コ!ネ!タ! その1  
   

1 : 機械仕掛けの恋人






「ちゃんと大人しく座ってろよー?」


にこにこ笑顔の菊丸が、椅子に座る俺の背後に立っている。

なぜ表情がわかるかと言えば、それは目の前に鏡があるからだ。

手にはスポイト、スパナとドライバーの整備三点セット。


「コレしないと、手塚の動きが悪くなるからなー。」


スポイトの中には機械油が入っている。

それを俺のうなじに開いた小窓から垂らしながら、

ネジとドライバーを使って俺に潤いを与える。

独特の、きっと人間には嫌な匂いが部屋に充満するけれど、菊丸は笑顔のまま。


「俺、手塚の匂い、好きだよ。」


嬉しそうに、菊丸は言う。

そうか、と頷くと、菊丸は動くなよ、と怒ったような仕草をした。

大人しく前を向いて、鏡越しに菊丸の表情を見る。

真剣で、けれど少しだけ嬉しそうな菊丸の顔。

暫くの間、金属音と少量の水音が部屋に響いた。

そうして、ぱっと花が咲くような笑みを見せると、

菊丸は鏡越しに俺に笑いかける。

うなじの小窓を閉じる音がした。


「終わったよ、手塚。」


満足そうな菊丸に目を細め、俺は菊丸の手首を掴んで引き寄せる。

わ、と、少し焦ったような声は、くぐもってそれ以上部屋に響かなかった。


「…手塚。」


頬を染める菊丸に、俺はありがとうと礼を言った。


「何か今日はあったかい、手塚の唇。」


照れくさそうに言う菊丸に、「冷たい方が良いか?」と聞く。

すると菊丸は、少し悩むような仕草をして、

それからまた、照れくさそうに微笑んだ。


「どっちでもいいよ、俺は。

 手塚が手塚だったら、俺はそれで良いんだから!」


そう言いきった菊丸に、俺はもう一度、ありがとうと礼を言った。









夜も更けた頃、菊丸が寝静まったのを見計らって、俺は布団から起き上がった。

菊丸の寝息が、規則正しく聞こえてくる。


「菊丸…。」


赤茶の、奔放に跳ねている髪を撫でて、耳の下に手をやった。

その、へこみも出っ張りもない場所を押す。

途端に菊丸の寝息がぴたりと止まり、

俺はベッドの下から大きな工具箱を取り出した。


「故障じゃないと良いが…。」


菊丸のうなじに、小窓、ひとつ。





菊丸は知らない。

俺に唇が温かいのではなく、

菊丸の唇に温度がなかったということを。










機械塚に機械菊。
以前友達がカラオケで歌った歌があまりにもつぼっただけのお話。
歌詞とはずいぶん違って茶瓜的に残念無念。



 
   

