まるで、吸い寄せられるように。




























ハツコイ。




























「手塚。」


昼休み前の休憩中。

手塚は英二に呼び出されて廊下で話していると、

名を呼ぶ声と、駆け寄ってくる大石の姿。


「大石?」

「やぁ、英二。」

「どうした?」

「あぁ、そうそう。昼休憩視聴覚室な。

 選考するそうだ。」


強豪と言われる青学男子テニス部の部長をしていて、

しかも生徒会長までしている手塚はこんな急な呼び出しは珍しくない。

しかし、今日はタイミングが悪かった。


「だ、そうだ。すまないな、菊丸。」

「うんにゃ、しょうがないっしょ。また次、な?」


この少年…菊丸英二と手塚国光は、世間一般でいう恋人同士…という関係で、

ちょうど今、久しぶりに時間のある昼休憩、一緒にお昼を…と、話している最中だった。


「あー…ごめんな、英二。」


立場上、余り人に知られるわけにはいかないと公言していない二人の関係を知る

数少ない共通の友人である大石はすまなそうに英二に謝った。


「おーいしは悪くないでしょ?手塚は忙しいんだから、しょうがないっての。」


苦笑しながら言う英二にもう一度謝ってから、大石は自分の教室に帰って行った。

その姿を見送る英二の頭に一度手を乗せ、手塚ももう一度謝った。


「本当に、すまない。」

「いいって。その変わり、今度なんか奢ってねん♪」

「あぁ、わかった。」


じゃぁ。と、自分の教室に帰っていく英二の背中が寂しそうだったのは、

きっと手塚の気のせいではないだろう。

約1ヶ月前から生徒会の仕事が忙しくなって、部活にすらなかなか出られなくなった。

当然、昼休憩もゆっくりご飯…なんて訳にもいかず、書類を片づけながら。

殆ど英二を構ってやれないまま、一ヶ月が過ぎていた。

久しぶりに時間が出来た昼休み。

一週間前から一緒に食べようと約束していて。

基本的に甘えたがりな英二が、その約束が「部活」の事であったにせよ

叶わなくなった事で落ち込むのは目に見えている。

手塚は一度、小さくため息をついて自分の教室へと戻った。




























「その顔は、ダメになったのかな?」


英二が教室に帰ると大石と同じく二人の関係を知る不二が英二に言葉をかけた。

同じテニス部レギュラーで同じクラスで隣の席。

英二の親友と言っても過言ではない不二は、二人の関係に気付くのも一番早かった。

もともと、鋭い人物であったといえば、そうなのだが。


「次の試合の選考、だってさ。」


二人の関係を知っていて嫌がらず話を聞いてくれる不二には、

割と素直に話をする。

それこそ、手塚本人に言えない事も。


「残念?」

「そりゃね。」


いつも笑顔で元気◎!な英二の苦笑する姿など、

手塚関係以外では稀な事。

机に突っ伏す英二を目を細めて見た後、不二はゆっくりと跳ねている彼の髪を撫でた。


「しょうがないって、わかってんだけどさ。」


好きだって気付いた時から、覚悟はした事だった。

もともと感情表現が乏しかったし、構ってもらえなくて当たり前。

でも、いざ付き合えるとなると、やっぱり構ってもらいたい。

しかも、部長になると同時に生徒会長にまでなって、

手塚の忙しさは目を見張る程になった。

そんな彼に、「構って」なんて言えるわけもなく。

不満は募っていく。


「そうだね。でも、たまには良いんじゃない?」


撫でる手は止めず、不二は優しく英二に言う。

目線だけ不二に戻して、英二は「言える分けないじゃん。」と、目だけで訴えた。


「言ってもらいたいかもよ?」


くすくすと、楽しそうに笑いながら不二は言う。

何が可笑しいのかわからず英二が首を傾げると、前にある時計に目を向けた不二が

ぽんぽん、と撫でていた手を止めて前に向き直った。


「ほら、エージ。授業始まるよ?」


同時に、授業開始を告げるチャイムが鳴った。




























思ったよりも選考が早く終わった昼休み。

手塚は足早に視聴覚室を出た。

3−6の教室に着いて英二を探すが見つからない。


「エージなら屋上。寂しくて泣いてるかもよ?」


くすくすと、相変わらず訳のわからない微笑を浮かべてそう言った不二に

感謝の言葉を残して屋上に向かった。

入口近くまで行ってふと気付く。

確か、屋上は立ち入り禁止だったはず。

