コ!ネ!タ! その2  
   

授業と授業の間の短い休憩時間。

移動のため教室から出た菊丸は、

後ろからクン、と引っ張られたような気がして少しだけよろめいた。

体勢を立て直して振り返っても、そこには見慣れた学校の廊下があるだけで、

菊丸を引っ張るような何かは見つからない。

首を一度傾げてきょろきょろと辺りを見回し、もう一度首を傾げる。


「英二?」

「ん?ん〜なんか引っ張られたような気がしたんだけど…。」


菊丸と共にいた不二が不思議そうに声をかけてきて、

菊丸はそう答えながら彼に向き直った。


「気のせい気のせい!何でもないないっと。」

「そう?」


手に持っていた教科一式をぐるぐると振り回しながら言う菊丸に、

不二はくすくすと笑う。


「行こ、不二。」


跳ねるように軽く歩き出した菊丸の後方数十メートル。

階段を上がってきた手塚が立ち止まり、

端から見てそうは見えなくとも、不思議そうに手のひらを見つめていた。





いつものように始めた部活のラリー練習中。

迫るボールに集中していた手塚は、

不意に前に引っ張られたような気がして少しだけよろめいた。

すぐに立て直して打ち返したのだけれど、

相手をしていた乾がボールをラケットで受け、ラリーを止める。



「どうした、手塚。」



普段からよく観察している乾だから気づいたのたろう。

手塚の小さなよろめきを指摘し、ネットの前まで歩いてきた。


「いや…。」


手塚自身もよくはわかっていないため、言葉は続かない。

しかし、ただでさえ注目を浴びがちな青学テニス部部長のラリーは、

中止されたことによってさらに注目を浴びた。


「左手を前に引っ張られたような感覚がしただけだ。」

「左手を前に?」


不審気に顔をしかめた乾は、おそらく怪我や病気の心配をしているのだろう。


「今は何ともない。おそらく気のせいだ。」

「…そうか?」


手のひらを閉じたり開いたり、振ったりしてみても今は何ともない。


「あぁ。大丈夫だ。」


そう言ってラケットを構える手塚に、乾も軽く肩をすくめながら所定の位置に戻った。

途端ホッとしたような周りの空気に、

手塚は少し申し訳なく思いながら向かってくるボールを待つ。

その手塚の前方数十メートル。

一息つきながら二人のラリーを見ていた菊丸が、

ラケットを持っていない方の手のひらを何度もプルプルと振っていた。





-----運命の赤い糸




 
   

先程まで明るかった空が瞬く間に明かりを失い、鈍い光が辺りを照らす。

部活を終え、手塚と菊丸は互いにテニスバッグを揺らしながら連れ立って歩いていた。


「そういえば。」


そう言って突然振り向いた菊丸に、

手塚は一見そうと気づかぬほど僅かに目を見張る。


「手塚の眼鏡って、何で試合しててもズレねーの?」


ひょい、と覗き込むようにして、興味津々と書いてある顔で菊丸が聞いた。

後ずさりながら手塚が顔を後ろに離すと、

ム、と唇をとがらせて菊丸が更に顔を近づけてくる。


「菊丸、顔が近い。」

「イーじゃん。恋人同士!っしょ?」


そう言ってニィ、と笑うと、少し高い手塚の鼻先にちゅ、と口付けた。

僅かに染まった手塚の目元を見て満足げに笑うと、

菊丸は離していたかかとを地面につける。


「………公道だ、菊丸。」


少しの間押し黙った後で手塚がそう言っても、

菊丸は気にした風でもなく目を合わせたままでいた。


「わかってるよん。 で?」

「…で、とは?」


言いたい事が色々と思いつくものの、突然振られた疑問詞に手塚が眉間のしわを作ると、

菊丸は機嫌良さげに手塚の眉間に出来たしわを伸ばしながら笑う。


「眼鏡だってば。」

「…ああ。」


菊丸の伸ばされた手をやんわりと外しながら頷いて、

手塚はかけていた眼鏡を外した。


「部品に金属自体が使われてないものだからな。

 その分軽くてずれにく…」


言いかけた言葉を止めて、手塚は菊丸を見る。

その視界はぼやけているものの、それなりに近い距離にある菊丸の顔はかろうじて見えていた。


「菊丸?」

「あーーーー、いや、えーっと。」


歯切れの悪い菊丸に、手塚は眼鏡をかけ直して彼を見る。

クリアな視界で見た彼は、薄暗い中でもわかるほど顔を赤く染めていた。


「どうした。」

「…いや、その、さぁ。眼鏡外してる手塚って貴重品!とか思ってるわけよ。」


両手をせわしなく動かしながら言う菊丸に、

手塚は意味がわからないとばかりに眉間にしわを寄せる。


「あーっもう、眉間にしわ!作んなっての。

 薄暗い中で眼鏡を外すってジョーキョーで、色々思い出しちゃったんだよ!」


言い切った菊丸は、あー俺ってはずかしー、と言いながらその場にしゃがみ込んだ。

どんな反応を返せばいいか迷った手塚は、しゃがみ込んでいる菊丸の肩に手を添える。

しゃがみ込んだまま、菊丸がちらりと手塚を見上げた。


「手塚。」

「なんだ。」

「好きだよ。」


そう言って、菊丸がくにゃりと笑う。


「…あぁ。」


菊丸の言葉に手塚は目を細め、ワックスで少し硬い髪ごとその額を軽く撫でた。


「…てい!」


頷きを返した手塚に向かって、菊丸が跳ねるように勢いよく飛びつく。

受け止めつつ転びそうになった手塚は、何とかその運動神経を駆使して押し止まった。

首元にしがみついている菊丸はそれなりに重いけれど、

その背を二度、軽く叩いてやると菊丸の背が楽しそうに揺れて、

惚れた弱みというヤツか、と思う。


「帰るぞ。」

「ほいほいっと!」


手塚が声をかけると同時に、飛びついてきた時と同じくらい唐突に、菊丸は体を離した。

ガシャガシャと、散々な菊丸の行動に抗議をあげるようにテニスバッグが大きく揺れる。

楽しげな菊丸を横目に見ながら、手塚は帰るための一歩を踏み出した。

その横を菊丸が続く。


照らされた二人の影は、低い位置で繋がっていた。





-----月が見ている




 
   

