ガチャッ


金属音が部屋に響いて、ハッと顔を上げる。

時計を見ると、あれから2時間程経っていた。どうやら俺は眠ってたらしい。

帰ってきた手塚を迎える為に、ソファから立ち上がる。

玄関に行くと、丁度ドアを開けた手塚と目が合った。


「お帰り。早かったんだね。」

「あぁ。」


帰国してそのまま仕事だと言っていた通り、手塚は両手と肩に重そうな荷物を持っていた。

両手の荷物を受け取りながら、少し疲れているように見える手塚の眉間に唇を寄せて、「お疲れ様。」と言う。


「先ご飯食べる?風呂は花束の所為で入れそうもないんだけど。」

「届いたのか。」

「うん。これの所為でしょ?俺に留守番しろって言ってたの。

 凄い量で驚いたよ。」

「そうか。」


花束の事を話すと、手塚は少し嬉しそうに笑った。

ちょっとムッとする。

そんなに嬉しいか?ファンの人からのプレゼントが。

拗ねたような俺を見て首を傾げ、手塚は俺の頭にぽんぽんと二度手を乗せた。

対俺限定の、困った時の手塚の癖。

まぁ、祝ってもらえるのは俺でも嬉しいからな、とちょっと機嫌を上昇させて、

荷物を部屋の中に運び込む。

手塚は部屋に入るなり、香りに驚いたようにきょろきょろと辺りを見回していた。

そして、出窓で視線が止まる。ヒヤシンスだ。


「綺麗なものだな。」


嬉しそうに、目を細めて綺麗に咲いた花を見てる。

鮮やかな黄色が出窓を彩って、確かに綺麗。


「手塚の留守中も俺が頑張って世話したかんね。」

「すまないな。」

「いーえ!」


にっこりと微笑んで、荷物をソファの横に置いた。


「ご飯にしちゃうけど、良い?」

「あ、いや…それより先にしたい事があるんだ。そこに座ってくれないか?」


振り返って手塚に尋ねると、

少し真剣な顔をした手塚が、俺お気に入りの淡いベージュのソファを指してそう言う。

ちょっと首を傾げながら言われた通りにソファに座ると、手塚は俺の正面に座った。

正面にソファなんかないから、正面=床ね。


「手塚?」

「ずっと、この日が来たら言おうと思っていたんだ。」


改まったように言う手塚に、俺はちょっと面食らって目を見開いた。

何となく、反射的に俺も床に正座する。

そんな俺を見て手塚はちょっと目を細めた。


「ランクに拘っているつもりはないが、良い機会だと思う。

 お前から貰った花も、咲いたことだしな。…英二。」


俺の名を呼んで、目をじっと見つめる手塚の目は、痛い位に真剣で、


「俺はこれからもずっと、お前の側に在りたいと思う。

 その、許しを請いたい。

 …お前の一生を、俺に預けてくれないだろうか。」


息が、止まるかと思った。

言葉の内容に、手塚の瞳に。

でも、ここで簡単に頷いちゃいけないんだ。


「…おま、えは、ちゃんとわかってない。」

「…何がだ。」

「自分が、どれだけ凄いのかって。どれだけ、周りに影響を与えてるのかって。」


手塚は、普通の人じゃない。

それこそ、世界中の人に注目されてるような人なんだ。


「それが、どうした。」

「どうしたって…お前な!!わざわざスキャンダル提供する必要なんてないだろ!?

 世界ランク1位になって、注目度がただでさえ上がってるんだぞ!?

 今日俺がここにいた理由だってそうだろ!?浴槽いっぱいに花束が…」

「…?…勘違いしていないか?」


それまで不機嫌そうに眉をひそめていた手塚が、目を見開いて驚いたような顔をした。

何だがよ。

ちょっとムッとして手塚をにらみつける。


「誤解しているようだから言っておくが、あれはお前のモノだ。英二。」

「は…?でも、宛名…」

「俺の家に、お前宛に送って届く訳がないだろう。」


呆然とする俺を見て、やはり誤解していたか、と手塚は小さく笑った。


「あれは、俺からお前へだ。俺はセンスが悪いらしいからな。

 あれだけあれば、お前の好みのものもあるだろう?