2 : 美味しそうなアナタ






カツンカツンと、靴底が床を叩く。

そうして進んだ先に、部屋がひとつ。

漆黒の闇の中、丸く太った月の光を頼りにドアのノブを握り締めた。

この部屋の向こうには、あいつがいる。


「今宵、貴方の血液を貰い受けよう。」


ドアを開けると同時に言い放った言葉は、部屋の主に無視という形で叩き落された。

机に置かれたランプの明かりを光源に、手に持たれた本を読み進めている。


「…おい。」

「お前の相手をしている暇はない。」


ぺらり、と、また本をめくる音が響いた。

部屋の主のかけている眼鏡の縁を、ランプの炎が照らして揺らめく。

陰影のくっきりと分かれた表情の変わらぬ主の顔を見て、

訪問者はむ、と唇をとがらせた。


「何だよ!良いじゃん、全部くれって言ってんじゃないんだし、ちょっとくらい!!」

「何がちょっとだ。明日貧血になって困るのは俺だ。」

「ダーイジョーブだって!ほら!レバーもにぼしも持ってきたからさ!!」

「にぼしはカルシウムだ。」


冷静にツッコミをする主の言葉に、訪問者は地団太を踏む。


「なーなーっいーじゃんよーーー!!」

「煩い。」

「ひどい!俺が干からびてもいいって言うのね!!」


泣き真似をしながら床に崩れ落ちた訪問者を見て、

部屋の主は迷惑そうにページの端を叩いた。


「なー手塚ーー…。」


崩れた格好のまま上目遣いに主を見やる訪問者に、

部屋の主はふと思いついたように顔を上げた。


「そうだな…俺にテニスで勝てたら、俺の血をやろう。」

「へ、テニス?」

「あぁ。」


頷く主の言葉に、訪問者はぱっと顔を輝かせる。


「オッケーオッケー!人間なんかにゃ負けないよん!」

「決まりだな。

 その代わり、俺が勝ったら俺の言うことを聞いてもらおう。」

「ヘッへー、人間なんかが俺に勝てるわけがないもんね、

 全然オッケー。」


頷いた訪問者を見て、部屋の主は口の端を上げた。






翌日、訪問者は気付くことになる。

部屋の主が、勝負にテニスを選んだ意味を。

そうして訪問者がどうなったかは…また、別のお話。











何がしたかったか自分でもわからない罠。
腹黒塚?かな?やけに菊がガキくさいのはご愛嬌。
塚菊かどうかすら怪しいのもご愛嬌。
きっとこれ以前に、
「うっわ、おまえの血、チョーうまそー!ちょーだいッ!」
「断る。」
くらいの会話があったと思われます。



 
   

3 : 夢か現か






目が覚めて、思考のすべてを埋め尽くしたのは、

ここはどこだろうという言葉だった。


「なんだ、こりゃ…。」


ガラガラと音を立てながら目の前を行くのは、牛の引く木の車。

ふと横を見れば、道を堂々と馬が括弧する。

行き交う人の格好はいっそコスプレにしか見えない。

アスファルトなど見当たらず、目に見えるは土の道。

あ、タンポポみっけ。

って、そうじゃない。


「ありえねー…。」


呆然と呟いた。

確か俺は、着替えるために部室に入ろうと走っていたはずだ。

どう見たってこの景色は、…えーっと、映画村?

平安の方が近そうだけど、と首を傾げていると、背後から名前を呼ばれた。


「どうした、英二。」


驚いて振り返ると周囲と同じコスプレ姿の手塚がいた。

おかしい、さっきまで手塚はレギュラージャージ姿だったはずだ。

でもグッジョブ、周囲には溶け込んでるよ。

唐突な名前呼びに軽く引っかかりを覚えながら心の中で親指を立てていると、

コスプレ姿の手塚は俺を見て首をかしげた。


「お前、その妙な格好は何だ?」

「妙?」


「そりゃお前だろ。」

言いたい言葉を飲み込んで、真剣に問うているらしい手塚に合わせて

俺は自分の格好を見下ろしてみる。

妙も何も、今の俺は、ごくごく普通の青学ガクラン姿だ。

間違っても長かったり短かったりなんかしていない。


「妙って、ただの制服じゃん。」

「せいふく?」


不思議そうに首を傾げたコスプレ手塚は、暫くして納得したように頷いた。


「あぁ、鬼の言葉か何かか。」


鬼って何だよ!

心のツッコミは伝わることなく、俺はコスプレ手塚の馬に乗せられて、

どこかへ連れて行かれた。

うわ、家デカ!

コスプレじゃない手塚ん家もでかいけど、比べ物にならないくらいでかい家…

もはや屋敷といった方が正しそうな所に俺を連れてきた手塚は、

辺りをきょろりと見回して、探し物が見つかったのか、手を上げた。

どうでも良いけど、初めて乗った馬の所為でケツが痛い。


「大石!」


大石がコスプレ!!

全国に知られる黄金ペアの片割れとしては、俺もした方が…?なんて思っていると、

手塚もだけど、何気に着こなしている大石は笑顔で俺たちに駆け寄ってきた。


「英二、お帰り。変わった着物を着てるな。」

「お前もいつも着てるだろ…。」


着物って何だよ…。

黄金ペアの安心感からか、俺は思わずコスプレ大石に突っ込んだ。

俺の言葉に、コスプレ大石は「何を言ってるんだ?そんな着物初めて見たよ。」

なんて爽やかに笑って見せる。

その爽やかな完全否定に、俺はちょっとへこみそうだよ…。


「ところで大石、『せいふく』を知っているか?

 今英二が着ている着物らしいのだが。」

「さぁ、知らないな。」

「そうか、おそらく鬼の言葉とはいえ、俺たちもまだまだ勉強が必要だな。」

「そうだな。」


俺が落ち込んでる横で、コスプレ大石とコスプレ手塚は頷きあっている。

くそう、このナチュラルすぎる手塚の英二呼びと、

コスプレ能天気ズをどうかしてくれ!!

そこへ、少し高めの、悲鳴じみた声が割り込んできた。


「え、英二!!」


もう驚かないよ。不二がコスプレしてたって!!

いっそおチビとかそのうち出てこないかな。や、海堂辺りの方が面白いかも。

そんなことを考えていると、早足で俺に近付いてきたコスプレ不二が

俺の両肩をがっしりと掴んだ。


「どうしたの!?もともと皆無に近かったとはいえ、

 確かにあったはずの妖力が消えてるよ…!!」


ハハーン。

お前まで俺を化け物扱いか!

