金曜日には、花束を。




























ふわりと香る香とか、ひらりと舞い落ちるモノとか。

ちょっとうんざりしてため息をついていると、困ったような男の人が俺の行動を待っている。

30分に1度位の割合で届けられるそれ。

ひとつひとつはそう大きくないけど、もう個数が半端じゃない。

祝ってもらえるのは、対象が自分じゃなくても嬉しいんだけど。


「あの、サイン…。」

「あ、すいません。」


領収書にサインすると、配達人の男の人は笑顔で帰って行った。

色とりどりのそれが俺の両手いっぱいを占領している。

とりあえず、と使わせて貰ってる洗面台に入りきらなそうで、俺はもう一度ため息をついた。

使わせて貰うって言ったのは他でもない。この部屋が俺の部屋じゃないからだ。

因みに沢山のこれも俺のじゃない。


俺がこんな所にいる原因は、昨夜の電話。


『明日、時間あるか?』

『ん?明日は…金曜だっけ?えーっと、うん。たしか休講って言ってたし、あるよ。』

『昼からで良いんだが、俺の部屋に来てくれないか?』

『良いけど…明日は帰国してそのまま夜まで仕事だって言ってなかったっけ?』

『あぁ。そうだ。』

『そうだ。じゃなくてさぁ…。何?留守番しとけってこと?』

『そうだ。』

『…………。』

『英二?』

『俺はお前のお手伝いさんになった記憶なんてないんだけど。』

『何を言っているんだ。当たり前だろう。』


恋人ならタダ働きでいいもんな!!