 プロポーズには指輪と花だと聞いたが…違うのか?」


さも当然、というように俺を見る手塚に、俺は思わず呆然とした後、吹き出しそうになって顔を伏せる。

何だよ、ホント。常識があるのかないのか、怪しいじゃん、こいつ。


「英二?…気に、入らなかったのか?」


俯いたまま顔を上げない俺を見て、手塚は瞳を少し不安げなモノに変えた。

それを見て嬉しいと思ってしまった俺は、おかしいとは思うけど…


「…指輪。」

「は?」

「肝心の指輪はどうしたんだよ。」


俺がそう言って顔を上げると、手塚は少しほっとしたみたいに息を吐いた。


「さすがに買いに行く事は出来なくてな。カタログを取り寄せて、不二に頼んでおいたんだ。」

「へ、不二?」


そこでやっと、不二の去り際のセリフと変な行動に納得がいく。

じゃぁ、さっき渡してくれた袋は…。

立ち上がって机の上に置いておいた袋取り、手塚に渡した。


「それ、不二が。」


かさりと音を立てて手塚の掌に出てきた包みを見て、少しだけ実感がわく。

包みを開ける手塚の手が止まり、ドラマ位でしか見たことがないような箱が出てきた。

ゆっくりと、俺の前に差し出される。


「受け取って欲しい。」


真剣な瞳で言われた言葉に、思わず頷きそうになって何とか堪える。

素直じゃないってわかってる。けど、最後の抵抗、させてよ。


「何を言われるか、わからないよ。

 俺、かーちゃん以外の家族には言ってないし。

 手塚だって、家族に言ってないんだろ?

 …スポンサーだって、いいのかよ。」


じ、っと目を見つめて言った言葉に、手塚は真剣な瞳のまま、俺を見つめ返したまま、


「俺は、何を言われようが構わないと思っている。

 勿論、わざわざ言って回る気はないが、

 俺はお前さえ側にいれば誰に知られようと、何を言われようと構わない。

 俺の家族も菊丸の家族も、時間はかかるだろうが元々納得してもらいたいと思っていた。

 スポンサーは、おそらく問題ないだろう。

 お前が今断りさえしなければ、試合には何ら問題ないからな。」


今のはきっと、手塚の精一杯の脅しで。

手塚の精一杯のわがままで。

指輪を差し出している手がかすかに揺れているのは、

誰にも見せない、手塚の不安と弱さで。





いつか離れないと、とか、思わない日はなくて。

昔みたいに、側にいられればいいってわけじゃないから。

昔みたいに、今幸せならいいってわけじゃないから。

…でも、

離れるなんて無理かも、とも、思わない日はなくて。





かすかに揺れる手塚の手を包むように、箱を受け取った。


「英二…?」

「受け取らないわけ、ないっしょ。俺がどれだけ、お前の事好きだと思ってるんだよ。」


俺がそう言った途端、俺は手塚の腕の中で。

当然のように、手塚の持っていた箱が床に転がる。


「手塚!?」

「良かった。ここで断られたら、どうしようかと思っていたんだ。」


本当に、こいつはアホなのかもしれない。

大笑いしそうになる口を必死でつぐんで、背に腕を回した。

笑いすぎて、涙が出そうだ。


「ありがとう。」


心から感謝を述べると、抱きつく腕を剥がされて口づけが振ってきた。

何度も、何度も。

手塚の肩越しに、黄色のヒヤシンスとガラスの花束がやっぱり綺麗に出窓を彩っている。

唇を離して、手塚は一度俺の目の端に唇で触れた。


「一緒に暮らそう。」

「無駄に広い部屋だからね。花束だって、出来るだけ長く咲かせてあげたいし。

 またすぐ行っちゃうんだから、掃除しなきゃだし、ヒヤシンス、まだ咲くだろうし。」

「返事は?」

「勿論!!」


勢いよく抱きつくと、バランスを崩した手塚ごと倒れて、手塚の頭がゴンって痛そうな音を出してた。









「せっまい部屋じゃなくて良かった。これなら二人でも全然余裕だよねー。」

「…俺が何の為にこんな無駄に広い部屋に住んでいたと思っているんだ?」

「…お前、まさか…初めっから…!?」


手塚がこの部屋に引っ越したのは2年前。

おチビと不二は、その頃からこの話を知っていたらしい。

俺がそのことを知るのは、もう少し後の事。









end.




これ書きながら気付きました。こいつら今の私とタメだ…!!!!(ショック)
こっそりあの話とリンクです。説得に2年費やしたって事で…。(滝汗)
あの話の指輪と、この話の指輪は違うものですよ。こっちは婚約指輪なので。
コンセプトは花で口説こうだったのですが…花、あんまり意味なかった…!?
無駄に長くてすみません。お付き合いありがとうございましたー!!