THE LAST CLAP!  
   

そよそよと、心地の良すぎる風が窓から入ってくる。

立てた肘に顎をのせて、菊丸は前の席に座る姿を眺めていた。

机の上に広げられているアルファベットで書かれた書物は、

もう1時間ほど同じページを開き続けていて進む気配はない。

書物に射す陰はゆらゆらと揺れて、菊丸の口元に笑みを提供していた。


手塚が、寝てる。


手塚が本を読んでいる間、菊丸は英語の課題をしていたのだけれど、

わからない問題にぶつかって、聞こうと顔を上げればこの状態だった。

日々の練習や生徒会などで疲れているのだろう。

菊丸は起こすこともなく、この1時間手塚の寝顔に見入っていた。

それでも、ふと窓の外に視線を向けるともう日が落ち始めていて、

そろそろ起こさないと風邪を引きそうだ。

菊丸がそう思うとほぼ同時に、手塚が小さくくしゃみをした。

驚いて振り返る菊丸に気付く間もなく、

僅かにまどろんだ手塚は組んだ腕を枕にして本格的に寝始める。


「あーもー、なんか可愛いなぁ…。」


苦笑して立ち上がると、菊丸はなるべく音を立てないよう注意して、窓を閉めた。

それから、ベッドから毛布を引き抜いて起こさないように柔らかく、手塚にかける。

それでも眠りが浅いのか、身じろいだ手塚に菊丸は顔を寄せた。

僅かな接触をもって、手塚がまた眠りに戻る。

それを確認して、菊丸は机の上に出していた勉強道具一式を自分の鞄に仕舞った。

ルーズリーフの切れ端に、お疲れ、ゆっくり寝ろよ。とだけ書いて、机の上に置く。

鞄をもって、足音を忍ばせてドアまで歩いた。

ドアを開けて、机で寝ている手塚を振り返る。


「帰るな。」


手塚に決して聞こえない大きさで呟いて、菊丸は甘やかに笑った。


「愛してるよ、手塚。」


ぱたん、と僅かな音を立てて、ドアが閉まる。

閉まった窓からの日差しが、部屋と手塚を赤く染めていた。



柔らかく額にかかる前髪越し、小さな小さな口付け。







1 : そっとそっと、気が付かれないような温もりをあげたい。
 (二人の、優しい短文5題。:おつまみ提供所









自分で書いておきながら、手塚のくしゃみが想像できませんぜ。
某様のin不二みたいにもの凄い豪快にくしゃみしたらときめくんだけどなー。
ぶえっくしょーーーん!って。(笑)
…塚菊ですよー!?塚菊ですよー!!!菊塚じゃありませんよーー!?



 
   

2種類のページをめくる音が部屋の中に響いていた。

一方は軽い、雑誌の音。

もう一方は少し重い、厚めのハードカバー。

それが、リズムの合うことなく、バラバラに響いていく。

やがて、軽い方の音が終わり、パタンと雑誌が閉じられた。

菊丸はうん、と伸びをして、後ろを首だけで振り返る。

背を預けた腕は、少し動きにくそうにページをめくり続けていた。


「なー手塚ー。」

「何だ。」


返事は返るが、ページをめくる音が止むことはない。

うん、と一度頷き、菊丸は身体をずらして手塚の膝の上に頭を載せた。

勿論、手塚の持っていた本を下敷きにして。


「俺、スゲー幸せー。」


本を遮られたことよりも間延びしたような声を出した菊丸に、

手塚は意味を諮りかねて眉間に皺を寄せる。


「何だ、急に。」

「んー、俺、雑誌読み終わったんだけどさ。」

「…あぁ、そのようだな。」


頷く手塚に、菊丸は心底嬉しそうに笑ってみせた。


「こーやって、なーーんも目的がないのに、

 一緒に居れるって凄いことじゃーんって思って。」


菊丸がそう言うと、手塚は何を今更、と言いたげな表情をする。


「いや、改めて、実感?」

「疑問系か。」

「や、実感!」


拳を握って言う菊丸に、手塚はクツ、と口の端を上げた。

その手塚を見て、菊丸はまた笑う。


「ほら、手塚もそーやって笑ってくれるし。」


な? と同意を求める菊丸の頭を、手塚はポンポン、と軽く撫でた。


「お前の幸せは随分と安いな。」

「良いだろ!幸せがたくさんあるって事なんだぞー?」


そんな事言うお前の幸せは高いんだろうなぁ?