ムカついたのでそこで電話を切ってやった。

でも、貰ってた合い鍵で律儀に(しかも昼前に)来てやってる俺。偉い。

洗面所に行くと、新たな贈り物は増え続けている所為で洗面台にはやっぱり入り切りそうもない。

仕方なく浴槽にそこそこ水を張って、なるべく傷付けないように気を付けながら何回かにわけて移す。

離れてればそうでもないけど、強い香りに思わず顔をしかめた。

最後にさっき届いたのを移す為にラッピングを剥がす。

綺麗に施されたラッピングを、贈られた本人に渡す前に取っちゃうのはちょっと心苦しいけど、

長持ちさせる為だからしょうがない。と割り切っておく。

届けられたそれは、大量の花束。

1つ1つはそう大きくはないけれど、個数が果てしなく多い。

色とりどりのバラに始まり、ガーベラ、チューリップ、かすみ草、

スイートピーにユリにカーネーションなどなどなど…。

更にはひまわりまであって驚いた。

まだ春と呼べるようになって日にちの経ってない今は季節じゃない。

つーか、送り主に似合わない花が多くてちょっと笑う。

宛名は、『手塚国光様。』

唯一あった花以外の贈り物以外の送り主には、手塚の契約先の名が書いてあった。

ファンの人からのを送り直してくれただろうと、容易に予想がつく。


花束なんかが大量に贈られてくる要因は、ただ1つ。


一昨日の深夜、手塚は世界で一番になった。…勿論、テニスで。

プロになってから着々とランクを上げていっていて、極めつけのように四大大会制覇を成し遂げた瞬間に。


「これはおチビ、と。」


風呂場から出て、机の上に置いておいた箱の包みを開ける。

何で開けてるのかって、何故かこれだけは俺と手塚宛になってたからだ。祝いなのに変なの。

唯一の花以外の贈り物は、ペアのカップと随分と小さなガラスの花束。

『お幸せに。』

理解不能なコメントが付いてたけど、

あの手塚に負けず劣らず仏頂面のおチビがどんな顔してこれ買ったんだろうって思って少し笑った。

袋から出して、花束の方を出窓にある花の横にちょこんと飾る。

手塚の性格をそのまま表しているようにシンプルな部屋に、

この可愛い贈り物と(元々あったとはいえ)花ががあまりにも似合わなくてまた笑った。

でも花とガラスの花束の相性はいい。おチビのセンスはなかなかだ。


「さて、と。」


当然だけど、俺は花束なんて買ってない。

俺が手塚に買ったものと言えば、前に壊れたってぼやいてたから、持ち歩けるサイズの小さな目覚まし時計1個。

基本的に稼ぎまくってる手塚が買えない物なんて、俺の買える物の中にはない。

まだ学生の俺がバイトしたところで稼げる額なんて知れてる。

つーか、例え働いてたとしても手塚の稼ぎには遠く及ばないんだろうけど。

だったら無難かつ必要な物を買って、あとは和食でお出迎えした方が喜んでくれるよね。

と言うことで、遅くなっても帰ってくるって言ってた手塚の為にご飯の準備。

一年の殆どを海外で過ごしている手塚は、日本に帰って来ると和食しか食べない。

向こうにも日本食の店はあるにはあるらしいけど、あまり口に合わないって言ってた。

もともとが坊ちゃんだから、好みもうるさいんだよね。

そんな手塚のお陰で今では和食の方が得意だったりする俺。

はぁ…もう健気すぎて泣けるね、いっそ。

泣いてもご飯は出来ないので、ため息を息を吐きながら昆布と水を入れた鍋を火にかける。

ふと掠めた、鼻先にまだ残っている香り。


「花、ねぇ…。」


去年の誕生日、手塚に1個の球根と水栽培セットをあげた。

あげる物も思いつかないし、冗談半分で。

大事に育てろよ!って言ったら努力するって言いながら栽培カードを見て、ちょっと嬉しそうに笑ってた。

その球根は、今出窓に飾ってある花だ。

手塚が居る時はちゃんと手塚が。

留守の間は俺がちゃんと世話してた所為か、綺麗に黄色い花を咲かせている。

花が咲いていると伝えた時、手塚は少し嬉しそうに笑っていた。

それが、一週間前に電話した時だ。

これじゃ部屋中花だらけだなぁ…。

そんなことを考えながら、沸騰しそうになってきた鍋の火を止めて、1時間放置。

その間に材料を切っておこうと買い出し済みの冷蔵庫を漁る。

椎茸とニンジンとゴボウとレンコンと…。


ピンポーン…


そこでチャイムが鳴って、俺は持った材料だけ調理台に置いた。

手塚が帰って来るには早いから、お客さんか、また花束の配達か、マスコミ関係者かな。

マスコミ関係者だったらお手伝いさんのフリでもして追い返さなきゃならない。

金持ちの住む家には当然のようにオートロックとテレビインターフォンが付いてる。

そもそも一人暮らしな上、滅多に帰ってこない癖に3LDK(めちゃくちゃ広いベランダ付き)ってどーゆー事よ?

家主が留守にする度掃除しに来る俺の身になれっての。

家がもったいないから俺が住んでやりたいよ。世の中金か!畜生!!

心の中でそんな悪態をつきながらインターフォンの受話器を取る。


「はい。」

「英二?ボクだけど。」


久しく聞く、聞き慣れた声が聞こえてきてちょっと驚いた。


「不二!?あ、今開けるから上がってきてよ!!」

「うん、よろしく。」


不二の返事を確認してオートロックの鍵を外す。

暫くして家のチャイムが鳴った。

一応覗き穴で確認して、鍵を開けて戸を開ける。


「久しぶりー!!不二ー!!」

「久しぶり、英二。やっぱりここにいたんだね。」

「ボランティア精神豊かで健気な恋人なんで。」

「ふふ、なにそれ。何してたの?今大丈夫?」

「ん、夕飯の準備してただけだし。あ、不二も食べてく?」

「うーん…惜しいけど遠慮しておくよ。会うの、暫くなんでしょ?」

「…サンキュ。」

「いいえ。手塚が居ない時にでもまた誘ってよ。あ、そうだ。これ。」


不二が持っていた袋を俺に手渡す。

綺麗にラッピングされた包みの用途は、ひっきりなしに届いていた花たちと同じだろう。


「手塚が帰ってから渡してあげればいいのに。」

「ん?まぁ、それは手塚にっていうより英二にだから良いよ。」

「は?俺?」


おチビといい不二といい、何故手塚への祝いに俺が含まれてるのか、さっぱりわからない。

俺が首を傾げると、不二はまぁまぁ、といつものように微笑を浮かべている。


「それよりさ、咲いたんでしょ?見せて見せて。」


不二が言ってるのは、出窓に飾ってある俺があげた花のこと。


「はいよ、どーぞ。出窓の所だから。適当にしてて良いよ。」

「うん。おじゃまします。」


入ってきた不二を見送って、ドアを閉めた。

夕飯の準備の続きをしようと、俺はキッチンに戻る。

居間に行ったと思っていた不二がひょい、と顔を覗かせた。


「ねぇ、英二。手塚の部屋に似合わない香りが充満してるんだけど…。」

「あぁ、なんかねー。祝いなんだろうけど花束が大量に届いてさぁ。

 …俺もう鼻麻痺しちゃって…そんな匂う?」

「うぅん、良い香りだとは思うけど、手塚にあんまりにも似合わなくて。」


クス、と笑って不二は居間に戻っていった。(って言っても繋がってるんだけど)

冷蔵庫から残りの材料を出して、水で洗う。ゴボウとかレンコンとかは丁寧に!