「てぇーーづぅーーーかぁーーーー。」

「叫ばなくても聞こえる。」


日本でもない地球でもないこの世界。

地図を片手に珍道中。

本日は頭上よりも随分と高く伸びた草の中を移動中。

ガサガサガサ。


「あのさー、言いにくいんだけどさー多分さー。」


菊丸英二。


「迷ったな。」


手塚国光。


二人は同郷の出で、同じ歳。

実年齢よりも随分と大人っぽく見える手塚と、

実年齢よりも幾分か幼く見える菊丸。

旅の目的は捜し物。

命にも代えがたい、宝物。


「キッパリ言うなよ。」


せっかく避けたのに嫌なヤツ。とは菊丸の弁。

付き合いの長い手塚は、この程度では反応を返さない。


「どーぉすんだよ、これじゃ野垂れ死んじゃうって!」

「そもそもお前がコンパスを落とすからだろう。」

「俺の所為かよ。」

「半分はな。」


残りの半分は、菊丸にコンパスを持たせた俺の管理不足だ。と

手塚は少々不機嫌な様子。

こんな草の生い茂った場所では、太陽すらまともに見えない。


「腹減ったよぉー。」


ぐぎゅるる、と盛大に音を立てるのは、菊丸の腹の虫。

その菊丸の頭を、手塚はパシ、と軽く叩いた。


「それは、お前の自業自得だ。」


前日、菊丸は残りも確認せずに鞄の中の食料を全て食べてしまっていた。

菊丸の腹の虫と共に暫く歩いた二人は、

草の少し開けた場所を発見し、そこにあった大きな石に腰掛ける。

空腹の所為か元気のない菊丸を見て、仕方がなく手塚は自分の鞄からパンを出し、

半分を菊丸にわけてやった。


「貸し一つだ。」

「おわーーーサンキュ、手塚!愛してるー!!」

「そんな愛などいらん。」


調子のいい菊丸の頭を、手塚が再度軽く殴る。

手塚にわけてもらったパンを囓りながら、

菊丸は手塚がライトで照らしている地図を覗き込んだ。


「つーか、もはや道なき巨大迷路だよなー。真っ直ぐ歩いてるつもりだけど、わかんねぇし。

 せめて、真ん中のモケモケの巣まで着けばマシなのにさー。」


モケモケとは、全身を茶の毛で覆われた巨大生物の名だったりする。

因みに草食で、人間に害はない。

その体同様巣も巨大かつ数多く存在するわけではない為、

迷った際の目印になる事も少なくない。


「しかし、それでは尚更深みにはまるだろう。」

「現在位置もわかんないより全然良いじゃん。」


手塚と菊丸の意見が対立するのは毎度の事。

暫くの間無言で視線を合わせた後、今回は先に手塚が視線を逸らした。


「とりあえず、進むしかないな。」

「ん、こんな所で野垂れ死ぬのなんかやだもんね。」


パク、と残りのパンを食べ、菊丸はぴょい、と立ち上がる。

持っていても仕方がない、と手塚は鞄に地図を仕舞い、同じく立ち上がった。

と、そこへ…


「わーお!こんな所で人に会うなんて!やっぱ俺ってラッキー!!」


ガサガサガサ、と音が近付いてきて、

鮮やかなオレンジと共に現れた、同じ年頃の少年。


「お兄さん方、お急ぎで?」


ニコニコと人の良さそうな笑みを向けて、二人に話しかける。

手塚と菊丸は顔を合わせた後、その少年を探るように見た。


「いやー俺、迷っちゃってさぁ。お二人さん地図持ってない?

 コンパスは拾ったんだけど、肝心の地図持ってなくてさ。」


ラッキーだかアンラッキーだか。と言いながら、少年は手に持ったコンパスを二人に見せる。


「あーーー!!俺のコンパス!!!」

「あれは俺が家から持ってきたものだ。」


ビシ、と指差して大声を上げた菊丸に、手塚が小さく訂正を加えた。

菊丸に言葉に、少年は少し驚いたように目を見開く。


「これ、君らの?」

「そーだよ!!俺が落としたの!!返せっ!」


ダ、と少年の方へ駆け出した菊丸を軽い仕草で避け、

草に突っ込んで転んだ菊丸に視線を向けた少年はにんまりと笑った。


「返してあげても良いけど、返しちゃったら俺、迷子のままなんだよねぇ〜。」

「う゛…。どーすれば返してくれんだよ…。」


嫌な予感…と、起き上がった菊丸と手塚が視線を合わせる。


「俺、目的地に着けばそれで良いからさ、連れてってくんない?」


急ぐ旅ではないにしろ、寄り道は少ない方が良い。

にー、と笑顔を浮かべて言った少年の言葉に、

手塚はため息を吐き、菊丸はがっくりと肩を落とした。





-----草むらでランデブー





ラストだけ毛色が違うファンタジーですみません(汗)
冒険みたいなのが書きたくなっただけでした。
塚菊じゃないと言えば、そうです。
付き合ってるんじゃなくて、仲間って感じ!




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