覗き込むように手塚を見上げる菊丸の頭の下から本を抜き取って、

きちんと閉じて己の横に置いた。

そんな手塚を、菊丸はきょとんと見つめる。


「俺の幸せは、お前よりよっぽど高くて、お前よりずっと安いな。」


その言葉に、菊丸は顔をくしゃりと音が出そうな笑みに変えた。



「だったら俺と一緒。だろ?」







2 : 抱きしめて欲しいなんて言わない。側にいてくれるなら。
 (二人の、優しい短文5題。:おつまみ提供所









お題からずれてませんカー!
いや、ネガティブな意味じゃなくて、それだけで幸せって感じで、
お願い、した、い…!(願望)



 
   

指をガットにかけて、その貼り具合を確かめる。

そうしてやっと、昨日張り替えたばかりだということを思い出す。

左の肘が震えて、右手でそれを支えた。

眼鏡を中指で上げて、まっすぐに前を見直す。

裸眼よりもずっとクリアな視界が、レンズに区切られた狭い範囲で広がった。

黄色いボールがひとつ、見える。


「行けるかい?手塚。」


竜崎先生が、小さい声で確認するように聞いてきた。


「はい。」


頷いて、一言で答える。

俺の腕は、脆いが強い。


降りていた審判が座り直して、高らかに声を上げた。

さあ、行こう。

ラケットを掴んで、立ち上がる。

仲間たちの声援をどこか遠くに聞きながら、

それでも、緑色のコートを、真っ直ぐに。

真っ白いラインを、真っ直ぐに。


「行って来ーーーいっ!手塚ーっ!」


ポン、と、軽く、掌が俺の背に触れた。

その勢いを借りて、一歩、踏み出す。


それだけだ。

それだけなのに。


ワッ と、声援が背から溢れてくるように聞こえだした。

俺の名を呼んで、学校の名を叫んで。

精一杯の仲間たちの声援が、押し寄せるように。

そうして、もう一歩。

止まって、真っ直ぐ、前を見る。

耳が勝手に拾ってくる一人の声を筆頭に、

溢れるほどの、押し寄せるほどの声援に、もう、一歩。

俺の左足は、気付けば真っ白いラインの内側に入っていた。

そして、右足も。

審判が声を上げる直前、俺は緑のコートの中心へと辿り着いた。

それからすぐ、真っ白いラインの外へ出る。

黄色いボールを、緑に2度弾かせて、高く高く、投げ上げた。



聞こえる声援の中に、俺の名を叫ぶ、声。







3 : 君がいたから、ここまでくることができたんだ。
 (二人の、優しい短文5題。:おつまみ提供所









君が、というよりも、君と、みんな?
それでも特別なのは、初めの一歩を押し出してくれる誰か。
そんな話です。………きっと。
手塚もたまには緊張したりしてるとイイサ!



 
   