思わず牙を向けそうになったけれど、

あまりに蒼白なコスプレ不二の顔を見て何とか留まった。

だってこんな不二の顔、俺見たことない。


「不二?」

「ど、どうしたの?何があったの!?こんな、人間みたいな…!!」


本気で殴りそうになった俺は、絶対悪くない。

真っ青な顔してそんな事言うか普通!!

だけど、コスプレ不二の言葉を聞いたコスプレ手塚とコスプレ大石は…

めんどくさいからコスプレ省こう。

とにかく、手塚と大石は、ずいぶんと慌てた様子で俺の顔を覗き込んできた。


「まさか、人間になったのか!?」

「そんなことがありうるのか、不二!?」


手塚と大石の捲くし立てる横で、不二は蒼白な顔のまま、わからないと言う。

どうでも良いけど、何、俺、化け物決定?

軽く頬を引きつらせていると、場に(正しくは手塚と大石と不二)そぐわない、

能天気な声が上から降ってきた。


「たっだいまー。」


聞きなれすぎた声を振り返ると、そこに俺がいた。


「おおおおおおおお、俺ぇぇ!?」


思わず指をさしてしまうと、手塚にその手をはたかれた。


「人を指さすんじゃない。」


突っ込み所はそこじゃないだろ!

てゆーか俺、なんだそのコスプレ!露出率!うっかり訴えられるよ!!


「え、英二…?」


真っ青な顔をしていた不二が、見る見る顔色を取り戻していく。


「よ、良かった。手塚、大石、こっちの英二が本物だよ!

 微量だけど、ちゃんと妖力がある。」

「と、いうことは…。」


手塚、大石、不二の視線が俺に向けられる。

な、なんだよ、本物のも何も、俺だって菊丸英二だっての!

あわててコスプレな俺に目を向けると、目があった。


「うっわ、そっくり。誰かが化けてんのかなー?」


コスプレな俺はやたら脳天気に言ってのける。

なんだよ、コスプレするとみんな脳天気になるのかよ!

てゆーか化けるって何ーーー!!


「お前、名前は?」


コスプレな俺が問いかける。


「………………菊丸英二。」

「ほえー。名前まで知ってんだ。誰だろ?戻ってみろよ。」


戻るって!何に!!

パニックになりかけた俺の頭に、ハッととある事実が浮かんだ。


「ドッペルゲンガーー!!!」


やべぇ、会っちゃった!死ぬ!!!

蒼白になる俺をよそに、手塚と大石、不二は「どっぺるげんがー?」と、首を傾げた。

今こいつらは平仮名で言った!間違いない!!


「どっぺるげんがー?聞いた事ないなー。」


ちょっと黙れよ、コスプレな俺!


「不二、どうにかなんない?」

「うん?一応変化を解く術をかけてみようか?」

「そうだね。」


ハッ、としたときには時既に遅し。

俺はなんか長ーーーーーい数珠みたいなので、身体をぐるぐると巻かれていた。


「は、はなせ!なんだよコレ!!」

「ちょっとうるさいから、黙っててくれるかな?」


にっこり。

…不二はコスプレしてても不二だった…。

それから三日三晩、術だなんだので、あぶられそうになったり、

滝に連れて行かれたり、崖から落とされそうになった。

マジで、死ぬ…!!









「うーん…うーん…。」

「菊丸?…菊丸!!」


おそるおそる目を開くと、どこかで見た景色だった。

その景色の中に、手塚の姿がある。


「菊丸、良かった。気が付いたのか。」


心底安心したような顔をして、手塚は俺の髪をゆっくりと撫でた。

良かった、この手塚は青学レギュラージャージ着用だ。

不意に辺りを見回すと、学校の保健室だということに気付いた。


「菊丸、覚えているか?

 お前は部室の前でテニスボールを踏んで、転んで頭を打ったんだ。」


…バッチリ思い出したさ、間抜けすぎるマイメモリー…!!

あぁでも、ってことは、さっきのは、夢?それにしては、やけにリアルだった…!

ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、手塚の指が俺の目の端をなぞった。


「もう、大丈夫のようだな。」

「あーうん。付いててくれたんだ。アリガト。」

「いや。」


俺をなで続ける手塚を見ながら、ふいに


「…手塚、コスプレしてみない?」


そう言ったら、手塚の眉間にしわが寄った。






この後、俺は制服の内ポケットに入っていた

コスプレ不二のお札とやらを見つけて悲鳴を上げることになる。











菊が菊じゃないのはご愛敬。
バカばっかりですか。
いや、コスプレ塚視点だったら恐ろしいほどシリアスになることウケアイです。
ラストの手塚が一番まともだと思います。
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