とてもとても、不思議な出来事。

それはもう、随分と昔の事。

…ねぇ、覚えてる?




























10月31日
 −Side there.



























「国光!!」


バン、と乱暴に開け放たれたドアと開け放った主に、怪訝な視線を向ける。

夕食が出来るまで暇の出来た手塚は、自室でたまっていた本を読んでいた。


「どうした、英二。」

「こ、光一が!!」


英二の言う光一とは、手塚家の長男坊の名前。

といっても、男である英二や手塚が産めるわけもなく、

とある経緯を経て引き取った子供だったりする。

その光一少年は、確か夕飯を餌に家に来ていた越前と遊んでいたはずなのだが…。


「光一が、どうした?」

「いなくなった!!!!」

「越前と遊んでいたんだろう?」


手塚がそう言うと、英二の後ろから越前が顔を出す。


「や、菊丸先輩んトコ行くって言ったんで、行かせちゃったんですよ。

 すぐ戻ってくると思ったらなかなか戻ってこないし。」

「俺んトコなんて来てないんだよ、光一。

 で、探したら、玄関の戸開けっぱで、光一の靴もないし…。」


何かあったらどうしよう!!と、顔を青く染めた英二が焦ったように手塚の身体を揺すった。


「とにかく落ち着け、英二。光一の足ならさほど遠くには行けないだろう。

 越前、留守を頼めるか。」

「ウィッス。」

「頼む。行くぞ、英二。」

「う、うん。」


半ば困惑気味の英二の手を取り、少し焦りながら家を後にする。

エレベーターのボタンには手が届かないはずだから、と階段を駆け下りながら、

未だ青い顔をしている英二の手を少し強く握った。


「とにかく、手当たり次第探すしかないだろう。

 お前がそんな事でどうする。落ち着け。」

「…ゴメン。」

「謝るな。」

「うん。」


結局最上階から一番下まで階段を駆け下りたが、階段に光一の姿はなかった。

となると、外か。と手を繋いだまま駆け出す。

誰もいない玄関ホールから二人が出た時、何故かぐにゃり、と空気が歪んだ。

勿論二人はその事に気付きはしなかったけれど。



























「…国光。」

「何だ。」


暫く光一の名を呼びながら探し回っていたが、突然ピタリと英二が足を止めた。

それに伴い、手塚も足を止める。


「何か、変。」

「何が。」


眉間に皺を寄せながら手塚が聞くと、英二はツイ、と一軒の店を指さした。


「あの店、大分前に潰れて今はコンビニになってるんだけど。」


示す先を見れば、にこやかな笑みと共に客寄せをする店主の姿。

勿論、その店はコンビニなどではない。


「…勘違いではないのか?」

「俺、昨日光一連れて行ったし。」


そう言いきる英二の表情は、困惑に満ちている。

手塚は不審に思いながら、辺りを見渡した。

実家からは少し離れている町。

見慣れている物の中に、小さな違和感。

少しの違和感だが、それが何故なのかはわからない。

そう思いながら見回していた手塚の視線が、一点でピタリと止まった。


「英二。」

「なに?」

「あれを。」


示されるがままに英二が視線を動かすと、手塚の指は書店を指していた。

カラフルな本の広告やポスターが貼られている。

その一つを見て、英二も動きを止めた。


「1999年…?」


来年のカレンダー予約のポスターは、書店にはお決まりだろう。

もうすでにカレンダー自体が並んでもいる。

その表示は、どれも1999年。

もう、十数年、前。


「確認するぞ。」


呆然としている英二を引っ張り、書店の中に入る。

ベストセラーだという本も、新刊だという本も、全て全て、過去に見た記憶のあるものばかり。

中にかかっているカレンダーは、1998年になっていた。

どんなに山奥の本屋であったとしてもこんなにも遅れる事はないだろうし、

カレンダーを変え忘れるにしても、程がある。

ましてや、ここは山奥でもなければ、田舎でもなく、

都心の、それもどちらかといえば栄えているだろう町だ。

半ば混乱している頭で、手塚は店のレジにいた店員に話しかけた。


「すみません、今は何年ですか。」

「1998年ですよ。」


ん?と、少し不思議そうに返された言葉に、手塚はどう返して良いか困る。