今日は筑前煮だ!!と意気込んで材料を切ろうと包丁を握る。


「ヒヤシンス…?」


花を見たらしい不二が、少し呆然としたように呟いた。

俺は手を動かしながら不二の問いに答える。


「うん、そだよー。結構綺麗に咲いたっしょ?」

「これ…英二が手塚にあげたんだよね?」

「ん?そうだけど。」

「…英二、わざと?」


ちょっと間があって不二が言った言葉に、俺は首を傾げた。


「嫌がらせかってこと?」

「嫌がらせどころか…飛び上がって喜ぶんじゃない?」

「手塚が!?有り得ねぇ〜!!」


けたけたと笑っている俺を見て、不二はなんだか納得したみたいに笑う。





「『あなたとなら幸せになれる』。」





「…は?」


突然言った不二の言葉に、俺は思わず包丁を落としそうになった。


「プロポーズだね、英二。」

「え、ちょ、何の話だよ…!!」

「黄色いヒヤシンスの花言葉だよ。『勝負』っていうのもあるけどね。」

「な…なんっ…!?」

「何で知ってるのかって?姉さんが好きなんだよね、こーゆーの。…それに」


ヒヤシンスの隣に置いてあった栽培カードを持って、不二は俺にそれを見せる。

そこにははっきりと、『花言葉』が記されていた。


「俺、全然知らな…。」

「だろうね。でもきっと、手塚は気付いてるよ。」


そこでハッと気付く。

そう言えばこれをあげた時、手塚ちょっと嬉しそうに笑ったんだったよ!!!

おたおたしている俺を見てやっぱり楽しそうに笑いながら、不二は栽培カードを元の場所に戻した。


「それじゃ、ボクはそろそろ帰るよ。」

「ふ、不二ぃぃぃ〜!!!」

「そうだ。ボクがあげたそれ、二人で開けてね。

 それに、ヒヤシンスがあってもなくても、手塚は今日って決めてたよ、きっと。」

「…は…?何の話してんの…?」


目を細めて穏やかに言った不二の言葉に、俺は首を傾げるしかない。

呆然としている俺の髪を昔のように一度撫でて、不二はやっぱり穏やかに微笑んだ。


「お幸せに。」


それは、おチビから届いた祝いに付いてたコメントと一緒で。

思わず赤面した俺を楽しそうに見ながら、不二は帰って行った。


「なん、だよ…もう。」


からかってんのか!って言ってやりたかったけど、本人がいないからしょうがなく呟くだけに留めておく。

呆然としながら夕飯の準備だけはしっかり終わらせて、

それからも何度かやってきた花束をちゃんと世話してやりながら

遅くなっても帰ってくる、と言った手塚を待つことにした。

けど、

お気に入りの、でっかくて淡いベージュ色のソファに座っても落ち着かない。

テレビを付けても、音は全然耳に入ってこなくて。

思ったより動揺している自分を笑う。

別に嫌って訳じゃない。嫌だったら、こんな場所にいない。

結婚なんて出来ないけど、ずっと一緒にはいたいと思う。

でも、

手塚は、とてもとても、有名なテニスプレイヤーで。

それこそ、あんなに花束が届く位、世界で一番になっちゃう位、凄いテニスプレイヤーで。

だから、ランクを上げるたびに、有名になる度に、

いつか、いつか離れないと、とか、思わない日はなくて。

昔みたいに、側にいられればいいってわけじゃないから。

昔みたいに、今幸せならいいってわけじゃないから。

でももし手塚が本気にして、ずっと一緒にいたいって言ってくれたら…?


そこまで考えて、俺は顔を伏せた。









続く→




無駄に長くなったので切りました。
読める展開ですが、後半もお付き合いいただければ幸いです!