た気分ッス。」


かなりどもっている英二の答えを気にした風もなく、

大石と桃城は手塚を見ている。

実を言えば、英二は手塚の寝顔を何度か見たことがあった。

バレてしまった不二以外には誰にも言っていないけれど、

英二と手塚はいわゆる…“恋人同士”という関係で。

手塚の立場や周りの目を考慮して出来る限りばれないように過ごしているが…

例えば、肌を重ねた翌日。運良く先に起きられた時など、

その寝顔を見て英二はとても幸せな気分になっていた。

だから、みんなに見られんのはちょっと複雑…。

そう思った矢先、


「でも、そろそろ起こした方が良いんじゃない?

 エージ、起こしてあげなよ。」


不二がそう言った。

英二が顔を上げると不二と目があって、にっこりと微笑まれる。

近くにいる桃城や大石じゃなく、英二を指名した辺り、

きっと気付いて言ってくれたのだろう。

相変わらずこの親友には敵わないと思いながら、英二は頷きを返した。


「て・づ・かー!!!おっきろー!!!」


近くに行って上から少し大きめの声で呼びかけつつ身体を揺さぶる。

レギュラー達は今か今かと寝起きの手塚を見るために固唾を呑んで見守っていた。

英二の声に、手塚の眉が少し反応する。


「手塚、いいかげん起きないと暗くなっちゃうよーん。」


薄く瞼を開けてゆっくりと手塚が起きあがる。

「おはよう!!」と英二が言いかけたその時…





「英二…?」





まだ起き切れていないボンヤリとした口調で、手塚は英二の名を呼んだ。


「えぇっ!?」


先ほどまで固唾を呑んで見守っていた面々は驚きの声を上げる。

英二も驚いて動けなかった。

皆の声に反応して、ボンヤリとしていた手塚がはっきりと目を開く。

明らかに しまった!!という表情。


「今、部長エージ先輩のこと名前で呼んでましたよね!?」

「いつもは菊丸って呼んでるよな?」

「つーか、そんな仲良かったッスっけ?」

「さぁ…データではそう出ていないが…。」


横や後ろから聞こえる彼らの疑問はもっともだった。

普段手塚はばれないようにと必要以外では英二とあまり関わらないし、

英二のことを『菊丸』と名字で呼ぶ。

『英二』と名を呼ぶのは、二人きりの時だけで。

ふと英二が隣を見れば不二が笑いをかみ殺していた。


「いくら手塚でも、寝ぼけるって事があるんだね…。

 ついでだし、言っちゃえば?」


そう言って、くくく、と本格的に笑い始める。

手塚に向き直ると、眉間の皺を一本増やして不二を見ていた。

苦笑しそうになるのを抑えて英二は手塚に正面からデコピンをくらわせ、


「ばーか。」


と、一言言ってやる。

すると、英二に目を向けた手塚が額を抑えながら睨んだ。

でも、無意識に自分の名を呼んでくれた手塚がただ嬉しくて。

名字じゃなくて、名前を呼んでくれたことが、本当に嬉しくて。

抑えたつもりが表情に出ていたのか、睨んでいた手塚は毒気が抜かれたように

ため息をついた。


「で。

 どういう事なんだ?」


英二と手塚のやりとりを見守っていたレギュラー達が、

理由を求めるように詰め寄ってくる。

困ったように顔を見合わせる二人の横で、不二だけがひたすらに笑い続けていた。




























「ほんっとうに驚いたよ、俺。」


結局問いただされ、全部吐かされた上で散々からかわれた後の帰り道。

英二が楽しそうに笑っている横で、手塚は少し疲れたようにため息をついた。

そのため息を聞きつけて、更に英二は笑う。


「お疲れ、生徒会長の部長さん?」


からかうような英二の口調に、手塚はもう一度ため息をついた。


「…思ったよりお前が俺の中に浸食していたようだな。」

「どーいう意味だよ。」


浸食という言葉にあまりよくない印象を持って、英二は不満げに聞き返す。


「そのままだ。寝ぼけていたとはいえ、

 お前の名を呟くほどお前が俺の中にいると言うことだろう?」


手塚はそれだけ言うと英二の髪を2度撫で、さっさと歩き出した。

一瞬意味を図り損ねた英二は気付いた途端に嬉しい気持ちがあふれ出す。


「手塚ーー!!!」


先を歩いていた手塚に体当たりするように抱きついて、


「あんな、俺、ホントはーーーっ!!」


さっきの幸せをわけてあげるために、言葉を紡いだ。




















end.