少しの間呆然とした後、ありがとうございます、と礼を返した。


「英二。」

「…うん。やっぱ、変だよ。」


初対面の人間を騙すわけもなく、店員の言葉が嘘ではない事は明らかだけれど、

この店だけがおかしいのかもしれない、と外に出る。

何軒か店を回って店員に年を尋ねても、返ってくる言葉は一つだった。

そうして考えれば、小さな違和感はス、と目の前に落ちてくる。

自動販売機や、ポスターや、店や看板。

町の小さな色々が、通り過ぎた時間に戻ったような物に溢れている。


「シックスセンス、昨日から公開だって…。

 国光…どーゆー事よ?」

「俺が知るか。」


困惑したような英二の言葉に、手塚は短く返した。

自分の住む町だという事は間違いないけれど、ちょっとずつ、色々な物が変わっている町。

人がいないわけでもないし、劇的な何かがあるわけでもない。

ただ、行き交う人の携帯電話が今とは随分と形が違ったり、

店でかかっている曲が懐かしさを含む物だったり。

何がどうなったのかなど、見当も付かない。

繋いでいる手をぎゅ、と強くすると、不安そうな瞳が手塚を見上げる。


「この状況はともかくさ…光一、何処行っちゃったんだろう…。」


心底心配そうに呟く英二に、手塚は サァ、と視界が明けた気がした。


「今日はハロウィン…だったな?」

「え、うん。カボチャ買いに行ったじゃん。

 おチビ呼んで、光一にマント着付けてもらったし。」

「…駅前だ。」


そう言って、手塚は英二の返事も聞かずに歩き出す。

慌てて付いて来る英二は、驚いて手塚を見上げた。


差し出された小さな手と流暢な英語。

おとうさん。

おかあさん。

そう呼ばれた先にいたのは、まだ見ぬ自分だったはずだ。


「何だよ、急に…!!」

「この年が事実だとすると、俺たちは中学2年だ。」

「え、あーそんなに前だっけ。…でも、それが何だよ。」

「お前、覚えていないのか。」


つい先程まで忘れていた自分を棚に上げて手塚が問うと

英二は一度首を傾げた後に、足を止めた。


「こう、いち…てづか、こういちだ。」

「あぁ。あれはまだ越前がいなかった時だろう。」

「そうだ。お前を、父親と間違えて…。」


『Trick or Treat!!』


流暢な英語は、先程越前がおもしろ半分に教えていたものだ。


「何で忘れてたんだろう…!!

 違うよ、国光。あっち!!駅前から少し入ったトコ。」

「そうだったか?」

「そうだよ!あぁもう、頭良いんだから、覚えてろっての!」


グイ、と英二が手塚を引っ張り、手塚が進もうとしていた道の横に入る。

見慣れた町の、少し見慣れない通りの一角。


もう何年も前に脱いだ制服。

随分と会っていない友人達。

まだまだ幼い自分と彼。

その中にいる、小さな黒い背中。


顔を合わせて手塚と英二は小さく笑った。

有り得ない事だけれど、一度体験してしまっている限り認めざるを得ない。

自分たちは、あの時の彼ら、なのだと。


「そーゆー事、か。」

「笑うなよ。」

「…頑張る。」


繋いでいた手を離して、せぇの、と息を合わせ、呼ぶ。





「「光一っ!!!!」」





「おかーさんっおとーさんっっ!!!」


は、と顔を上げた光一が英二と手塚を目に留めた途端、駆けだしてくる。

その後ろ、硬直している元、チームメイト。

その彼らの表情に、英二は内心笑いを堪えるのに必死だった。

それを誤魔化すように、手塚の背を彼らに見えないよう軽く殴る。


「やっぱこっちだったじゃんか、国光のアホ!!」

「見つかったのだから、良いだろう…。」


口をついて出た英二の言葉もため息を吐く手塚の言葉も、あの時と同じモノで。

やっと二人の元に辿り着いた光一を、

マントが絡まないように気遣いながら手塚が抱き上げた。


「ただいま、おとーさんおかーさん!!」

「お帰り、光一。」

「勝手にどっか行っちゃダメだろー!!」


英二は光一の頭を撫でながら、あの時の『英二』はこんな気持ちだったんだな、なんて思う。

心配をかけたとわかった光一は、小さくごめんなさい。と二人に謝った。

無事で良かった、と撫でてやりながら、手塚は再度肩を震わせる英二を小さく肘で押す。


「笑うな、英二。」

「だって、あいつらの表情、さいっこう…!!