赤い顔が、弾む息が、菊丸の高揚と焦燥を表していて。


「手塚ッ!」


足を縺らせながら、倒れ込むように、菊丸は手塚に抱きついた。

それを抱き留めながら、手塚はどこか他人事のように

少ししっとりとした菊丸の赤みを増した髪を見下ろす。

まだ息が整わないのだろう。菊丸の肩は大きく上下に揺れ続けていた。


「…づか、手、づ…!!」


掻き抱くように回された指先が、手塚の上着をぎゅうと掴む。

手塚の足から少し離れた菊丸の足の指先が、

背伸びをするように突っ張っていた。

その足を緩められるように、腰から引き寄せる。

くにゃりと崩れた菊丸の身体を、踵から立たせるように抱き直した。

自然と接触した菊丸の胸が激しく音を立てているのが、

身体越しに手塚へと伝わってくる。

抱きしめる腕を強くすると、強く上着を掴んでいた指からゆっくりと力が抜けた。

それを見計らって、手塚は菊丸の身体を少し離す。


「菊丸。」

「よ、かっ…良かったぁ……!」


心底安堵の息を吐いて、菊丸は顔を歪めた。

笑っているのか、泣いているのか、手塚には判別が付かない。

ただ、瞳に水分が増して、今にも零れ落ちそうだった。

ゆっくりと盛り上がってきた滴が溢れたところで、

その滴をすくうように唇を寄せる。

滴は少しだけ、甘かった。


目下から唇を離して見下ろすと、菊丸は潤ませた瞳を一度瞬かせた。

何かを言おうと開いた口が、戦慄いてまた閉じられる。

手塚が言葉を促すように見つめていると、

菊丸は困ったように笑って、伸びをするように軽く、手塚に口付けた。


「良か、った…手塚ぁ…。」


戦慄く唇が言葉を吐き出すと同時に、手塚は菊丸を引き寄せる。

おそらく痛いくらいの抱擁と、深い口付け。

ぼろり、と菊丸の瞼から落ちた滴が、頬を伝って唇に吸い込まれた。

喘ぐ息を交わしながら繰り返した口付けは、少しだけ塩辛い。

繰り返す口付けにだんだんと砕けていく菊丸の足を追うように、

二人で床に引き寄せられていく。

身体が床に付いてやっと、唇を離した。

手塚は息を整える菊丸の額に頬に耳に、名残を惜しむように唇を落とす。


「手塚…。」


くすぐったそうに反応を返す菊丸に、もう一度、触れるだけのキスをした。

そうして、はたと気付く。


「菊丸、お前今日は大事な…」


言いかけた手塚の言葉を遮って首を振ると、

菊丸はニィ、と悪戯っぽく笑って、宣言した。



「お前より大事なもんなんてないよ!」







4 : なにもかもを投げうって、僕の元に駆け付けてきてくれて有難う。
 (二人の、優しい短文5題。:おつまみ提供所









問:何があってこうなったのか、15文字以内で答えなさい。
答:ご自由に想像して下さい。(15字)
…何も思い浮かばなかったって正直に言えよ!
この二人は何もかも投げうってしまうよりも、
投げないでいい方法を考えると思うのよ、うん。(言い訳)



 
   

まだ半袖では肌寒い風を感じながら、

目を閉じて青々と茂る葉の揺れに聞き入っていた。

大きな木の下は程良く日陰で、菊丸の身体を預けるのに丁度良い窪みがある。

サワサワとした音の中から聞こえてきた足音に、

菊丸は閉じていた目を開けて、上げていた顔を戻した。

足音の主は認めずともわかり、その顔に明らかな苦笑を浮かべる。


「手塚。」


名を呼ぶと、足音は止まった。


「時間だ。」

「…うん。」


よ、と勢いを付けて立ち上がって、尻に付いていた葉や土を払う。

そしてやっと、手塚と目を合わせた。


「さーってと、行こっか。」

「…。」

「手塚?」


行こう、と促しても立ち止まったまま動く気配のない手塚を見て、

菊丸は首を傾げる。

誰よりも時間に厳しいはずの手塚は、眉間に皺を寄せたまま菊丸を見ていた。


「何だよ、行かないの?」

「いや。」


言葉だけは否定しているけれど、手塚はまだ菊丸を見ている。

そして一度溜息をつくと、手塚は菊丸に近寄ってその手を取った。

突然行動に、菊丸は驚いて手塚を見上げる。


「手塚…?」


繋がれた手に、ぎゅうと力が込められた。


「行くぞ。」


繋がれた手を引いて、手塚はゆっくりと歩き出す。

菊丸はあわてて駆け寄った。


「手塚?」


答えはない。


「手塚。」


引いてくれる掌が、熱い。


「…てづか。」

「あぁ。」


答えた手塚の声に重なるように、少し離れたコートから歓声が上がる。

一度強く握りしめられた後、ゆっくりと掌が離れた。

名残惜しく掌を見つめて、菊丸はよし、と気合いを入れる。


「さあ、油断せずに行こう!」


拳を突き上げて言った菊丸を、手塚は眩しそうに見つめていた。







5 :さあ行こう、って手を引いてくれた事が、何より嬉しかった。
 (二人の、優しい短文5題。:おつまみ提供所









なんだろう。手塚の口にしない言葉が、掌から伝われば良いな、と思うのです。
それを菊丸は、ニュアンスというか、雰囲気だけでも感じ取ればいいと思うのです。
良い方に捉えたもん勝ち、とも言う。(笑)
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