それでも嘘をついていたとは思えない不二の言葉を信じて、

ぎぃ…と音を出して屋上の扉を押し開けた。

少し奥に入った場所に、見慣れた愛しい赤茶の髪。


「菊丸?」


ひょいとのぞいてみると、どうやら座ったまま眠っているらしかった。

頬にはうっすら涙の跡。

手塚は自分に舌打ちをして英二の頬に触れた。


「手……塚………?」


うっすらと瞳を開けた英二の瞳がボンヤリと手塚の姿をとらえる。

寝ぼけているのだろう、ゆっくりと苦笑を浮かべて、


「んな夢見るなんて…俺、重傷だなぁ……。」


そう、言った。

瞬間、込み上げてくるモノを感じて。


「英二…。」


滅多に呼ばない名前を呼んで、気付けば英二に口吻をしていた。

まるで、吸い寄せられたかのように。

瞬間、驚いたように英二の目が見開かれる。


「っっ!!!」


小さく唇に触れた後すぐに離した手塚は、自分の行動に自分で驚いていた。

俺は、今、何を…?


「手、塚?あれ、本物…だよね?」


未だ半信半疑な英二に目を合わせて、一度小さく頷いた。

顔が、熱い。


「あぁ。」

「今、キス、した?」

「………あぁ。」


菊丸の質問に、やっと自分の行動を認めてもう一度頷く。

見れば、彼の顔は酷く赤い。

口元を抑えて足元を見ている。

嫌、だっただろうか?


「すまない。」


謝ると、英二は何度も首を振った。

真っ赤な顔のままで。


「嬉しかったんだよ?俺。」


そして、ゆっくりと顔を上げてさっきとは違う照れたような笑みを浮かべた。


「手塚が、ここに来てくれた事も、キスしてくれた事も。」


愛しいと、思った。

彼がこんなにも自分の中にいたのかと酷く驚きながら、

本当に、愛しいと思った。

乾きつつある涙の跡も、さっきの寝言も今の笑顔も全て。

ゆっくりと涙の跡を指でなぞって、手塚はもう一度別の事に謝る。

今ここにいるから、いい。と、英二は嬉しそうに笑った。

その時、まるで二人を引き裂くかのように予鈴が鳴る。

それを聞き、英二はまた少し残念そうな表情をしたあと、立ち上がった。


「予鈴だ。帰ろ、手塚。」

「…まだお前の本心を聞いていない。」


手塚がそう言うと、英二は驚いたようにその瞳を見開いて

良いの?と聞く。

その問いには答えず、自分の横に座るように促した。

こんな機会でもないとゆっくり話も出来ない自分を歯痒く思う。


「俺、ホントはさ?すごく寂しくて、構って欲しくて。」


少しずつ本心を語ってくれる英二は酷く困ったような表情をしていた。

手塚はその手をぎゅっと握って話を聞いている。


「でも、手塚が好きで忙しいんじゃないんだってわかってるから、言えなくて。

 …結局、迷惑かけてんだけどね。ごめん。」

「いや、俺の所為だからな。謝るな。」


迷惑ではないと言って髪を撫でると、

英二は目を細めて気持ち良さそうにしていた。

少し引き寄せて額にキスを贈ると、驚いたように英二は手塚を見上げる。


「なんか、手塚積極的!!」


そして、嬉しそうに抱きついてきた。


「そうか?」

「そだよ!!えっへっへー。

 こんな優しいんならたまには忙しくてもいいなー。」


ごろごろと、まるで猫のように懐いてくる愛しい人。

自分の中に“愛しい”なんて感情があるなんて知らなかった。

英二に会うまで。

テニスと、それ以外しかなかったのに。


「それは困るな。」

「へ?」

「お前は良くても、俺は良くない。」


至極真面目に言うと、また英二の顔が赤くなる。


「すっげぇ、殺し文句。」

「事実だ。お前が思っているよりもずっと、俺はお前が好きらしい。」

「うわぁぁぁーー…手塚が、そんな事言ってくれるなんて!!」


にゃぁにゃぁと騒ぐ菊丸の後ろで、午後初めの授業が始まるチャイムが鳴った。


「ぁ、本鈴。生徒会長さん、ホントに良いのー?」


くすくすと、楽しそうに手塚に聞いてくる。


「構わない。日頃の行いが良いからな。」

「だろーね。」


そう言って青空を見上げた英二と繋いでいた手を離して、

手塚はその手を彼の頬に移した。


「…英二。キスをしても、良いだろうか?」

「寝込み襲っといて、何言ってんだよ。」


少し照れたように笑って、英二は目を閉じる。

それを確認して、自分も目を閉じた。

そして、引き寄せられるように





初めて、大事なモノを教えてくれた人に

精一杯の愛しさを込めて


口付けをした。



















終。