 ヤバイ、俺あっち見れない。」

「まだ不二と会話を交わすはずじゃなかったか?」

「そうなんだよ。ヤッバイなぁー。」


小さく会話を交わしていると、今よりも少し、

ほんの少しだけ高い英二の声で、「うっそ…。」と、聞こえてきた。

じ、と手塚に視線で促され、なんとか笑いを堪えて英二は幼い自分に向き直る。

英二を見るまん丸と驚きに見開かれた瞳は、間違いなくあの時の自分のモノで。

英二は吹き出しそうになる自分を必死に抑えながら、にこりと笑った。


「この子が御迷惑をおかけしたようで、すみません。」


それを見た『英二』は、慌てたように軽く会釈を返す。


「あの、」


ずっと視線を英二に向けていた不二が声を発し、英二は視線を不二に移した。

あぁそう言えば、不二にも結構会ってないな。

そんな事を思いながら、探るような視線を受ける。


「お名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


その言葉に、英二はふ、と笑みを浮かべた。


「あぁ、失礼しました。手塚英二です。

 こっちは、手塚国光。

 本当に、御迷惑をおかけしました。」


一度手塚を指さして、不二や仲間達に向かって頭を下げる。

英二に倣うように、手塚も光一を抱いたまま頭を下げた。

顔を上げれば、ずっと手塚に抱き付いていた光一が手塚の服を引っ張り、下ろしてくれと訴える。

ゆっくりと下ろしてやると、

光一は幼い顔で困惑を無表情の上に載せている『手塚』へと向かっていった。

仲間達の視線が光一と『手塚』に向かっている間に、英二は手塚を見上げる。


「あぁやって見るとさ、お前もやっぱ幼かったんだねー。」

「中学生だからな。」

「あの頃はまだ可愛げあったのになー。」

「悪かったな。」

「なぁ、見てよ。俺とお前のあの距離。」


呆然としている『英二』と、困惑している『手塚』の間に空く、少しの距離。


「今の方が、ちょっと近いよね。」


少し照れたように笑う英二に、手塚は小さく笑みを返した。

戻ってきた光一が、満面の笑みであめあげた!と報告する。

その頭を撫で、一度だけ軽く頭を下げて仲間と幼い自分たちに背を向けた。



























「光一…心配するだろ!お前!!!」


ぐわ、と怒る越前に、光一はごめんなさいー!!と謝りながら抱き付いてる。

そんな二人を見て、英二と手塚は苦笑を浮かべた。


すたすた、と一応自宅を目指して歩いて、ふ、と顔を上げた時、

少しの違和感は全て消え失せていた。

先程、愛想のいい笑顔を浮かべていた店主のいた店は、コンビニに。

書店のカレンダー予約は、来年のモノに。

行き交う人の携帯電話も、自動販売機もポスターも店も看板も。

全て。


「あのね、おとーさんとおかーさんがいたんだよー。ちょっとちっちゃかった!

 それでね、おとーさんのほうに、あめあげた!」

「はぁ?何言ってんの、お前。」

「あとねあとね!ちびちゃんにおしえてもらったあれ、ちゃんといえたよ!!」

「ホント?良かったね…って、お前!越前だって、言ってるだろ!!」

「ちびちゃんだもんー!!!」


ダ、と走った光一が、手塚の後ろに隠れる。

そんな光一を見た越前は、呆れた視線を向けつつ手塚を見た。


「手塚先輩、コイツ何言ってるんスか?」

「飴をもらったんだ。もう、随分と前にな。」

「はぁ…?」


訳がわからず首を傾げる越前に、英二は苦笑を浮かべながら声をかける。


「それよりさーおチビ、今度同窓会しよーよ。青学テニス部の。」

「何スか、突然。」

「久しぶりに会いたいし、みんなに光一見せてあげようと思ってさ。多分、面白い事になるよー。」


突然の発言にやはり首を傾げながら、越前は一度頷いた。


「?…まぁ、良いんじゃないッスか?」

「んじゃ、日付とか決まったら連絡するな。

 よし、夕飯の準備!美味い飯にありつきたいなら光一、よろしく!!」

「ッス。光一、おいで。」


手を差し伸べる越前に、光一はにこっと笑って飛び付く。


「あそぼー!!」

「はいはい。」


それを受け止めながら越前はソファに座り、光一の首元のリボンを結び直してやった。

その光景を見ながらキッチンに移動した英二が小さく笑う。


「おチビの方がお父さんみたいじゃん?国光。」

「うるさい。」

「まぁ、国光にそれを求める方が間違ってるよねー。」


クック、と笑っている英二から嫌そうに視線を逸らした手塚は、ふと顔を上げた。

笑いながらカボチャをレンジに入れている英二に視線を向ける。


「あの飴は…食べたのか?」

「ん?あー光一にもらったあれ?食べたよ。レモンだった。」

「そうか。」


キッチンの入り口に立ち頷く手塚を見ながら、英二も少し照れくさそうに一度頷いた。


「あれが、お前に初めてもらったモノ。」


少し驚いて目を見開く手塚を見て、英二はニヒヒと笑う。


「散々食べようか食べるまいか迷ってさー。食べる時、ちょっと緊張したんだよね。」

「…そうか。」

「懐かしーな。そーゆードキドキとか、あの少し空いた距離とか、もう無縁だしね。」


もう一回くらい体験したいかも。と言う英二から手塚はスイ、と視線を外した。


「離れるか?」


その拗ねたような手塚の言葉に、

英二は小さく笑いながら入り口近くにおいてある冷蔵庫の戸を開ける。


「馬っ鹿だなー。どーせ俺堪え性ないんだから、

 お前が離れてもすぐ自分からくっついてっちゃうっての。

 もっとくっついても全然…」


いいって思ってんのに。と続けようとした英二の言葉は言い終わることなく、

重ねられた手塚の唇に止められた。

触れるだけで離れた手塚の唇を見て、英二の心臓は音を立てる。

いい加減慣れろよ。とは心の中だけで呟いた。


「不意打ちはずるくない?おとーさん。」

「悪い。俺も無意識だ。」


その一言にぐ、と黙り込んだ英二は困った顔をしている手塚を見上げる。

その英二の頭に一度手を乗せて、夕飯を頼む、と言って手塚はキッチンを出た。

自室へ向かう途中のリビングで、ニヤリと笑う越前と目が合う。


「何だ。」

「腹減ったんスけどー。

 いちゃつくなら、俺のいない時にして下さいね。」

「なかよし!!」

「…善処しよう。」


にやにやと笑う越前と嬉しそうな光一の視線を受け、

手塚は苦笑を浮かべながら自室の戸を開けた。









とてもとても、不思議な出来事。

それはもう、随分と昔の事。

思い出せたら、見せてあげる。

それは、幻?

それとも…









終。




+コメント+

 一応、明確な年号を表記するなら1998年→2015年のつもり。両方とも曜日は土曜です。
 光一いても菊は働いてる設定が自分の中であるので、土日じゃないと都合悪いんです。(ご都合主義)
 何故過去が1998年なのかというと、曜日的に都合がいい上に、テニプリ連載開始前年だから。
 二人の年齢を考えて(この設定だと31歳)本当はもうちょっと若くしたかったんだけど、
 その前の土曜か日曜っていったら、25〜26位になっちゃうので、それだと都合が悪かったり。
 そーゆー事考えずに書けよ!って話なのですが、気になっちゃうんだよねー。
 ある意味悪い癖です。まぁ、この年号設定はこの話だけで、という事でお願いしたいです。
 もう98年とか99年の事なんて覚えちゃいませんよー。未来なんてもってのほかさ★
 これ以外のは、それが何年なのかなんて気にせず読んでいただきたいです。(ペコリ)

 まぁ、そんな感じで、去年のハロウィンのアダルトサイド、でした。
 おチビが菊丸先輩って呼んでいるのはわざとですよ。呼び直すの面倒だからって感じで。
 子ネタ、というより、手塚夫婦(?)編、といったところでしょうか。
 子供をリョマに預けていちゃつくバカップルって事で。(わーお、最悪!)
 どうでも良いおまけは日記にて。…や、ただ長すぎたのでカットした部分ってだけですが。
 
2005-10-31 茶瓜。